2018年10月11日、ロシアの「ソユーズMS-10」宇宙船を載せた「ソユーズFG」ロケットが打ち上げに失敗した。宇宙船は緊急脱出し、地上に着陸。搭乗していた2人の宇宙飛行士は無事だった。

連載の第1回では、ロケットの打ち上げ失敗までの出来事について、第2回では事故から宇宙飛行士の命を救った「緊急救助システム」について、第3回では10月31日にロスコスモスが発表した、事故の経緯や原因について、そして第4回では、事故後の飛行再開に向けた動きについて解説した。

この失敗から約2か月後の12月3日、ソユーズ宇宙船は3人の飛行士を乗せ、飛行を再開。ISS無人化という事態は避けられた。しかし、これからもロシア、そしてISSに参加する国々にとって、不安な綱渡り状態は続く。

  • ソユーズMS-11宇宙船を載せたソユーズFGロケットの打ち上げ

    ソユーズMS-11宇宙船を載せたソユーズFGロケットの打ち上げ。10月の失敗以来、2か月ぶりの有人飛行となった (C) NASA/Aubrey Gemignani

ソユーズ宇宙船は復活、しかし……

ソユーズMS-10の打ち上げ失敗から約2か月が経った12月3日、ロシア国営宇宙企業ロスコスモスは、「ソユーズMS-11」宇宙船を載せた「ソユーズFG」ロケットの打ち上げに成功。無事に飛行再開を果たした。

宇宙船には、ロシアのオレク・コノネンコ飛行士、カナダのデイヴィッド・サン・ジャック飛行士、そして米国のアン・マクレイン飛行士の3人が搭乗しており、打ち上げから約6時間後に国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングした。

これにより、一時危惧されていたISSの無人化は避けられたことになる。

  • ソユーズMS-11宇宙船

    ソユーズMS-11宇宙船 (C) ESA/Alexander Gerst

参考:「ソユーズ宇宙船、飛行再開 - 打ち上げ失敗の飛行士も来年宇宙へ」

しかし、ソユーズMS-10の失敗による影響はまだ残っており、ISSの宇宙飛行士の滞在計画や、ISSで行う予定だった実験やメンテナンス作業の計画などで、尾を引くことになりそうである。

また、禍根も絶たれたわけではない。第3回で触れたように、組み立て時のセンサーの破損が原因という調査結果が出ているが、なぜセンサーが変形していたのにもかかわらず、それを試験や検査で見抜けず打ち上げが行われたのかについては、まだ追求できていないようで、現時点で言及はない。

また一部報道では、ロケットの組み立て時に機体同士がぶつかる事故が起き、それがセンサーを変形させたとされるが、なぜそのような事故が起きていたことがわかっていたにもかかわらず、再検査などが行われなかったのかも言及はない。

なお、ロスコスモスのアレクサンドル・ロパーチン氏は10月31日に、「この組み立て時の事故は過失によるものと考えており、然るべき法執行当局が、その過失の責任者を特定する」と話している。

責任者を明らかにすることは一定の意義はあるだろう。しかし、その人物が事故を隠蔽する目的だったにせよ、あるいは重大な事態という認識がなかったにせよ、どちらにしても組み立て時に起きた事故が報告されなかったというのは常識的に考えてありえないことであり、組み立て時の体制や作業員の教育を根本から変えなければ、ふたたび同じような事故が起こりかねない。あるいはもし、今回宇宙飛行士の命を救った「緊急救助システム (SAS)」の組み立てで同じような事故が起きていたら、正常に機能せず、宇宙飛行士の命が失われていたかもしれない。

また、ソユーズの組み立てをめぐっては別の見方もある。ロシアのコメルサント紙は10月18日、ロシアの新型ロケット「アンガラー」の開発に従事していた元宇宙エンジニアの話として、「ソユーズ・ロケットの組み立て方法は古めかしく、事故が起きたとしても、作業員にその責任を押し付けるべきではない」という意見を報じている。

今回の事故は、ソユーズ・ロケットの機体をクレーンで移動させる際に起きたとされるが、そのクレーンは人が操作しており、また組み立て作業には人が多く関わっているなど、自動化技術が採用されていない。このような時代遅れの組み立て方では、事故を完全に防ぎようがないというのである。

