宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年8月26日、新型の固体ロケット・ブースター「SRB-3」の地上燃焼試験を実施した。SRB-3は、開発中の大型ロケット「H3」のブースターや、改良型の「イプシロン」ロケットの第1段に使われる予定で、今回の試験を経て、さらに設計を煮詰め、あと2回の燃焼試験を実施。2020年度の初打ち上げを目指して開発が続く。
第1回では固体ロケットの概要と、日本のロケットが固体ブースターとして採用し続けている理由について、続く第2回ではSRB-3の概要や、先代となるSRB-Aからの改良点などについて解説。そして第3回では今回の燃焼試験の目的と、風向きのため延期された25日の様子についてお伝えした。
第4回目となる今回は、ついに26日に実施された燃焼試験の様子、周囲の雰囲気、その結果などについてお伝えしたい。
8月26日、ついに燃焼試験実施
8月26日の天気は、前日と変わらず海から陸に向けて風が吹いており、また前日、「可能性は高くない」という見込みが伝えられていたこともあって、プレス・センターにはやや諦めムードが漂っていた。
8時、現場では試験実施の可否を判断する会議が行われ、その結果、午後の実施を目指して準備を進めることが決定。その後、広報職員から報道陣に対してアナウンスがあり、「昨日より風向きがやや改善し、また風速も午後以降、弱くなる見込みがあることから、酸化アルミニウムもそこまで流れないのではと考えている」という説明が行われた。ただ「判断は相当迷っている」とし、14時にもう一度、天候判断会議を行うことも付け加えられた。
そして14時の会議の結果、16時に試験を実施することが決定。とはいえ、この時点でもまだ風向きは条件ギリギリのところで、プレス・センターに説明に訪れた岡田プロマネは「微妙なところ」としつつも、「それでも昨日より状況は良くなっている」と語った。
筆者を含め、報道陣は15時ごろから竹崎展望台(階段状になった報道席)に登り、カメラなどの準備を始めた。ジリジリと照りつける太陽の下、約900m離れた燃焼試験場のほうを見つめながら、風向きが変わることを祈りつつ待ち構えた。もともとの予定では、燃焼試験開始の3分前に、実施することを知らせるサイレンが鳴るはずだった。ところが16時の3分前、15時57分を過ぎても聞こえてこない。「これは中止か」と諦めかけたそのとき、広報職員から「予定どおり16時にやるようです」との知らせが入った。サイレンは鳴ったものの、風向きの都合で聞こえなかったようだ。一瞬、ほどきかけた緊張を元に戻し、カメラを構えた。いよいよだ。
そして16時ちょうど。燃焼試験場から黄色い煙が舞い上がった。3秒ほど遅れて「ゴォー」という音が到着。まるでダムの放水や、流れ落ちる滝のような、周囲の潮騒や虫の声をかき消すほどの音が鳴り渡った。
ロケットを横置きの状態で、横方向に噴射することや、過去の燃焼試験の写真などから、てっきり煙は海に向かって横方向に伸びていくものと思っていたが、今回は風向きのためか、ほぼ真上に立ち昇り、やがて上空の雲とつながり、ひとつになったかのように見えてしまうほどだった。
燃焼開始から約100秒後。噴射の音が鳴り止み、周囲からふたたび自然の音が聞こえてきた。噴射の煙は徐々に陸地に向けて流れていき、試験前と同じ光景が戻る。
音と立ち昇った煙の迫力に圧倒され、まだ興奮冷めやらない心を抑えつつ、展望台から撤収。エアコンの効いた涼しいプレス・センターに入って、ようやく現実に戻ってきたような気分になった。
ちなみに試験前、かつて能代ロケット実験場で行われた、M-Vやイプシロン・ロケットの2段目の燃焼試験を取材した人から、「驚くほどの轟音がしますよ」と、少しばかりおどかされていた。ロケットの噴射ガスは音速を超える速度で吹き出るため、轟音という文字でさえ表現しきれないほどの音が生まれる。さらに今回のような燃焼試験では、打ち上げとは異なり、ロケット本体、すなわち轟音の発生源が地上にとどまり続けることもあって、その音も大きく増す。
