(第1回はこちら)
中華人民共和国(中国)は6月25日21時00分(日本時間、以下同)、南シナ海の海南島に新たに建設した「文昌衛星発射センター」から、新型ロケット「長征七号」を打ち上げた。ロケットは順調に飛行し、搭載していた新型有人宇宙船の試験機など、合計6機の人工衛星の軌道投入に成功。宇宙船の試験機は翌日、内モンゴル自治区に広がるゴビ砂漠への着陸に成功した。
新型ロケットと宇宙船、そして新しいロケット発射場と、中国は宇宙開発において三兎を追い、すべてを得ることに成功した。この事実は一体何を意味しているのか。本連載では、新型ロケットと宇宙船、新しいロケット発射場がそれぞれどのようなものなのか、さらに中国の宇宙開発の現状と今後について、4回に分けて解説したい。
6月25日に打ち上げられた長征七号の1号機には、新型宇宙船の試験機「多目的宇宙船再突入カプセル」と、スペース・デブリの回収技術を実証する「遨竜一号」、軌道上での推進剤補給技術を実証する「天源一号」、そして3機の小型衛星の、合計6機の人工衛星が搭載されていた。なお、報道によっては7機としているところもあるが、これは上段の「遠征一号甲」を数に含めているためである。また「天源一号」は遠征一号甲に搭載された状態で運用されるため、単体で独立した衛星ではない。
今回はこの中から、新型の有人宇宙船の試験機である「多目的宇宙船再突入カプセル」について取り上げたい。
次世代宇宙船の試験機「多目的宇宙船再突入カプセル」 (C) CASC |
地上に帰還したカプセル (C) The State Council of the People's Republic of China |
次世代宇宙船はアポロ型
「多目的宇宙船再突入カプセル」は、他の衛星らと共に長征七号に搭載され、6月25日に文昌衛星発射センターから離昇した。上段の遠征一号甲は少なくとも2回軌道を変え、そのたびに他の衛星が分離される中、カプセルは遠征一号甲に搭載されたまま軌道を飛行した。
そして打ち上げから約20時間後、遠征一号甲が軌道を下げ、カプセルを分離。やがてカプセルは大気圏に再突入し、パラシュートを開きつつ降下した後、16時41分に内モンゴル自治区に広がるゴビ砂漠へ着陸した。ちょうど現地は強風が吹き荒れており、着陸後のカプセルは約100mほど引きずられることになったとされるが、機体は原型を保ったまま回収され、中国当局は「成功」と発表している。なお、遠征一号甲はその後また軌道を上げ、7月1日現在も運用を続けている。
このカプセルは、中国が現在運用中の有人宇宙船「神舟」の次の世代にあたる、新型の宇宙船の試験機として開発された。ただ、宇宙船単独で宇宙を飛行する能力はなく、将来的に宇宙飛行士が乗ることになる帰還カプセルの部分のみしか造られていない。
しかし、このカプセルだけとってみても、軽量化のための新しい金属材料や構造、新開発の誘導システム、耐熱シールド、そして再突入時に通信ができなくなる、いわゆる「ブラック・アウト」の時間をなくすための新型通信アンテナ、さらに着陸用とは別の、超音速での降下時に機体を安定させるための特殊なパラシュートなど、新しい技術がふんだんに盛り込まれている。
カプセルは全長2.3m、直径2.6mで、質量は2.6トンほど。お寺の鐘のような形をしている神舟とは違い、アポロ宇宙船などと同じ、プリンや富士山のような円錐台形をしている。またこの大きさは実機の約60%の縮尺とされており、つまり実機は全長3.8m、直径は4.3mほどになるということになる。
神舟の帰還カプセルは直径2.17mであるため、それと比べると内部は相当に広い。また、最大搭乗員数も神舟の3人から、最大6人にまで増えるという。また、米国航空宇宙局(NASA)が開発中の「オライオン」宇宙船は直径5m、ロシアが開発中の「フィディラーツィヤ」宇宙船は直径4.5mであり、こうした他国の次世代宇宙船にも匹敵する大きさである。
深宇宙へ向かう箱船
この次世代宇宙船の特徴はいくつかあるが、中でも最も大きいのは、オライオンやフィディラーツィヤと同じように、月や火星への有人飛行にも耐えられるという点であろう。中国メディアなどはこの次世代宇宙船のことを「深宇宙へ向かう箱船」などとも形容している。
