宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏が、人類を火星に移住させる構想と、そのための巨大なロケットと宇宙船を発表したのは、2016年9月のことだった。以来、毎年この時期には、マスク氏自身が構想の最新情報を発表するのが恒例となっている。

今年もまた、マスク氏はさらに練り直した構想を明らかにしたが、しかしこれまでとは大きく異なる点があった。それは、講演するマスク氏の後ろに、宇宙船の試験機の実機が立っていたことである。構想発表からわずか3年で、彼らは宇宙船を試験飛行させる段階にまでやってきた。

連載第1回では、マスク氏の考える火星移民構想につい、第2回では、その火星移民に使う巨大宇宙船の設計の移り変わりについて、そして第3回では、現時点でのスターシップとスーパー・ヘヴィの設計案について紹介した。

今回は、ついに始まるスターシップの試験機による試験飛行と、今後の開発や試験の計画などについてみていきたい。

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    スターシップの試験機「スターシップMk1」。高度約20kmへの飛行や着陸技術の実証を行う (C) SpaceX

スターホッパーとスターシップMk1

今回の発表に先立ち、スペースXは「スターホッパー(Starhopper)」という、スターシップの試験機を開発し、試験飛行を行っている。

スターホッパーは、直径は実機のスターシップと同じ9mではあるものの、機体の下部部分のみしかない、まるで貯水タンクのような姿かたちをしている。当初はその上にノーズコーンを載せる予定だったものの、建造中に台風で吹き飛ばれて損傷。その後、ノーズコーンがなくても問題ないという判断から、この貯水タンクのような形状で完成とされた。

また、以前にも触れた、機体表面の鏡面のような加工もなく、廃工場の壁のように凹凸している。ラプター・エンジンも1基しか装備していない。あくまで基礎的な技術を実証するための、いわば試験機の試験機というような機体である。

スターホッパーはテキサス州ボカチカにあるスペースXの施設で建造され、今年7月25日に高度約18mまで、名前どおり"ホップ"する試験に成功。そして8月27日には、高度150mまで上昇し、ホバリングしたのち、着陸する試験にも成功した。

このボカチカの施設は、テキサス州の南端、メキシコとの国境沿いの、メキシコ湾に面した場所にあり、スターシップの開発や試験を行う場所として、また将来的には発着場にもなる予定となっている。

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    スターシップの試験機「スターホッパー」。この7月に飛行に成功した (C) SpaceX

そして現在、スペースXは「スターシップMk1」と呼ばれる、実機のスターシップに近い姿かたちをした試験機を建造している。今回、会見したマスク氏の後ろに立っていた機体こそ、このMk1である。

Mk1は直径9m、全長50mと、実機のスターシップとほぼ同じ形状、寸法をしている。もちろんノーズコーンもある。ただし、機体表面は相変わらず凹凸だらけで、ラプター・エンジンも3基しか装備していない。Mk1もあくまで、高度数十kmまで上がって着陸するだけの試験機であり、宇宙に行ったり大気圏に再突入することは念頭にない。

マスク氏によると、今後1~2か月のうちに、Mk1を高度20kmまで飛ばす試験飛行を実施するという。

また、フロリダ州にある同社施設では、Mk1に似た、Mk2と呼ばれる試験機の開発も進んでいる。このMk2は、機体の寸法や目的などはMk1と同じなものの、たとえばステンレス板の厚さがやや薄いなど、機体の造り方などに若干の違いがあり、Mk2のほうがやや攻めた設計だという。マスク氏によると、社内を2チームに分けて競作させることで、開発の促進やさまざまな気づき、ノウハウの蓄積や共有など、効率的な開発を目指しているという。

また、Mk1とMk2の試験や実績を踏まえ、より軽く、低コストなMk3を開発するという。Mk3は今後3か月ほどで完成し、試験飛行を始める予定だとしている。

さらに、よりスターシップの実機に近い試験機となるMk4とMk5も開発。Mk4とMk5は、地球周回軌道へ乗ることができる能力をもつという。両機は今後5か月ほどで完成するとし、スーパー・ヘヴィの試験機を使い、2020年の中ごろにも軌道への試験飛行を行う予定としている。

