NVIDIAは11月12日~13日に、ユーザー向けAIカンファレンス「NVIDIA AI Summit Japan」を東京都内のホテルで開催した。同イベントでは生成AIやロボティクス、LLM(Large Language Models:大規模言語モデル)などをテーマに50以上のセッションやデモが披露された。
本連載では、イベント2日目に開催されたソブリンAIに関するパネルディスカッションの模様を、全3回に分けてお届けする。進行はNVIDIA エンタープライズ事業本部長の井崎武士氏が務めた。トークテーマは「ソブリンAI、その役割と想像する新たな可能性」。初回となる本稿では、ソブリンAIの必要性とソブリンAIがもたらす未来についてお伝えしたい。
登壇者は以下の通り。
・東京大学 大学院総合文化研究科 准教授 馬場雪乃氏
・経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 情報処理基盤産業室室長 渡辺琢也氏
・ソフトバンク テクノロジーユニット統括 データ基盤戦略本部執行役員本部長 / SB Intuitions 代表取締役社長 兼 CEO 丹波廣寅氏
・Turing 共同創業者 取締役 青木俊介氏
ソブリンAIがないと茶碗蒸しが無くなる? - ソブリンAIの必要性
井崎氏:ソブリンは「自国の」「独立国家の」といった意味を持ちます。本日はアカデミアや政府、事業会社、スタートアップとさまざまな立場の方に集まっていただきました。自国の中にデータ処理の基盤を持ち、国内のデータを使って日本のためのインテリジェンスを生み出すソブリンAIについて、議論したいと思います。まずは、日本政府が考えるソブリンAIがどういったものかを教えてください。
渡辺氏:AIは文字通りインテリジェンスであり、新しい情報処理の形です。データを原資としながらインテリジェンスを生み出していきます。日本の価値観や文化、商習慣に対応し、日本語で扱えるインテリジェンスを自分たちで作れる能力を持つということが、国家として重要だと思っています。ただし、国家だけのレベルにとどまらず、最終的には企業や組織や個人がインテリジェンスを使えるようになることも大事だと考えています。
井崎氏::では、ソブリンAIが日本の企業や組織にもたらすメリットについて考えましょう。まずは、事業会社としてソフトバンクの丹波さんはどうお考えですか。
丹波氏:渡辺さんが話したような、日本の文化や商習慣を反映したサービスがAIによって生まれるとするならば、それはソブリン性を持ったAIでしか構築できないサービスだと思います。極端な話ですが、薬の開発を例にすると、日本人の生活習慣によって引き起こされる病気の薬はアメリカ人のデータでは作れない可能性があります。逆に、アメリカ人の生活や体質に合わせて開発された薬は、そのまま日本人に使えるわけでもありません。これと同じようなことが、教育や他の業種でも起こり得ますよね。
私がよく例としてお話するのは、卵料理です。海外製の生成AIに卵料理の作り方を聞いたときに、日本でよく食べられている茶碗蒸しやだし巻き卵が上位に出てこなければ、それらの料理は将来なくなってしまうかもしれません。これを解消するための一つの手段として、ソブリンAIが考えられると思います。
井崎氏:馬場先生はアカデミアの観点でどのようにお考えですか。
馬場氏:お二人に賛成で、やはり日本の文化や価値観を持ったAIを構築することは重要だと思います。私は国立大学の所属なので国としての社会的な利益を考えますと、AIによって取り残される人が出ないように工夫する必要があります。
例えば、現在はアフリカ系民族の方がSNSで使うような独特の英語表現を、AIは誤りやレベルが低いと判定する傾向があるそうです。これと同じことが日本語や方言でも起こるかもしれません。だからこそ、日本語のテキストで学習し日本の文化にチューニングされたAIモデルが必要だと考えています。
青木氏:私は少し厳しい意見を持っています。自国でAIを作るかどうかは、核兵器を作るかどうかの議論と同じだと考えています。兵器を作るのはアメリカや中国だけで、使うのが他の国となると、自国で兵器を作る技術が失われます。作っている国が製造を止めてしまうと、使えなくなるということです。