ちなみにアンガラーでは、こうした点を改善した組み立て方法が採用されているという。

ソユーズ・ロケットとアンガラーの製造会社はライバル関係にあるため、その点はやや差っ引いて受け止める必要があるだろうが、うなずける話ではある。

今後、今回の事故を受けて、ソユーズ・ロケットの製造体制にどのような改善が行われるのか、それが本当に機能するのかといった点は、注意深く見守る必要があろう。

  • 組み立て中のソユーズFGロケット

    組み立て中のソユーズFGロケット (C) RKK Energiya

ソユーズに依存し続けてきた危うさ

一方、今回の事故は、ロシア以外のISS参加国にとっても大きな教訓、課題を残した。

2011年のスペース・シャトル引退以来、米国のNASA、そして日本や欧州、カナダは、宇宙飛行士の輸送をソユーズのみに依存し続けている。それは、安全性などに懸念があっても、ソユーズに宇宙飛行士を乗せなければならないということであり、またソユーズが飛べなくなれば、ISSの無人化という事態を招きかねないということでもある。

もちろんNASAとて、ソユーズに依存したくてしているわけではない。NASAはスペース・シャトルを引退させる代わりに、新たな飛行士の輸送手段として民間の宇宙船に委託することを決定。スペースXとボーイングの2社が開発に取り組んでいる。しかし、両社の宇宙船は当初2015~2016年ごろに運用に入るはずだったが、開発の遅れにより、いまなお無人での試験飛行すら実現していない。

また、現在月・火星への有人宇宙船として開発が進んでいるNASAの「オライオン」は、当初からISSへの輸送手段としても考えられていたが、こちらもまだ完成していない。さらにさかのぼれば、1996年には、まさにこうしたソユーズ依存を避けるべく、ISSからの緊急帰還用の宇宙船「X-38」の開発が始まったが、2002年に予算の問題からキャンセルされている。

もしスペースXやボーイングの宇宙船やオライオンがすでに完成していたら、あるいはX-38が実現していれば、今回のような、すわISS無人化かという事態にはならなかっただろう。

「たられば」を言い出せばきりがないが、結局のところ、米国をはじめとする各国の、これまでのISSの運用、そして有人宇宙計画に対する見通しの甘さが、今回の事態を生んだといえよう。

  • ISS

    国際宇宙ステーション(ISS) (C) NASA

信頼の回復と確立、そしてよい品質のものはよく飛ぶということ

今回の事故が起きてもなお、ソユーズ・ロケット、そしてソユーズ宇宙船が、優れた乗り物であるという評価に変わりはないだろう。長年の実績や、今回の脱出劇で活躍した緊急帰還システムがそれを裏付けている。

しかし、設計が優れているということと、それを正しく造り続けるということは、技術の話という点では共通していても、その中身は異なるものである。そして、今回のソユーズ・ロケットの組み立てで起きた問題、さらに今夏、宇宙に行った「ソユーズMS-09」宇宙船に"謎の穴"が開いていることが判明した問題もあって、後者については大きな不安が残る。

一方、2019年にはスペースXとボーイングの宇宙船も、ようやく有人飛行を開始する予定で、これによりISSへの輸送手段は3種類となり、少なくともISSが無人化する可能性は小さくなる。しかし、これら新しい宇宙船は、運用が始まってしばらくは信頼性が未知の状態が続く。

これからロシアは信頼性の回復、米国は信頼性の確立という課題に、それぞれ取り組んでいくことになる。それは品質、信頼性に関して正しく造ることができるかどうかという意味では同じである。

そして、それを徹底したつもりでも、事故は起こりうるものであり、それをいかに未然に防ぐことができるか、防げなかったときに備えた二重三重の安全策を取ることができるか、それでもなお事故が起きた際に、その影響をいかに最小限に止めるかといったことは、これからもISSの運用を続け、そして月軌道に宇宙ステーションを建造しようと計画しているすべての国々が考えねばならない課題である。

そして、これらの課題を乗り越えられなければ、有人宇宙開発の未来は閉ざされてしまうことになるだろう。

出典

ソユーズMS-11の打ち上げに関するロスコスモスのプレスリリース
NASA Astronaut Anne McClain and Crewmates Arrive Aboard Space Station | NASA
https://ria.ru/20181018/1530941448.html
Soyuz MS-10 makes emergency landing after a launch failure

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info