良い雰囲気作りこそが参加者を増やすカギ

社内SNSの名前はヘーゲルの言葉に由来する「ミネルヴァの梟(ふくろう)」だ。ミネルヴァは知恵と工芸の神様のこと。神様の使いであるフクロウは、夜に世界中を飛び回ってあらゆることを見聞きして前の日にあったことを伝えてくれる。もともとは世の中の学問が1日遅れることをいさめる言葉だったが、SNSは各人にとってのフクロウになれるものだろうと考えてつけたという。このようにエピソードを付けてこだわって作ったことも、愛着を持ってくれる人が増えることにつながっていった。

社内SNSをどういう思いで始めたのかという宣言文はログイン画面に掲載されている。そこには、創業以来の開拓者精神と、問題の解決には外部からのアイデアも必要になるということ、知らない人とつながることでそれを実現しようという旨のことが書かれている。ログイン画面の写真も、その意味を込めて握手しているものを選んだという。それらのある種固く真面目な雰囲気と、楽しい雰囲気とをバランス良く醸し出すことで、適度に真面目で楽しいSNSへとつながっていったそうだ。

「ミネルヴァの梟」のログイン画面。名付け親は枝松氏。「ひとりで考え込んでもアイデアは浮かびにくいけど、こういう場があればさまざまな意見交換が可能なのではと考えました」(枝松氏)、「"ミネルヴァの梟"の最終目的は日立グループの発展に寄与することです。少しでもその役に立てたのであればうれしい」(佐藤氏)

枝松氏らは、ユーザーに対し、書き込みや参加のお願いはまったくしていないが、多くの人が自主的に書いてくれた。「実名制と、もの作りを大切にしている真面目な会社という土壌のせいでそうなったのかもしれない」(枝松氏)。不具合や問題点について、ユーザーから建設的アドバイスをもらうこともあったそうだ。

「グループ内にいる人は実際会うことも多いし、安心感がある。mixiはやらないけどこのSNSには参加するという人も多い。いいものならどんどん使ってやろうと言う人も多かったですね」(枝松氏)。

「会社に行くのが楽しくなった」という声も

「ただ作りっぱなしで放っておいたら、ここまで参加者は増えなかったはず。ファシリテータがすべての書き込みを読み、SNSの趣旨にあった内容かをチェックしてきた。普及にはこういった地道な努力が欠かせないのでは」(佐藤氏)

社内SNSを開始して以来、枝松氏らは、その意義や面白さについて改めて感じているそうだ。「SNSができたおかげで会社に行くのが楽しくなった」というメッセージをもらったり、飲み会に行く度に「ありがとう」と言われたからだ。「仕事が楽しくなった」「がんばっているのは自分だけじゃないんだと思った」という意見も寄せられたという。

アンケート用掲示板を作って書き込んでもらったところ、「SNSを利用することで、知らない情報や知らない人に出会えたのが良かった」という意見が多く上がった。枝松氏自身、SNS内で役員や研究者ともやりとりしたことがあり、役職に関係なくフラットに交流できるのが魅力だと感じたそうだ。

書き込みは30 - 40代の中堅が最も多く、20代の若手は参加も書き込みも少なめだ。「全体の雰囲気がふざけた軽いノリではないので、20代前半くらいでは何を書いていいのかわからないのかもしれない。一方、部長クラスなどはみんなの勉強になるような、しっかりした文章を書いています。困ったことを書くと専門家が答えてくれたりすることも」(枝松氏)。

交流会で広がった人間関係

枝松氏らは、リアルな出会いもしてもらいたいと考え、参加者を30 - 40人ほど募って交流会を開いたことがある。そこからリアルな世界でも交流が生まれたり、人を紹介し合うなど、人間関係が広がったという。それを示すように、フレンドリンク数が100 - 300人にまで増えている人もいるそうだ。

参加者が多い社内SNSではトラブルが起こるケースもままあるが、「参加者にはITリテラシが高い人々が多かったので、いわゆる"荒れる"などの目立ったトラブルはほとんどなかった」(枝松氏)という

全体を見ると、3日に1回ログインするユーザーが2割くらいであり、特定のユーザーがよくログインする傾向にある。「SNSは使い倒さないと面白くなってこないものです。登録した初期はつまらない画面ですが、交流会などで知り合った人たちとのリンクが増えて面白くなってくるものです。そういったきっかけがないと使われないままになっていることもあり、ある程度、積極性をもった人じゃないと難しいことを感じますね」(枝松氏)。

オフ会は自然発生的に行われている。アルファブロガー的人物の日記を中心にオフ会が開かれるなど、顔を合わせたことがなかった人どうしが会う機会が夏くらいから広がっていった。このように、オンラインだけではなくオフラインのリアルな関係に引き込めたのも成功要因のひとつと考えられる。

社内SNSの実証実験は近々終了となり、今後本格導入が検討されているところだ。「目的意識を持って作り込んで始めたのが成功要因かもしれません。SNSとしては盛り上がっていますが、実証実験として成功かどうかは分かりません」(佐藤氏)。「30万人が対象と規模がとても大きかったことと、法人を越えて業務ではまず会えなかった人たちと会えたという意味では価値がありました。精神的に助け合えたり、日立という言葉に対するロイヤリティが高まったと思います」(枝松氏)。

OpenPNEでコストダウン

OpenPNEベースにしたのは、あくまで実証実験としてコストをかけたくなかったので、製品を買うのではなくお試しをしたかったからだ。オープンソースという可能性を見る意味も込めてOpenPNEにした。システム担当者がいたことや日立グループネットワークというセキュアな環境があったことも、専門の業者に頼まずに自社で作れた理由だろう。

「SNSは立ち上げて終わりではなく立ち上げてから始まるサービス。うまくいっていない社内SNSは立ち上げたら書いてくれると思っていたからか、書いてくれという依頼の仕方が良くないのではないでしょうか。書きたくなる雰囲気や場を作るのが一番大事だと思います。楽しいところなら勝手に集まるし、楽しいから書くのだと思います」(枝松氏)。

ニーズがあるところに安全で楽しいサービスを提供すれば一気に広がる。それは、あらゆるサービスの基本につながることだろうと感じた。