フロリダ州マイアミで開催された「イノベーション・ワールド・カンファレンス」では、基調講演者のスティーブ・ウォズニアックと朝食をともにし、その話を聞けたことが大きな収穫だった。
スティーブ・ウォズニアック(左)と筆者 |
まさに格別の機会だった。というのは、私はアップル・コンピュータの長年のファンだからだ(同社がアップルと名前を変えてからも、気が向けばファンでありつづけている……とはいえ、それはまた別の話)。私がコンピュータを学んだのは"アタリ400"というマシンだった(そう、ふにゃふにゃのキーボードが付いていた)。6502プロセッサベースのその驚異的なマシンは、ホームコンピュータの元祖たちや、そのマシンの生みの親で、ほかにも多くのマシンを設計してきたスティーヴ・ウォズニアックその人に多くを負っていたのだった。
ウォズニアックは、44のチップを用いた初の「一人バージョンの卓球ゲーム」(あるいは少し数が違ったかもしれない。ちょっと記憶が不確かなのだけれど)をどう設計したかについて語ってくれた。もちろんそれが、人気を博したオリジナルのゲーム「ブレイクアウト」だったわけだ。しかもその契約の交渉役となったのが、これまたアップルコンピュータの共同創設者でシリコンバレーの伝説でもあるスティーブ・ジョブズその人だった。
ウォズニアックが何度も強調し、とりわけ私の関心を惹いたのは、イノベーションがいかに「厳しい」環境から生み出されるかという点だった。最低限のチップでシステムを設計しようとすることがいかに大量生産の準備を整えていくかとか、世界の変革がいかにシステム設計の簡素化にかかっているかといった話だ。それはまさに「景気後退101」時代のイノベーションだ。
それが興味深いのは、人々が口にするイノベーションには小文字の"i"で始まるものと、大文字の"I"で始まるものがあるからだ。小文字で始まるイノベーションには「改善」、つまり「継続的プロセス改善」といった考え方が含まれる。小規模な漸進的改良を施すことで、大きな変容が導けるという発想だ。このアプローチの先駆けとして、しばしば引合いに出されるのがトヨタだ。そこで注目されているのは、トヨタがいかにしてプリウスを作り上げたかという点だ。この車は実際に市場に驚きをもたらした。なにしろたいていの人々からすると、そういう車は大文字のIで始まるイノベータに期待するものだったからだ。というか、市場でのその手の驚きは、テスラ・モーターズやベター・プレイスなど、シリコンバレーの新興企業からもたらされるのが常だったからだ。
ここで自然というものに目を転じると、それがほぼ無限に創造的であることがわかる。自然はエネルギーを使い(地熱の噴出口にいる気味の悪い虫以外、もっぱら太陽エネルギーだ)、それを実に多種多様な構造体へと変換している。進化はとても良い仕事をしているわけだ。
けれども、進化の途上で何が起きているのかを見てみると、そう、そこには突然の量的な大躍進が見られるのだ。初めて空中を飛んだ動物(始祖鳥がそうだったのではと言われている)もそうなら、初めて地表に上がって息をした動物もそう……。けれども興味深いのは、環境がそれらの動物に優しくはなく、結果として動物たちは変貌を遂げることになったという点だ。環境は動物たちにとって過酷で、彼らを締め上げた。彼らが刷新を果たしたのは、そうせざるをえなかったからだ。必要は発明の母というわけだ。チップの数を減らすとは、量産が可能になることを意味する。空気を吸うとは、徐々に干上がってくる池から外に出られることを意味する。空中を飛べるとは、獰猛な捕捉者によって食べられずにすむことを意味する。
こう言うと嫌な顔をする人もいるだろうけれど、「進化の過程」について話をする人々は、あるポイントをすっかり見過ごしている。彼らは進化が漸進的だと考えるあまり、その先に量的な大躍進があるということすら見据えられない始末だ。いやいや、人々は本当にそう思っているはず! 小文字で始まるイノベーション(innovation)が大文字で始まるイノベーション(Innovation)に転換する点は確実に存在する。トヨタに見られたごく単純な「継続的プロセス改善」が、プリウスのような、まったくもって驚きををもたらすような製品を生み出すことも、それで説明できるというものだ(私もプリウスを運転し、それを気に入っているのだけれどね)。
そんなわけで、スティーブ・ウォズニアックと会話し、話を聴くことで、私は大いに勉強させられた。その深い洞察力は、いくら感謝しても感謝しきれないほど。その写真をブログに公開するけれど、彼が気を悪くしないことを切に願うばかりだ。他意はなく、ただそうしたいだけなのだから……。
PS. 撮影は私の上司でSoftware AGの研究開発部を率いる、ピーター・クーピック博士。スティーブ・ウォズニアックの右手に本当に少しだけ写っているのは、Software AGのCEO、カール=ハインツ・シュトライビッヒ。写真の背後にいるのは、マーケティング担当部長のイヴォ・トテフで、この朝食会に私を招いてくれた当人だ。
始祖鳥は地上での生活を捨てたかわりに、空にはばたく翼を得た。何かを得るためには何かを捨てる、イノベーションとはそうして起こるものである - To change is difficult. Not to change is fatal! |
(翻訳: 嶋崎正樹 / イラスト: ひのみえ)