スペースXを率いるイーロン・マスク氏が「火星移民構想」を明らかにし、世界中に衝撃を与えてから1年。2017年9月29日、マスク氏はこの火星移民構想の"改訂版"を発表した。この改訂版では、ロケットや宇宙船の大きさこそやや小さくなったものの、有人火星飛行を行うという目標は潰えておらず、相変わらず野心的なままだった。そして最後に、あるサプライズも明らかにされた。
第1回では2016年の発表と今回とで大きく変わった点について紹介した。第2回では、この構想のかなめとなる巨大ロケットと宇宙船「BFR」の開発状況について紹介したい。
新型エンジンやタンクの開発は順調
2016年に発表された「ITS」より小さくなったとはいえ、「BFR」も十分に大きなロケットである。はたしてこれほどのロケットを造り、打ち上げることは可能なのだろうか。
今回の発表では、BFRのロケットエンジンやタンクの開発状況についても明らかにされた。
BFRのブースターも宇宙船も、共に「ラプター」(Raptor)と呼ばれる新型エンジンを搭載する。ラプターは「フル・フロウ二段燃焼サイクル」という複雑ながら高い性能が狙える仕組みを採用したエンジンで、またブースターも宇宙船も、打ち上げ後に着陸・回収、再使用するために、100~20%の推力可変能力(スロットリング能力)や、簡単なメンテナンスで何度も繰り返し使える再使用性も兼ね備えている。
推進剤には液体酸素と液体メタンを使う。この組み合わせは、エンジンの性能を高くすることできる上に、再使用性も優れている。密度も高いためロケットのタンクを小さくでき、貯蔵性も高い。
そしてなにより、火星の地中にあると考えられている水と、大気中の二酸化炭素を使うことで酸素とメタンが生成できるため、火星で推進剤を現地生産することが可能になる。他のロケット燃料と比べると、たとえばケロシンは火星で生産ができず、液体水素は貯蔵が難しいため、まさにメタンは、スペースXが考える火星移民構想に最適な燃料である。
昨年の発表では、その2日前にラプター初の燃焼試験を行ったことが明らかにされたが、今回の発表では、この1年の間に42回もの燃焼試験を積み重ね、累計燃焼時間は1200秒を超えたと明らかにされた。ちなみに1回の最長燃焼時間は100秒間で、これはロケットの1段目の燃焼時間としてはやや短いものの、マスク氏は「火星着陸では通常40秒間の噴射が必要になる」とし、大きな成果だと強調している。
ただ、試験用エンジンの燃焼室圧力は200気圧と、昨年明かされた目標値の300気圧より大幅に下がっている。これについてマスク氏は、まず200気圧から始め、今後250気圧まで上げてBFRの初期型に搭載して打ち上げ、そして将来的に300気圧まで上げてBFRの能力を向上させる、と語った。
こうした、最初から完成形を目指さず、まず無難な性能のエンジンを開発し、そのエンジンで実際にロケットを打ち上げつつ、並行して改良も続けて徐々に性能を上げていくというやり方は、ソフトウェア開発でいうアジャイル開発に近い。このやり方はスペースXの真骨頂とでもいうべきもので、現在運用中の「ファルコン9」ロケットに使われている「マーリン」エンジンでも同じように、初期型から現在の最新型に至るまでに、徐々に改良が行われている。
BFRはこのラプターを1段目のブースターに31基装着し、同時に噴射して飛んでいく。ITSの42基から比べ減ったとはいえ、相変わらず多い。もっとも、スペースXが今冬以降に初打ち上げを予定している「ファルコン・ヘヴィ」では、1段目とブースター合わせて27基のエンジンを同時に噴射するため、もちろん困難はあるだろうが、非現実的な数字というわけではない。
また、BFRに使われる予定の、巨大な炭素複合材タンクの開発状況についても明らかにされた。
昨年の発表ではタンクを試作したことが明らかにされ、その後はTwitterなどを通じて試験を行ったことが伝えられていたが、今回の発表では実際に液体酸素を充填したり、設計時の想定以上に圧力をかけたりする試験を行った際の動画が公開された。この試験は最終的にタンクが吹き飛ぶ結果に終わったようだが、実機用タンクの設計に必要なデータが得られたとしている。
ちなみにこのタンクはITS用のサイズのもので、BFRではひとまわり小さくなるため、開発は少しやりやすくなるものと考えられる。
BFRに使われる巨大な炭素複合材タンク。かたわらに立つ人と比べるとその大きさに驚く (C) SpaceX |
