7月21日に打ち上げられた宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)3号機には、国際宇宙ステーション(ISS)で使うための、様々な機器が搭載されていた。搭載物資は、そのほとんどはISSで降ろされるが、せっかく宇宙まで持っていったのに、ISSでは使わず、そのままHTVに戻される装置が1つある。それが再突入データ収集装置「i-Ball」である。

公開された再突入データ収集装置「i-Ball」。IHIエアロスペースが開発した球形の装置で、大きさは直径40cmほど

i-Ballを開発したのはIHIエアロスペース(IA)。6月26日、同社と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、IAの富岡事業所(群馬県富岡市)において、i-Ballのフライトモデル(実機)をプレス向けに公開した。プレス公開からはちょっと間が開いてしまったが、今回はこのi-Ballについて紹介したい。

燃えずに帰ってくるi-Ball

i-Ballは、"再突入データ収集装置"という名称が示すように、再突入時の各種データを収集して送信することを目的とした観測装置である。i-Ballが計測するのは、カプセルの運動データ(加速度、角速度)、温度データ、航法(位置)データなど。そのほか、2種類のカメラも搭載しており、静止画を撮影する機能も持つ。

なぜ再突入のデータが必要なのか? その説明は後回しにして、まずはi-Ballとはどのようなものか、ミッションの概要から見ていくことにしよう。

再突入するHTVとi-Ballの予想CG(提供:JAXA/IA)

i-BallはHTV3号機によって打ち上げられ、ISSに到着。ドッキング後、一旦はHTVから取り出されるが、持ってきた荷物を全部ISSに降ろして、最後にISSで出た廃棄物を積み込んでから、再びHTVの与圧部に戻される。HTVはISSから分離して、再突入によって焼却処分されているが、i-Ballはこれに同乗することになる。

i-Ballの全体シナリオ。ISSからの分離時にHTV内に戻され、HTVとともに再突入する

i-Ballの役割。再突入のデータを収集することで、落下範囲をより正確に予測できるようになる

HTVは高度120kmで再突入を開始、空力加熱と呼ばれる物理現象により、機体は激しく熱せられる。HTVは通信アンテナなど外側から壊れ始め、高度78kmあたりで主要な構造(与圧部、非与圧部、電気モジュール、推進モジュール)が分解。このとき、i-Ballが入った与圧部はまだ崩壊していないが、高度70kmあたりまで降下したところでバラバラになり、i-Ballが外部に放出される見込みだ。

i-Ballも同様に空力加熱を受け、数千℃という高熱にさらされることになるが、i-Ballの外装には「アブレータ」という耐熱素材が採用されているため、燃えずに帰還することが可能だ。アブレータは再突入機では古くから使われている技術。高熱によって表面から溶けてガス化するが、この吸熱反応によって熱を逃がし、内部に熱が伝わることを抑えている。

i-Ballは、高度80km前後からデータの取得を開始。与圧部から放出されたあとは単独で飛行を続け、高度6kmあたりでパラシュートを開いて減速、着水する。ここで、フローテーションバッグという浮き袋を膨らませて、海面に浮上。衛星通信(イリジウム)を使って、取得したデータを日本に送る。コストがかかりすぎるため、i-Ballの洋上回収は行わない。

パラシュート展開の様子。アブレータの外装が上半球と下半球に分離して、パラシュートを引っ張り出す

着水後はフローテーションバッグを展開。1週間くらいは浮かんでいられる見込みだが、バッテリが最短で3時間くらいしかもたない

より正確な予測が可能に

なぜ再突入のデータが必要なのか? という前述の疑問であるが、まずは下の図を見て欲しい。これはHTV3号機の落下予測域を示したもので、ニュージーランドとチリの間の南太平洋に四角い枠が見える。

青枠で囲まれているのがHTV3号機の落下予測域。メルカトル図法特有の歪みはあるが、この長さは数千kmもある

HTVは、機体の大部分は大気中で燃え尽きるものの、スラスタなど耐熱性の高い部品は一部が燃え残って落下する。安全の確保ため、警戒区域を設定して、飛行機や船の通行を制限する必要があるのだが、この海域は陸地から遠く、飛行機や船もあまり通らない場所なため、再突入にはとても都合が良いのだ。

この予測域は、HTVの進行方向に対して非常に長い。現状、数千kmという長さが確保されているが、これはHTVが再突入によってどのように壊れるのか、正確には分かっていないためだ。どのくらいの範囲に破片が飛散するのか、当然ながら解析はされているものの、実際の観測結果で検証しなければ、予測の精度を上げることはできない。

落下予測域を縮小するためには、HTVの再突入の様子を詳しく知る必要がある。そのために期待されているのがi-Ballというわけだ。実際に予測域を縮小するためには、3号機だけでなく、今後のHTVでも継続してデータを収集する必要があるだろうが、落下予測域を縮小できれば、その先には日本近海での制御落下も見えてくる。

(後編に続く)

「月刊宇宙開発」とは……筆者・大塚実が勝手に考えた架空の月刊誌。日本や海外の宇宙開発に関する話題を、月刊誌のような専門性の高い記事として伝えていきたいと考えているが、筆者の気分によっては週刊誌的な内容も混じるかもしれない。なお発行ペースについては、筆者もどうなるか知らないので気にしないでいただきたい。