私たちは45種類の業務アプリケーションや企業・オフィス向けツールを取り揃えたクラウドアプリケーション群「Zoho」を、全世界5000万人を超えるユーザーに提供しています。最終回となる今回は、私たちがビジネスを通じて多くのユーザーと交流することで得た経験と知見をもとに、投資を無駄にしない業務アプリケーションの導入から運用に至るまでの勘所について解説します。過去の回はこちらを参照。
はじめの一歩: まずはお客さまに関する情報をデータ化する
はじめの一歩は何といっても、お客さまに関する情報のデータ化です。お客さまからの問い合わせ内容や営業担当者とのやりとり、お客さまが関心を持った製品やサービスなど、あらゆる情報をデータ化して集約します。集約されたデータをもとにお客さまの行動や興味、嗜好の分析を行い、セールス活動はもとよりマーケティング活動や新製品の開発に活用していくのです。
こうした分析は紙の文書やエクセルでは不可能です。まれにスーパーセールスマンのような担当者が、自身の経験をベースに勘と感覚を頼りに結果を出せてしまうケースもあるようですが、属人化が進むことでノウハウや知見の横展開ができません。
データ化にはやはりCRM(Customer Relationship Management:顧客管理システム)が適しています。CRMは1990年代後半に登場し、その後20年以上にわたりユーザーや市場の要求に適応して進化を続け、操作性や分析結果の可視化技術も格段に向上しています。
最新のAI技術を取り込んで世の中の動きの一歩先を予測したり、顧客一人ひとりに最適な提案ができるようになったりと、さらに高いレベルの分析が可能になっています。大規模ユーザー向けの高価格なものだけでなく、中小企業でも導入しやすい価格のクラウドベースの製品も数多く提供されています。まずは、これまで紙やエクセルで管理していた顧客情報を、CRMでデータ化して集約することをおすすめします。
データの移行:思い切って古いデータは移行しない……のも1つの手?
CRMを導入する場合、過去の紙やオフィスソフトのデータはどのくらいの期間までさかのぼって移行すればいいのでしょうか。また、移行にかかる時間や労力はどの程度なのでしょうか。これは、私たちがお客さまから必ず質問されることです。
確かに過去のデータをもれなくCRMに移行するのが理想ですが、こうした移行作業には時間も労力もコストも伴います。新たにデータ中心の業務モデルに変革するという命題を掲げるのであれば、過去のデータの移行は必要最小限にとどめて、新しいデータのみでシステムを構築するという方法も現実的です。
しばらくの期間は紙や古いデータが混在してしまうかもしれません。しかし、新しいデータを元に新たな業務モデルを確立し、これまでとは違うビジネスを展開していくことは、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進の目的の1つです。新しいことを始めるために、古くて使いにくいデータを思い切って捨ててしまうことも1つの選択かもしれません。
導入コンサルティング:プロの知見を活用する
実際に業務アプリケーションを導入する時に、コンサルティングやITアセスメントのサービスを利用する必要はあるのでしょうか。答えはズバリ、しっかりとプロが提供するコンサルティングを受ける、ということだと思います。コンサルティングサービスには確かにコストがかかります。
これまで本稿の中でコストの重要性について述べてきましたが、導入時のコンサルティングに関しては、コストではなく投資と考えるべきだと思います。
ここで重要なポイントがあります。業務アプリケーションのプロとは、製品やサービスの専門家ということではありません。製品やサービスの知識に加えて、お客さまのシステムとビジネスをしっかりと分析でき、業務アプリケーションの最適な導入フローや将来的な計画を提案できることが重要です。
できれば、導入する製品やサービスのサプライヤーではなく、中立的な立場のITコンサルタントの力を利用することも視野に入れて検討します。
ユーザー教育:そして誰も使わなくなった……とならないために