タンクはすでに試験が行われている。画像は設計時の想定以上の圧力をかけた試験で、吹き飛んだ様子 (C) SpaceX |
より良い火星着陸の方法
マスク氏はまた、宇宙船を火星に着陸させる新しい方法についても明らかにした。
スペースXはこれまで、火星に宇宙船を着陸させる方法について試行錯誤を続けてきた。
かつて同社は、国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士輸送に使うために開発している「ドラゴン2」宇宙船を改修し、無人の火星探査機に仕立てて打ち上げる「レッド・ドラゴン」と呼ばれるミッションを検討していた。このレッド・ドラゴンでは、機体底面の耐熱シールドで火星突入時の熱を受け止めつつ、側面にあるスラスターを噴射しながら着陸することを計画していた。
しかし今年7月に、マスク氏はその方法を諦めたことを明らかにし、同時に「もっといい方法を思いついた」とも明かしていた。ただ、このときはその具体的な方法については語られなかった。
スペースXが以前検討していた「レッド・ドラゴン」。無人のドラゴン2宇宙船を火星に着陸させるというもので、側面にあるスラスターを噴射させながら火星大気圏で減速、着陸することを目指していた (C) SpaceX |
そして今回マスク氏は、この「もっといい方法」、つまりBFRを火星に着陸させる方法について、「空気力学(aerodynamics)を使う」と明らかにした。
BFR宇宙船は、機体の側面の一面に、ドラゴン補給船やドラゴン2宇宙船で使われているのと同じ耐熱タイルが張り巡らされており、機体全体を大きく使って大気圏に突入、熱を受け止めつつ大気との抵抗で減速する。機体全体を使う分、断面積が大きく取れるので、大気から受ける抵抗が大きくでき、効率的に減速することができる。
さらにBFRでは、ITSにはなかった大きなデルタ翼が装備されており、この翼でさらに多くの大気を受けて減速できると共に、機体のピッチ角(上下角)を制御する。マスク氏によると、この方法によって火星着陸に必要なエネルギーのうち99%をまかなうことができるという。またこの翼によって、着陸場所に向けた飛行の制御も可能になろう。そして着陸まで約40秒というタイミングでようやくエンジンを噴射し、地表にピンポイント着陸する。
今回の発表ではこれ以上の詳細は語られなかったが、つまるところ翼で減速しつつ飛行して着陸するスペースシャトルと、エンジン噴射のみで減速して着陸するファルコン9のようなロケットとを組み合わせたような方法といえよう。スペースシャトルでは着陸に長い滑走路が必要なので、火星などに降りるには不向きである。いっぽうでファルコン9のようにエンジン噴射のみで着陸しようとすると多くの推進剤が必要になる。そこで翼を使って減速のエネルギーの大部分を稼ぎつつ、最後の着地の瞬間だけはエンジンを使うことで、それぞれの欠点を補おうというのである。
また、エンジンを使った着陸ができるということは、推進剤さえ多く積んでおけば、地球の月など大気がなく翼が役に立たない天体への着陸も可能になる。昨年のITSの発表時、マスク氏は「太陽系のどの天体にも着陸できる」と語ったが、BFRでもその能力は踏襲されている。
さらにBFRをファルコン9やドラゴンの後継機として使うことを考えているということは、地球への帰還でも同じように、大気を使って減速と飛行コースの修正をしつつ、最後のみエンジンを噴射してピンポイント着陸をすることになろう。
次回は10月16日の掲載予定です
参考
・Mars | SpaceX
・Elon Musk revises Mars plan, hopes for boots on ground in 2024 - Spaceflight Now
・Musk unveils revised version of giant interplanetary launch system - SpaceNews.com
・The Moon, Mars, & around the Earth - Musk updates BFR architecture, plans | NASASpaceFlight.com
・Elon Musk hopes to make SpaceX's Falcon, Dragon fleet obsolete with Mars rocket - SpaceFlight Insider
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info