それを聞いた筆者は、恐怖と好奇心が半々くらいの気持ちで身構えていたが、おどかされていたほどには大きな音ではなかった。これについて関係者によると、風が報道席側とは逆方向に吹いていたこと、またロケット本体が外に露出している能代とは違い、種子島の燃焼試験場は竹崎展望台から見て丘に隠れていることなどから、聞こえる音が小さくなったと考えられるという。
いざ、SRB-3とご対面
燃焼試験から約1時間半後、安全確認などを経て、報道陣は燃焼試験場に入り、SRB-3の本体と対面することができた。
試験場まではJAXAのバスで向かったが、試験場に近くにつれ、開けた窓からは塩素のにおいが漂ってきた。これはSRB-3の推進剤に酸化剤として含まれる、過塩素酸アンモニウムが燃焼した際に発生する塩素化合物のにおいで、プールのにおいやカルキ臭といえばわかりやすいだろうか。普段はあまり嗅ぎたくないにおいではあるが、今回ばかりは胸いっぱいに吸い込みたい衝動に駆られた(もちろん危険なのでやってはいけない)。
いざSRB-3の前に立つと、少しばかり畏怖の念を抱いた。つい先ほどまで、すべてを焼き尽くさんばかりの炎を吐き出していた物体が、静かに横たわり、その前に自分が立っていることがやや信じられなかった。「火を吐くドラゴンを倒した直後がこんな感じなのだろうか」などと、ファンタジーな例えも頭をよぎった。
冷静なことをいえば、すでに推進剤を燃やし尽くしたあとのSRB-3は、ただの円筒形をした炭素繊維複合材(CFRP)のドンガラでしかない。燃焼ガスもすでに風で流れ散っており、近づいても人体に影響はない。だからこそ人間が近づいても平気なわけだが、とはいえそのドンガラから、さまざまな想いを読み取ることができるのが、人間の人間たるところであろう。ただ傍らで見ていた筆者とは違い、実際の開発者、試験の担当者の方々は、より大きく深い感慨に打たれたに違いない。
地面に目を向けると、SRB-3のノズルから、噴射煙を受け止めるフレーム・ディフレクターに向かって広がるように、白い粉がびっしりと付着しており、さらに噴射で削ぎ取られたためか、ディフレクターの表面はボロボロになっていた。
じつは試験直後、高性能なカメラで撮影していた人が、撮影画像を拡大して見たところ、燃焼中のロケット付近から大小さまざまな破片が吹き飛んでいることを発見。最初は何かトラブルが起きたのではとヒヤリとしたが、実際に試験場に立ち、答えがわかった。ディフレクターの表面のコンクリートや、その周囲の土などが剥がれ、吹き飛んだものだったのである。その痕跡から、噴射の勢いの強さが感じられた。
「試験としては大成功」
試験を終えたSRB-3を前に、岡田プロマネは、まだ試験直後でデータの評価などは終わってないとしつつも、試験が成功したことで満足げな感想と、今後のさらなる開発に向けた自信が語られた。無事に終わったことによる安堵の表情も見え、「今夜はいい酒が飲めそう」と冗談も飛んだ。
プレス・センターに戻ってしばらくしたのち、記者会見が行われた。
現場で試験を率いた名村氏は、開口一番「必要なデータが取れた。試験としては大成功」と発言。
「速報値によると、燃焼圧力は最大10.8MPaと想定していたところ、実際には10.7MPaで、これは計測誤差の範囲内。燃焼時間についても、事前には今回の特性から110秒と思ってたが、実際に110秒くらい燃えた。燃焼パターンも予測と近い」と評価し、「必要なデータも取れ、いい試験ができた。供試体(試験したSRB-3の本体)にも、とくに気になる点は見つかっていない。設計の妥当性が検証できたのではないか」と語った。
こうして大興奮のうちに燃焼試験は終わった。しかし、得られたデータの解析など、試験そのものはまだ終わっていない。そして、2、3回目の試験はもちろん、2020年度の初打ち上げにも向けて、SRB-3とH3全体の開発はまだまだ続いていく。
(次回に続く)
参考