中国は6月25日、南シナ海の海南島に新たに建設した「文昌衛星発射センター」から、新型ロケット「長征七号」を打ち上げた。ロケットは順調に飛行し、搭載していた新型有人宇宙船の試験機など、合計6機の人工衛星の軌道投入に成功。宇宙船の試験機は翌日、地球への着陸に成功した。新型ロケットと宇宙船、そして新しいロケット発射場と、中国は三兎を追い、すべて得ることに成功した。
この事実は一体何を意味しているのか。今回は、新たな段階に入った中国の宇宙開発の今後と、それに日本はどう対応すべきかについて取り上げたい。
中国はたしかに宇宙大国への舵を切った
長征七号ロケット、西昌衛星発射センター、そして新型宇宙船を揃えつつあることは、中国がたしかに宇宙大国へ向けて舵を切ったことを意味する。
中国の宇宙開発は、これまで実利用を中心に進められてきた。つまり中国の広い国土を通信衛星で結んだり、地球観測衛星で各地の状況を把握したりといった目的で、直接国家の発展に役立つ分野にひたすら投資を続けてきた。そのなかでも、とくに軍事面への投資の度合いは大きく、これまでに打ち上げられた衛星のうちの相当数が軍事衛星か、軍事利用も兼ねた衛星であると考えられている。ロケット技術や発射場の立地も、軍事的な利用価値の高さを念頭に置いた性格をもっていた。
しかし、ここ最近になって、月探査機や科学衛星の打ち上げ、宇宙ステーションの建造など、国家の発展にも軍事利用にも、直接的には寄与しない分野への投資に力を入れ始めている。さらに大学では小型衛星などの開発が盛んになり、宇宙ベンチャー企業も登場しつつある。
そのなかで、今回の新しいロケット、発射場、宇宙船の登場は印象強い。長征七号ロケットをはじめとする次世代長征ロケットに使われている高度な技術は、ミサイルとして使うにはまったく役に立たない。しかし、人工衛星の打ち上げには適しており、とくに長征五号に至っては宇宙ステーションや大型の探査機の打ち上げくらいにしか使えない。西昌衛星発射センターの立地は純粋にロケットの打ち上げやすさが前提にあり、他国からの攻撃に弱く軍事基地としての側面は弱い。有人宇宙船に至っては言うまでもない。
注意したいのは、こうした方針転換は軍事利用における利益を決して損ねていないという点である。次世代長征ロケットが人工衛星の打ち上げに適しているというころは、もちろん軍事衛星の打ち上げに適しているということであり、西昌衛星発射センターも同様である。有人宇宙船や宇宙ステーションは、そのインパクトから、宇宙飛行士の輩出などで深くかかわる中国人民解放軍にとって広告塔にもなる。
従来の実利用、軍事利用に重ねて、有人宇宙開発、宇宙科学、そして大学や民間による宇宙活動にも注力が始まったことで、中国の宇宙開発の総合力は確実に強化されつつあり、そして今回の新たなロケット、発射場、宇宙船の登場で、さらに進むことになろう。中国は名実ともに、米国やロシア、欧州などと並ぶ宇宙大国になろうとしている。
超大型ロケットの長征五号。今年中の打ち上げが予定されている (C) The State Council of the People's Republic of China |
中国が計画している宇宙ステーション「天宮」。各モジュールは長征五号で打ち上げられる予定 (C) CASC |
宇宙開発においてアジア最大の極になる中国
世界経済フォーラムが今年1月に発表した資料によれば、2013年時点での中国の宇宙予算は約61億1100万ドルであったという。これは約393億ドルの予算を投じた米国と比べると約1/6だが、一方で日本と比べると約2倍の規模をもつ。宇宙開発にかかわる機関、大学、そして人員の数も桁違いである。
技術的にも、中国には日本がもたない独自の有人宇宙船があり、ロケットの打ち上げ数でも大きな差をつけられている。航法・測位衛星も中国はすでに独自のシステムをほぼ完成させ、地球観測(偵察)衛星や通信衛星もその数は圧倒的であり、ロケット発射場、そして地上からのロケットや衛星、探査機の追跡局といったインフラも十分に揃えている。
逆に、日本は宇宙科学においてはまだリードしており、小惑星探査機「はやぶさ」の成功や、天文衛星による宇宙観測などは、中国がまだなしえていない成果のひとつである。