CRMなどの業務アプリケーションを導入した後、最もよく耳にする失敗や後悔は、誰も使わなくなった、ということではないでしょうか。CRMの肝はデータ入力です。入力項目が増えたり、操作性が異なっていたり、頻度が上がったりすれば、それが負担となって入力がおろそかになり、結果的にデータのばらつきや分析精度の低下を誘発してしまいます。
そこで、社内でユーザー教育を実施して操作方法や機能の説明をするわけですが、実はこのユーザー教育のポイントは、操作や機能よりもデータ中心の業務モデルへの変革の意味を正しく理解してもらうことにあります。自分たちの組織が変革を目指していて、そのためにデータ中心の業務モデルに変える必要があり、その変革にはデータの入力が必須であるという認識を、社員全員で共有することが重要です。これだけでも、誰も使わなくなった、という失敗や後悔のリスクを下げることができます。
また、適用範囲に例外を作ったり、部署ごとに異なる入力項目を作ったりする、いわゆる亜種を作らせないことも重要です。例えば、見積書だけはフォーマットを変えたくないので従来通りエクセルで作成している、というようなケースがあります。また、最新のCRMは入力項目の増減が比較的簡単にできるので、部署の業務に合わせてむやみに入力項目を増やしてしまうケースもあります。
例外を作ったり入力項目を増やしたりすると、互換性のないデータができて、結果的に使いづらいシステムとなってしまいます。そして誰も使わなくなった……とならないために、社内に亜種を作らないことを理解してもらうのも大事なポイントです。
業務アプリケーションの拡充:次の展開を常に意識する
DXを本気で推進して、企業の成長と利益につなげていくには、ITを活用した業務モデルにも常に変化と成長が求められます。データ中心の業務モデルへの移行が成功すれば、そのデータをもとにして別の業務アプリケーションをスムースに追加、連携させていくことが可能になります。
CRMを使って営業系のデータ化に成功したら、次は社内の業務や行動をデータ化していきます。会計・経理処理から人事情報や採用活動、コミュニケーション、コラボレーションの領域に至るまで、企業活動のすべてをデータ化することを計画します。さらに、AIなどの次世代技術を活用して、より詳細でリアルタイムな分析とシミュレーションを行い、市場の変化や購買パターン予測の精度を上げていくことも視野に入れます。
そのためには、導入する業務アプリケーションの拡張性をしっかりと検討するべきです。業務アプリケーションが相互に連携できること、そしてデータベースが統合できることも重要です。データ中心の業務モデルに変革するには、データベースが乱立してしまい、それぞれのアプリケーションが連携できない、といった事態だけは避けなければなりません。
まとめ:中小企業の皆さま、はじめの一歩を踏み出しましょう!
これから先、あらゆる企業は変化に即時対応できる柔軟性が求められます。生活スタイルや人々の意識の変化、さまざまな技術の進歩だけが影響するわけではありません。
自然災害や疫病など誰にも予測できないことが要因となり、大きな変化を余儀なくされることもあります。そのためには、人が人に情報を伝えていく人間中心の業務モデルから、データ中心の新たな業務モデルへの変革が急務であることは間違いありません。
しかし、中小企業にとって、ITシステム全体を取り替えるような大がかりで高額な費用が発生する刷新は、期間、労力、コストを考えると決して最良の選択とは言えないでしょう。
また、ビジネスの状況に応じた機能追加や利用者数の変動があっても運用コストが把握しやすい、分かりやすい料金体系の業務アプリケーションの導入から始めるほうが合理的です。さらに、操作性に優れた製品やサービスであれば、実際にデータを入力する営業などの現場にもスムースに導入できると思います。
DXは決して大企業のための戦略ではありません。ただ、中小企業においては、社運をかけて巨額のIT予算を投資するものでもなく、できることから小さく始めるほうが現実的ではないでしょうか。
まずはCRMの導入からスタートして今の業務モデルを変革し、次のチャレンジのための新たなエネルギーを生み出してみてはどうでしょう。そのエネルギーを最大限に活用して、市場の変化に合わせるのではなく、市場に変化を与える企業を目指す。私たちはこれこそがDXの真意だと考えています。
さあ、はじめの一歩を踏み出してみませんか。