私の会社は自動運転をメインにしていますが、交通の情報や車両の情報が国外に出てしまって、それを外国の都合で止められてしまうような環境にはしたくありません。ソブリンAIはもちろん必要です。国の中でAIを作れるということが大事ではないでしょうか。
ソブリンAIが日本にもたらす未来
井崎氏:最近は、ソフトウェアの貿易赤字などともいわれていますよね。自国で使っているソフトウェアが海外のものだと、国交の影響や何かのきっかけでサービスが遮断されてしまう可能性があります。経済安全保障の観点からもリスクです。わが国の競争力を考えると、AIはどのような未来の利益をもたらすでしょうか。
馬場氏:AIが人間にもたらす最大の利益は意思決定を早めてくれることです。AIによる判断が加速する中で、最近ではむしろ人間の意思決定がボトルネックになってしまっています。AIのサポートによって人間同士のスムーズな対話が促され、より本質的な議論だけに人間が集中できる環境が作れたら、よりよい社会につながるはずです。
丹波氏:ソブリンAIに限った話ではありませんが、当社はAIを局所では使わないということを目指しています。都市部ではAIが使えるけど地方では使えない、といったことが起こらないようにするという意味です。自動運転ももちろんですが、アプリケーションやソフトウェアが使える場所と使えない場所の格差を生み出さないようにしています。
AIがどこからでも使える環境があり、それがある共通基盤の上に乗っているのであれば、それを全国で使えるようになるべきです。同時に、地域ごとの適用も考えなければいけません。例えばモノを運ぶという場面を想定します。同じ「モノを運ぶ」という目的でも、地域によって自動車やドローンや船など、手段はいくつか考えられます。日本全国でドローンを飛ばすのはさすがに無理があるかもしれませんが、その土地に適した手段を適切に選ぶことは可能です。そういう意味で、日本全国の津々浦々で同じサービスを受けられるようにしたいです。
青木氏:ITはこれまで世界を変えてきました。20~30年前のいわゆるインターネットバブルの時代に思い描いていた世界と、実際の現代社会では少し差があります。それは、当時、一部の頭の良い人たちだけがインターネットの未来を考えていたからだと思います。現在はマッチングアプリで結婚するカップルが当たり前になるなど、生活にインターネットが入り込んで手元に届くようになりました。
AIもおそらく同様になるでしょう。今私たちが想像している以上のことが将来に起こるはずで、しかも、それは現在の理想の姿とは少し違った、もう少し手元でAIを実感できるような世界だと思います。
井崎氏:渡辺さんとしては、AIによってどのような世界が作られる、あるいはこれから作っていきたいとお考えですか。
渡辺氏:一言で表すと「一人一人をエンパワーしたい」に尽きます。昔の絵描き職人は、絵の具を自分で作ってから絵を描き始めていました。現在は絵の具を購入すれば絵を描くことに集中できます。そして、以前は放送局や専用の設備を持つ企業だけが情報発信できていたところ、今では個人でもスマートフォンで気軽に動画を世界に配信できるようになりました。
AIによって実現できることの例として、例えば省庁の仕事の場面であれば、若手が会議の議事録を取って上司に確認してもらっていたものを、AIが代替できるようになります。1年目や2年目の若手でも政策のための本質的な議論に参加できるようになります。AIによって苦労していたことから解放され、クリエイティビティを発揮するという大切な変化です。教育であれば、一人一人の生徒の苦手分野だけをAIがピックアップしてフォローできるようになる、すなわち個人をエンパワーすることになります。それこそが組織をエンパワーし、ゆくゆくは国家をエンパワーすることにつながります。
井崎氏:AIによって仕事が無くなるという意見もありますが、そうではなくて、AIを使って仕事をする人がAIを使えない人の仕事を奪ってしまうということだと思います。AIによって個人の能力やケイパビリティが広がっていくようなイメージですね。