2016年9月28日(日本時間)、スペースXのイーロン・マスクCEOは、2020年代から人類を火星に移民させるという壮大な構想を明らかにした。巨大なロケットと宇宙船からなる「惑星間輸送システム」(ITS, Interplanetary Transport System)を開発し、早ければ2022年から移民を開始し、そして40~100年かけて火星に人口100万人以上の自立した文明を築くという。マスク氏が思い描く「火星移民構想」はどのようなものなのか、そして実現する見込みはあるのかについて解説する。
第1回では、構想の概要について紹介した。第2回では、この壮大な構想を実現させる鍵となる4つの要素について紹介した。今回は惑星間輸送システムの、ブースターと宇宙船の詳細について紹介したい。
直径17m、全長122mの超巨大ロケット
スペースXが明らかにした「惑星間輸送システム」は、最大直径が17m、全長は122mにもなる、きわめて巨大なロケットである。有名な建築物にたとえると、日本一大きな立像である茨城県の牛久大仏や、京都タワーなどが近い大きさをもっている。ちなみに『旧約聖書』に登場する「ノアの方舟」の寸法にも近い。ノアの方舟もITSも、人類を滅亡から救うための船という点では同じであり、大きさもほとんど同じというのは、偶然ながらおもしろい。
もちろん、これほど大きなロケットは過去にない。アポロを月へ送った「サターンV」(直径10m、全長110m)や、アポロ計画に対抗してソヴィエト連邦で開発された「N-1」(直径17m、全長105m)よりひとまわりも大きい。
機体は大きく「ブースター」と「宇宙船」の2段式で構成されている。通常のロケットでいえば、ブースターが第1段、そして宇宙船が第2段とペイロードを兼ねたようなかたちになっており、宇宙船は地球周回軌道への投入と火星との往還飛行を担う。またこの宇宙船は前回紹介したタンカーに置き換えることもできる。
ブースターや宇宙船、タンカーはすべて再使用が可能で、再使用可能な回数はブースターが1000回、宇宙船が12回、タンカーは100回と見積もられている。
ロケットも大きければ、打ち上げ能力も強大で、サターンVは地球低軌道に135トンだったが、ITSは機体を再使用する場合は330トン、機体を使い捨てる場合は550トンにもなる。マスク氏が示した「1回の飛行で100人以上の人を火星へ送る」とした構想にとって十分である。
完全再使用、軌道上で推進剤補給
ロケットは打ち上げ後、ブースターで高度と速度を稼ぎ、宇宙空間で分離。宇宙船はそのままロケットの第2段として加速し、地球をまわる軌道に乗る。この段階で、宇宙船の中には火星へ行けるほどの推進剤は残っていない。
一方、分離されたブースターは自律飛行して発射台に戻り、今度はその上にタンカーを載せてふたたび打ち上げられる。そしてタンカーは宇宙船とランデヴーし、推進剤を補給する。ふたたび満タンになった宇宙船は火星へ向けて出発。タンカー、そしてブースターはまた地球に戻り、次の飛行に備える。前回紹介した、火星移民を実現させる鍵としてマスク氏が挙げた4つの要素のうち、「完全に再使用できるロケットと宇宙船」と「地球周回軌道での推進剤補給」がここに活かされている。
地球を発った宇宙船は、約3~5カ月かけて火星に到着。宇宙船は翼がなくても揚力を生み出せる「リフテング・ボディ」という形状をしており、宇宙船ごと火星の大気圏に突入させる。そしてエンジンを噴射させながら、地表に垂直に着陸する。パラシュートではなくエンジンで着陸するため、火星以外の大気のない天体にも降り立つことが可能である。
そして帰還の際には、火星で生産された酸素とメタンを積み込み離陸。宇宙を航行して地球に帰還する。
42基のエンジン、炭素繊維複合材料の機体
ブースターや宇宙船、タンカーの構造部材やタンクは、炭素繊維複合材料で造られる。これにより、機体の構造質量を相当に軽く、それでいて十分に丈夫にすることができる。日本経済新聞などが今年8月に、スペースXが東レとのあいだで、炭素繊維の長期にわたる供給で基本合意したと報じている。2016年10月現在、双方ともにコメントは出していないものの、事実ならこのITSに向けた布石だということになる。
そのタンクの中には液体酸素と液体メタンが詰め込まれる。マスク氏が「火星移民を実現させるためには、ロケット燃料にメタンを使うのが最適だ」と語ったことがここに活きている。
