宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月3日、超小型衛星「TRICOM-1R」を搭載したSS-520ロケット5号機の打ち上げを実施した。ロケットは計画通り飛行し、打ち上げの約7分30秒後に衛星を分離。その後、地球を1周した衛星からの電波を受信し、軌道への投入が確認された。「世界最小」クラスの衛星用ロケットが誕生した瞬間である。

  • 4号機での失敗を乗り越えての成功に、喜ぶ関係者

    4号機での失敗を乗り越えての成功に、喜ぶ関係者

実験の目的は民生品の技術実証

この打ち上げは、経済産業省の「平成27年度宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証)」の採択を受け、実施されたもの。民生部品・技術を活用し、ロケットの低コスト化を推進することを目的としており、新開発の第3段に搭載したアビオニクスには、キヤノン電子が協力しているという。

昨年(2017年)1月、同じ事業で実施した4号機は、電源の喪失のため、第2段以降の点火が行われず、技術実証の目的を果たすことができなかった。再挑戦となる今回の5号機では、計画通り超小型衛星の軌道投入に成功しており、第3段に搭載した民生部品・技術が正常に動作したことが証明できた。

  • 打ち上げに成功したSS-520ロケット5号機

    打ち上げに成功したSS-520ロケット5号機

通常、衛星やロケットなどでは、宇宙用として性能が保証された部品が使われる。「宇宙用」と聞くと、何か最先端技術のように感じるかもしれないが、例えばCPUなどでは、数世代前のものが使われることが多い。最先端技術を投入できるのは、むしろ家電に代表される、民生部品の方だ。

宇宙の環境は過酷だ。打ち上げ時の激しい振動に耐えなければならないし、軌道上では真空や放射線にさらされる。部品がこうした環境で壊れることが無いか、厳しく試験を行う必要があり、その結果、どうしてもコストが高くなってしまう。もし民生部品が使えるのであれば、打ち上げロケットのコストを大きく下げられる可能性がある。

しかし、JAXAが「シリーズ化の予定は無い」と明言するように、本来が観測ロケットであるSS-520を改造し、超小型衛星の打ち上げに乗り込む、という可能性は低い。もともと設計が衛星打ち上げ用に最適化されておらず、今回のように、近地点高度が極めて低い軌道になってしまう。これだと大気抵抗を受け、衛星は1カ月程度で落下。あまり実用的とは言えない。

5号機の成果が活用されると見られるのは、キヤノン電子が70%出資して設立した新会社・新世代小型ロケット開発企画である。詳細は明らかになっていないものの、独自に小型ロケットを開発し、打ち上げサービス事業に乗り出すことを検討しており、今後、企画会社から事業会社への以降が進められる予定だ。

同日17時より開催された記者会見において、経済産業省の靏田将範・宇宙産業室長は「これから競争が激化する小型ロケットによる打ち上げ事業では、コストダウンが大きなカギになる」と指摘。今回の5号機の成果を、「事業化に向けて企業に使ってもらうことが重要」と期待を述べた。

  • 経済産業省の靏田将範・宇宙産業室長

    経済産業省の靏田将範・宇宙産業室長

今回のターゲットはロケットだったが、経産省はASNAROプロジェクトで衛星の支援も行っている。靏田室長は、「宇宙分野はベンチャーの動きが活発。そのためにはリスクマネーの供給など、ビジネスを支援するさまざまな取り組みを、経産省として引き続き進めたい」と、同省の方針を説明した。

このロケットは世界最小?

4号機に続き、プロジェクトマネージャを務めたJAXA宇宙科学研究所・宇宙飛翔工学研究系の羽生宏人准教授は、「実験の意義を強く感じていたので、必ず実証してみせると、強い思いで1年間やってきた」と心境を吐露。「実験として良い成果が得られ、大変良かった」と、安堵の表情を見せた。

  • JAXA宇宙科学研究所・宇宙飛翔工学研究系の羽生宏人准教授

    JAXA宇宙科学研究所・宇宙飛翔工学研究系の羽生宏人准教授

今回のロケットは、サイズが全長9.54m、直径52cm。重量は2.6t。日本初の人工衛星「おおすみ」(24kg)を打ち上げたL-4Sロケット(全長16.5m、重量9.4t)と比べても、かなり小さい。冷戦時代の非公開情報もあるため、JAXAは「衛星打ち上げ用としては世界最小級」と表現しているが、公開されている情報の中では、おそらく「世界最小」だ。