月や火星からの帰還時には、地球周回軌道からの帰還よりも速度が大きくなるため、機体が受ける熱などの負荷も厳しくなる。今回のカプセルの飛行で、新しい耐熱シールドや、超音速での降下時に機体を安定させるための特殊なパラシュートなどの試験が行われたのは、まさにこのためである。
機体は、質量14トンのものと20トンのものの、大きく2種類が開発されるという。両者の違いはあまり明らかになっていないが、想像図などからはカプセルの後部に接続される機械モジュール(太陽電池やバッテリー、水や酸素などが収められる区画)の大きさに違いがあることがわかる。ミッションに応じて、たとえば大きな軌道変更が必要となる月や火星へ向かうミッションでは大きな機械モジュールを、宇宙ステーションと往復するような、あまり大きな軌道変更が必要とならないミッションでは小さな機械モジュールを、といった使い分けをするようである。両者とも従来の長征ロケットでは打ち上げられないため、今回打ち上げられた長征七号や、より大型の長征五号を用いることになる。
また地球への帰還時も、神舟はソユーズと同じく陸に降りているが、この次世代宇宙船では海上に着水するという。ただし万が一に備え、陸上への着陸も可能なように造られるという。
この他にも、神舟とは大きく異なる点がいくつもある。たとえば軌道上で宇宙飛行士が滞在するための軌道モジュールが存在しないことである。これは帰還カプセルだけでも十分に広くなるためと、また宇宙ステーションとの往復や、月・火星へ行くための専用の宇宙船とドッキングするといったミッションで使うことを念頭にしているためという主に2つの理由から、軌道モジュールの必要性が薄れたためであろう。ちなみに、米国のオライオンも、またロシアのフィディラーツィヤも、軌道モジュールはない。
宇宙船単独での運用可能期間は21日間で、宇宙ステーションなどとドッキングした状態では2年間も運用ができるとされる。そして、帰還カプセルは再使用が可能だという。おそらく耐熱シールドを取り替えることになろう。
とくに重要なのは、神舟がロシアのソユーズを基にした機体だったのと比べ、この新しい宇宙船は中国独自の設計であり、そして米ロの現在開発中の新型宇宙船に匹敵する、火星への飛行にも使えるほどの高性能な宇宙船であるという点であろう。これは中国の宇宙船技術が、次の新たなステップへ踏み出せるほどの力を蓄えてきたことを示すと同時に、それを実現するだけの意志やヴィジョンが存在するということも示している。
さまざまな新機軸が盛り込まれたこの次世代宇宙船だが、今のところ完成時期は明らかにされていない。実機の詳細な想像図やモックアップ(実物大模型)などもまだ披露されていないことから、宇宙飛行士を載せて飛ぶのは、早くとも2020年代の中期から後期ごろになるだろう。
(次回は長征七号が打ち上げられた新しいロケット発射場「文昌衛星発射センター」について取り上げます)
【参考】
・http://scitech.people.com.cn/n1/2016/0625/c1057-28478343.html
・http://www.chinaspaceflight.com/manned-spacecraft/new-generation-manned-spacecraft.html
・http://bbs.9ifly.cn/plugin.php?id=freeaddon_pdf_preview:pdf&pid=356369&
aid=82504&md5hash=7f7e925dd49329f8b9080cd4fcf0ae7b
・China lands Prototype Crew Spacecraft after inaugural Long March 7 Launch - Spaceflight101
http://spaceflight101.com/china-lands-prototype-crew-spacecraft-after-inaugural-long-march-7-launch/
・China develops next-generation crew vehicle - SinoDefence
https://sinodefence.com/2015/12/15/china-develops-next-generation-crew-vehicle/