2018年10月11日、ロシアの「ソユーズMS-10」宇宙船を載せた「ソユーズFG」ロケットが打ち上げに失敗した。宇宙船は緊急脱出し、地上に着陸。幸いにも、搭乗していたロシアのアレクセイ・オフチニン宇宙飛行士と、米国のニック・ヘイグ宇宙飛行士の2人は無事だった。

連載の第1回では、ロケットの打ち上げ失敗までの出来事について、第2回では打ち上げ失敗から宇宙飛行士の命を救った「緊急救助システム」について取り上げた。

第3回となる今回は、10月31日にロスコスモスが発表した、事故の経緯、原因について解説する。

今回の打ち上げにおける第1段分離の瞬間のオンボード・カメラの映像。左に映っている第1段のひとつ(ブロークD)が正常に分離しなかった (C) Roskosmos

打ち上げでいったい何が起きたのか

ロシアの国営宇宙企業ロスコスモスは2018年10月31日、今回の事故の経緯と原因、そして今後の対応をまとめた調査結果を発表した。

今回の打ち上げでいったい何が起きたのか? 順を追ってみていきたい。

調査結果によると、事故は「ソユーズFG」の打ち上げから118秒後の、第1段分離の際に起きた。

第1回で触れたように、ソユーズ・ロケットは中央にある第2段機体の周囲に、4基の第1段機体が寄り添うように装着されている。これらにはそれぞれブロークB、V、G、そしてDという名前がついており、分離時には4基の機体が半径方向に(外側に向けて広がるように)外れていく。このとき、分離された4基の機体はまったく同じ動きをしながら離れていき、ある瞬間には十字を形づくることから、「コロリョフ・クロス(コロリョフの十字架)」とも呼ばれている。

しかし、今回の打ち上げでは、この4基のうちのブロークDが正常に分離できなかったという。

そして分離できなかったブロークDは、第2段機体に衝突。第2段機体が損傷し、タンクが減圧するなどして機体の安定性が失われることになった。

ソユーズの緊急救助システム(SAS)は、そのわずか3.57秒後にこの異常を検知し、第2段エンジンを緊急停止した。そしてその0.05秒後に、フェアリングに装備されている脱出用の固体ロケット・モーター「RDG」に点火した。RDGは全部で4基あり、まず1番、3番(点対称になる位置にある2基)モーターに点火、さらにその0.24秒後には2番、4番モーターに点火し、ソユーズMS-10宇宙船の軌道モジュールと降下モジュールを、ロケットから引き離した。

その後、無事に帰還を果たしたのは第2回で触れたとおりである。

  • 今回の事故の経緯を示したインフォグラフィックス

    ロスコスモスが発表した、今回の事故の経緯を示したインフォグラフィックス (C) Roskosmos

なぜ「コロリョフの十字架」はできなかったのか

なぜ、ブロークDが分離できなかったのだろうか?

第1段機体は、機体の後部で第2段と結合されている一方、前部はボール・ジョイントで嵌っているだけの状態にある(第1段側がオス、第2段側がメス)。

分離時には、まず第1段のエンジンがわずかに燃焼を続けている状態で、機体下部にある結合部分を切断する。すると第1段機体は、エンジンの推力によって、ボール・ジョイントを軸にして広がるように開いていく。そしてある程度まで開くと、ボール・ジョイントが外れ、同時に第1段機体の前部にあるバルブが開き、余っているタンク内の液体酸素をガスにして噴射。その反動で、今度は後部側を軸にして、花が開くように広がり、そして第2段から離れていく。このとき、有名な「コロリョフの十字架」が形作られる。

しかし今回の打ち上げでは、何らかの理由でこのバルブが開かず、ガスの噴射が行われなかったために、分離できなかったのだという。

  • 問題が起きた瞬間のオンボード・カメラの映像

    問題が起きた瞬間のオンボード・カメラの映像をキャプチャーしたもの。左に写っているブロークDが正常に分離していないことがわかる (C) Roskosmos

なぜ、バルブは開かなかったのだろうか? その原因として挙げられているのは、分離を検出する接触センサーの変形である。

動作の仕組みなど詳細は不明なものの、おそらく、第1段機体がボール・ジョイントを軸にある程度まで広がると、接触センサーが検知し、それを合図に酸化剤を排出するバルブが開くようになっているものと考えられる。

しかし今回は、ブロークDに装着されていた接触センサーが、6.45度変形しており、それにより正常に検知できなかったという。

なぜ、センサーが変形したのだろうか? 調査結果によると、バイコヌール宇宙基地における機体組み立て時のミスによるものだったと結論付けられている。

具体的に何が起きたのかは言及されていないが、10月18日付のコメルサント紙によると、第1段(ブロークD)を第2段に結合させる際に、作業員がミスで機体をぶつけてしまい、へこむほど損傷したとされる。これが引き金になったかどうかは不明なものの、機体がへこむほどの損傷が起きていたとすれば、そのせいで内部のセンサーが変形したというのもうなづける。

  • 組み立て中のソユーズFGロケット

    組み立て中のソユーズFGロケット (C) RKK Energiya

事故の根本にあるものは?

ではなぜ、センサーが変形していたのにもかかわらず(あるいはコメルサント紙の報道が正しいとして、機体が損傷するほどの事故が起きていたにもかかわらず)、それが見逃され、打ち上げが行われたのだろうか?

今回の発表では、まだそこまでは追求できていないようで、言及はない。今後、組み立てにかかわった作業員の調査を行うとともに、責任者を特定するとしている。

なお、10月12日付のインターファクス通信によると、ロケットは打ち上げ前の検査には通っていたとされる。つまり今回のセンサーの変形は、通常の検査の手順では検出できないものだったか、それとも検査項目を飛ばしていたり、あるいは問題があるとわかっていたにもかかわらず無視されたりといった、ずさんな検査が行われたといった可能性が考えられる。

また、11月1日付のRIAノーヴォスチ通信によると、今後は組み立て時にビデオ撮影による記録を残すとともに、作業員の再教育を実施するとしている。

そしてロスコスモスはまた、早くも12月3日には、次の「ソユーズMS-11」宇宙船を打ち上げると発表した。

(次回に続く)

出典

https://www.roscosmos.ru/25664/
Soyuz MS-10 makes emergency landing after a launch failure
Soyuz MS-10 abort caused by sensor failure at booster separation - NASASpaceFlight.com
https://www.kommersant.ru/doc/3773058
https://ria.ru/space/20181101/1531930100.html

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info