このほか、実際にスターシップ/スーパー・ヘヴィの運用が始まれば、再使用するごとに機体のコストは下がっていくものの、推進剤のコストは毎回一定の額がかかるため、低コスト化に向けたボトルネックとなってくる。そのためマスク氏は、火星での推進剤の現地調達と同じプロセス(詳細は第1回を参照)を使った、推進剤の生産プラントをボカ・チカとフロリダ州に建設し、低コストで推進剤を調達できるようにしたいと語った。

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    スターシップの試験機「スターシップMk1」。今後1~2か月のうちに、高度20kmまで飛ばす試験飛行を実施するという (C) Elon Musk/SpaceX

"イーロン時間"と現実との時差がいよいよなくなるか

その後の予定についてはまだ不明瞭なところが多いが、マスク氏やスペースXは以前、2021年にスターシップ/スーパー・ヘヴィを用いた、人工衛星の商業打ち上げサービスを開始し、そして2023年には、ZOZO前社長でスタートトゥデイ代表取締役社長の前澤友作氏と、招待客を乗せ、月飛行を実施することとしていた。

今回の発表ではそれを否定、もしくは延期をほのめかすような発言はなく、おそらく現時点ではまだ、この予定どおり実施できる見込みがあるということだろう。

マスク氏のウォッチャーなら周知のとおり、マスク氏が話すロケットや宇宙船の打ち上げ日や開発計画などのスケジュールは、実際には遅れることが多く、しばしば揶揄を込めて「イーロン時間(Elon Time)」と呼ばれている。すなわち、マスク氏の言うスケジュールは現実の時間との"時差"が大きく、当てにならないという意味である。

しかし、2016年のITS発表時、マスク氏は「2020年に地球周回軌道への試験飛行を始め、2022年か2024年に火星への飛行を開始したい」と語っていたが、これは今回発表されたMk4、Mk5の試験飛行の目標と一致しており、また火星への飛行はやや遅れそうではあるものの、その代わりに前澤氏らの月飛行が入ったとみれば、そう大きな違いはない。あくまで現時点での話ではあるが、スターシップの開発は、イーロン時間と現実の時間とがほぼ一致した状態で進んでいる。

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    スターシップによる火星移民の想像図 (C) SpaceX

もちろん、ロケット開発に遅れはつきものである。とりわけ、実際に月や火星への有人飛行を行うとなると、安全面を含め、現時点でまだスペースXはおろか、世界のどこも実用化していないような技術がいくつも必要になる。これからの開発や試験飛行のなかで、時差が広がっていく可能性のほうが高い。

それでも、スペースXには高い実績と技術力がある。スペースXが誕生したのが2002年、初の宇宙ロケット「ファルコン1」の打ち上げに成功したのが、今回の発表が行われたちょうど11年前の2008年9月28日のことだった。以来、大型ロケット「ファルコン9」、超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の打ち上げも次々と重ね、有人宇宙船「ドラゴン2」による有人飛行も間近に迫っている。

そして、無謀とさえ思えた火星移民構想と、そのための巨大なロケットと宇宙船の発表から3年で、いまや試験機を飛ばす段階にまで至った。

もしかしたら本当に、来年中にスターシップが宇宙へ飛び、2023年に月旅行が実現するかもしれない。たとえ時期は遅れても、この前代未聞の宇宙船が実現するかもしれない。未来に向けた、大いなる希望が見えてきた。

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    スターシップMk1(左)と、スペースXが開発した初の宇宙ロケットであるファルコン1(右)。今回の発表は、ファルコン1の初の打ち上げ成功からちょうど11年目という記念すべき日に行われた (C) SpaceX

出典

STARSHIP UPDATE | SpaceX
Starship | SpaceX
STARSHIP UPDATE | SpaceX
Making Life Multiplanetary SpaceX
Elon Musk(@elonmusk)さん / Twitter