また両者ともに、通常よりもさらに冷却した状態で用いられる。融点近くまで冷やすことで密度が高くなるため、詰め込める推進剤の量を増やすことができる。
そして、その液体酸素と液体メタンによって、「ラプター」エンジンを動かす。ラプターは「フル・フロウ二段燃焼サイクル」という、複雑ながら高い性能が狙える技術を採用している(ラプターの詳細はこちら)。
ブースター、宇宙船、タンカーはすべてこのラプターを装備し、地上からの打ち上げや火星へ向けた軌道投入、火星着陸、火星からの離陸まで、飛行のすべてを担う。
何よりも目を引くのはブースターのエンジン配置かもしれない。中央に7基、その周囲を取り囲むように35基のエンジンが並び、合計は実に42基にもなる。同じエンジンを並べて装着し、同時に噴射することで大きな推力を得る方法は「クラスター」と言って、ごくありふれた技術ではあるものの、大抵は両手で数えられる程度の数にとどまっており、42基というのは例がない。かつてアポロ計画に対抗してソ連が開発された巨大ロケット「N-1」ですら、第1段のエンジン数は30基だった。ISTが打ち上がる姿は相当に豪快なものになるだろう。
また宇宙船にも、火星などの大気圏内で使用するためのラプターが3基、真空の宇宙空間で使用するラプターが6基の、合計9基が装備される。
既存の技術と、ちょっと未来の技術の融合
構想だけ見ると、まるでSFに登場する未来の宇宙船のようにも思える。しかし実際は十分に現実的な、地に足の着いたものである。
たとえばブースターの再使用は、スペースXはすでに「ファルコン9」ロケットですでに何度も第1段機体の回収に成功しており、再使用に向けた試験も進んでいる。推進剤を超冷却して密度を高めることでタンクにより多く充填する技術も、すでに現在運用中の「ファルコン9フル・スラスト」に採用され、実際に使われている。
大気圏への突入技術もすでに無人の「ドラゴン」補給船で経験があり、無茶に思える42基ものエンジンのクラスターも、現在開発中で来年打ち上げ予定の「ファルコン・ヘヴィ」ロケットで、27基のクラスターを実施する。
また、炭素繊維のタンクもすでに試作品が製作されており、ラプター・エンジンも燃焼試験が始まっている。宇宙船のリフティング・ボディも、米国には長年培ってきた技術がある。火星までの長期の宇宙航行や火星地表への着陸も、スペースXは早ければ2018年から、無人の「ドラゴン2」宇宙船(レッド・ドラゴン)を使って試験を行うと表明している(レッド・ドラゴンによる火星飛行の詳細はこちら)。
こうして見ると、スペースXがこれまでやってきたことの多くが、ISTの開発・運用に必要な技術につながっていることがわかる。また、まだ手に入れていない技術も、そうした技術の延長線上にあることもわかる。
ITSほど大きく複雑なシステムの開発には多くの困難が予想され、開発が頓挫する可能性がないわけではない。しかし、少なくとも超光速飛行をしようというような非現実的な挑戦ではなく、構想段階からよく練られた、現実的なところを狙った計画であることは確かである。開発が遅れることはあっても、いずれ完成させることは可能だろう。
【参考】
・Mars | SpaceX
http://www.spacex.com/mars
・NINA_5_ FINAL_draft_MarsTalkRevised_v4_17_nm_112716 copy 12 - mars_presentation.pdf
http://www.spacex.com/sites/spacex/files/mars_presentation.pdf
・SpaceX Interplanetary Transport System - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0qo78R_yYFA
・SpaceX’s Elon Musk announces vision for colonizing Mars - Spaceflight Now
http://spaceflightnow.com/2016/09/27/spacexs-elon-musk-announces-vision-for-colonizing-mars/
・東レ、宇宙船に炭素繊維 スペースXと基本合意 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ16HI4_W6A810C1MM8000/