これに関し、羽生プロマネは「これより小さいロケットで衛星を軌道投入しろと言われても、簡単にやれるとは言えないくらいこのロケットは小さい」と評価。「小さいロケットの下限値はこのあたりにあるのではないか。ここを踏み越えると軌道投入はできないかもしれない」と、実際に取り組んだ上での感想を述べた。

  • SS-520ロケット5号機の仕様。今回搭載した衛星の重量は3kg (C)JAXA

    SS-520ロケット5号機の仕様。今回搭載した衛星の重量は3kg (C)JAXA

前述のように、SS-520ロケットによる衛星打ち上げは、実用としてはやや厳しいものの、小型ロケットが注目されているのは、100kg以下の超小型衛星の需要が世界的に高まっているからだ。

超小型衛星は低コストで作れるため、多数の衛星を使用するコンステレーション運用に向いている。たとえば日本では、アクセルスペースが50機の衛星による地球観測網「AxelGlobe」を2022年に構築する計画だ。

ただし、超小型衛星を必ず小さなロケットで打ち上げることになるかと言えば、そうとは限らない。同一の軌道面に多数投入するのであれば、大型ロケットにたくさん搭載して一度に打ち上げた方が、トータルのコストは安くなる。1機だけ打ち上げる場合にも、大型衛星への相乗りという手がある。

しかし、「小さなロケットは絶対に必要になる」と、今回TRICOM-1Rを開発した東京大学の中須賀真一教授は強調する。コンステレーションの場合でも、衛星インフラを維持するために、1機だけリプレースすることは有り得る。また1機でも好きな軌道に投入できるのは、大型衛星への相乗りでは不可能な大きなメリットだ。

衛星の愛称に込められた意味は

なお衛星の状態は健全。これを受け、記者会見では中須賀教授から、TRICOM-1Rの愛称が「たすき」に決まったことが明らかにされた。

  • 笑顔で愛称を発表する中須賀教授。ちなみにこれは自筆だとか

    笑顔で愛称を発表する中須賀教授。ちなみにこれは自筆だとか

TRICOM-1Rのメインミッションは、ストア&フォワード。これは、地上に設置されたセンサなどからの電波を衛星で受け、集めたデータを地上局にまとめて送信することだ。途上国のように地上の通信インフラが十分でない場所でも、衛星と協力することでさまざまなデータを集められるのは、「まさにたすきリレー」(中須賀教授)だ。また、いろんな組織が一体となって宇宙開発に取り組む世界を目指すという意味も込めたという。

  • TRICOM-1Rの概要。ミッションは3つ用意されている

    TRICOM-1Rの概要。ミッションは3つ用意されている (C)JAXA

中須賀教授は今後、宇宙新興国の教育支援ツールとして、TRICOM-1Rサイズの超小型衛星を作っていきたいとのこと。それらの国が衛星を打ち上げ、その衛星にストア&フォワードの機能を搭載していれば、地上からの電波を受信できる機会が増える。そういうネットワーク化も視野に入れる。

また、ハードウェアの設計は前回とほぼ同じとのことだが、TRICOM-1Rでは新たに「即時観測ミッション」が追加された。通常、衛星はロケットから分離後、衛星の状態を慎重に確認してから定常運用に移行し、そこで観測などのミッションを開始する。しかしこの即時観測ミッションでは、分離してすぐ、地上と通信できる前に、自律的に観測を行うという。

この狙いについて、中須賀教授は「たとえば災害の発生時には、その地域の様子をすぐに見たい。しかし衛星が少ないと、上空に来るまで1~2日かかる場合もある。何かが起きたときに、その上空を通過する衛星を打ち上げ、とにかく早く撮影して地上に送る。そういうニーズに応えられる衛星の実験として行った」という。

今回、最初の通信では時間が足りず、画像を受信することはできなかったが、自律機能が動いていることは確認したそうで、撮影できている可能性が高いとのこと。今後は、衛星の運用にも注目していこう。

  • 会見場にあった模型は、各段やノーズコーンが分離するという芸の細かさ

    会見場にあった模型は、各段やノーズコーンが分離するという芸の細かさ