しかし、中国も月探査機による月探査や、月探査ローヴァーの着陸・探査、そして月軌道との往復にも成功し、さらに火星探査機や小惑星探査機、天文衛星の打ち上げも控えており、宇宙科学、宇宙探査の分野でも徐々に成果を上げつつある。国際的なつながりがまだ少ないこともあって、日本の研究者の何人からは「中国は何をしているかわからない。彼らは突如として驚く発表をする」といった、困惑と危機感が一緒になった声を聞く。
実利用以外にも力を入れ始めた方針と、日本の約2倍の宇宙予算から、中国の宇宙開発は今後、日本の存在を意識するしないにかかわらず、あらゆる面で追い抜きにかかるだろう。宇宙開発において、中国がアジア最大の極になる日は近いと言ってよいのではないか。
月探査ローヴァー「玉兎号」 2016年7月現在、走行は止めているものの、まだ活動を続けている (C) Chinese Academy of Sciences |
ダーク・マターの検出に挑む探査衛星「悟空」(DAMPE)の想像図 (C) Chinese Academy of Sciences |
日本の宇宙開発は中国と対抗すべきか
それでは、日本はこの流れにどう対抗すべきだろうか。
日本の財政事情を考えると、今後、宇宙予算が大きく増えることは望めそうもない。したがって、実利用も科学も、あるいは有人にもと、あらゆる方面に予算を割り振った総花的な宇宙開発を進めても、中国と対抗することは難しく、現実的ではない。しかし、これまでの日本の宇宙開発は、そうした総花的なものであった。
したがって選択肢のひとつは、これまでどおりに情報収集衛星や準天頂衛星、気象衛星といった日本にとって必要とされている宇宙開発のみを進め続け、中国に対抗するということは考えず、アジアにおける宇宙開発の極になるということも考えず、ひたすら内向きな方針を貫くことであろう。幸いにも、現在の日本はロケットも衛星も、コストなどを無視すれば独力で維持できるだけの力をもっているため、不可能なことではない。今後、日本の国力が徐々に衰退していくことになれば、宇宙開発もそれに応じて衰退していくことになるが、それを受け入れるのであれば、決して悪手ではない。
もうひとつの選択肢は、現在の総花的な宇宙開発のなかから選択と集中を進め、中国を含めた世界が驚くような独創的なミッションに重点を置くことである。これにより、総合力では敵わずとも、他国に一目置かれることで、国際協力という形を取ることができるようになり、日本の宇宙開発は、たとえ日本という国自体の国力や影響力が落ちたとしてもなお、アジアはもとより、世界の中でも大きな存在感を発揮することができるだろう。
超長期的に見れば、宇宙開発という事業は人類全体の知見を広げることにつながり、さらには人類を含めた地球の生命を広く宇宙に伝播させ、生きながらえさせることにもつながる。そうした視点に立ったとき、そこに先進国のひとつである日本が貢献しないこと、そして長い歴史と多くの文化をもつ日本の存在がないことは、大きな損失になるのではないだろうか。
いずれにしろ、中国とどう対抗するか、あるいはしないのかを考えている時間はもうあまりない。中国の次には、同じくアジアのなかでの極を狙うインドが迫っていることも考えれば、すでに遅いくらいであろう。
【参考】
・CZ-7 makes successful maiden flight | China Space Report
https://chinaspacereport.com/2016/06/25/cz-7-makes-successful-maiden-flight/
・China successfully debuts Long March 7 - Recovers capsule | NASASpaceFlight.com
https://www.nasaspaceflight.com/2016/06/china-debuts-long-march-7-rocket/
・世界の宇宙政策・予算の現状
http://www8.cao.go.jp/space/seminar/dai1/cao-2.pdf
・Which countries spend the most on space exploration? | World Economic Forum
https://www.weforum.org/agenda/2016/01/which-countries-spend-the-most-on-space-exploration/
・宇宙関係予算について : 宇宙政策 - 内閣府
http://www8.cao.go.jp/space/budget/yosan.html