未来の映像デバイスを目指すARグラスの実用化に向けて様々なディスプレーエンジンの開発が進められている。市場ではマイクロOLEDの搭載が進みつつあり、マイクロLEDも世界中の多くの企業によって精力的に開発が行われている。さらには、強い指向性を持つレーザーが、究極的なデバイスとして期待されている。5月に米国San Joseで開催されたディスプレー国際会議「SID(The Society for Information Display)/DW(Display Week) 2024」の内容に加え、今年2024年の前半に世界各地で開催されたARVR関連やディスプレーに関わるイベントから、ARグラスが目指す方向をレポートする。

参考:ディスプレイ国際会議「SID/Display Week 2024」 第1回 次世代ディスプレイ技術の主役となる方向性が見えてきた「量子ドット」

未来のモバイルツールとなるARグラスの課題

将来、スマートフォン(スマホ)に代わってARグラスが情報機器の主役になるとの期待がもたれている。ARグラスが普及するためにはいくつかのポイントがある。まずは、眼鏡のように軽いことが重要な点になる。このため現在多くのARグラスで採用されているバードバス光学系から、より薄型化が可能なウエーブガイド光学系の実用化を目指した開発が行われている。この場合の最大の課題は、映し出される仮想映像の明るさであり、光源となるディスプレーエンジンの光が人間の目に届くまでの間に伝搬される光の利用効率である。バードバス光学系では、光の利用効率が10%程度あるのに対して、現状のウエーブガイド光学系では1%程度と非常に低い値しか得られていない。

マイクロディスプレーの高輝度化

ARグラスで明るい仮想映像を映し出すために、ウエーブガイド方式では光学系の光利用効率を大幅に改善する必要がある。しかし、現状では画期的な手法がないため、光学エンジン側の輝度アップに頼らざるを得ない。ここ半年間の世界各地の関連イベントでは、マイクロディスプレーの高輝度化がアピールの大きなポイントになっている。市場に出回り始めたマイクロOLEDでは輝度を1万ニットに、その先に期待されるマイクロLEDでは10万ニットから100万ニットといった高輝度品の開発競争が繰り広げられている(図1)。

  • 図1 高輝度化を目指すマイクロOLED(図の左側)とマイクロLED(図の右側)。CES 2024、SPIE AR|VR|MR 2024、ICDT 2024、Touch Taiwan 2024、SID/DW 2024で展示されていた各社の最先端マイクロディスプレーの開発品を並べた。マイクロOLEDでは1万ニット、マイクロLEDでは10万~100万ニット以上の値が並ぶ

ARグラスのカギを握るレーザーとAI

2024年1月にSan Franciscoで開催された「SPIE AR|VR|MR 2024」では、META Reality LabsのDirectorであるBarry Silverstein氏が「AR/VRの『視覚革命』を読み解く(原題:Peering into the Future: Decoding the Visual Revolution Necessary for AR and VR)」と題して講演した。その中で、ARグラスの中枢となるディスプレーエンジンの動向に触れ、現在マイクロLEDの実用化が待ち望まれているが究極はレーザーであると述べている。レーザーは強い指向性を持つが故に、人間の瞳に向けて映像を送るARグラスではむしろ好都合である。マイクロOLEDやマイクロLEDは面発光のデバイスであり発光した光は角度を持って広がっていく。これまでのディスプレー用途ではこの広視野角特性が好まれてきたが、ARグラスでは光を取り入れるインカップリング部での入射光のロスやウエーブガイド中での光の分散などで、利用効率を大きく落とす原因となっている。

5月にSan Joseで開催されたSID/DW2024では、基調講演の2番手としてMETA Reality LabsのVice PresidentであるJason Hartlove氏が講演を行った。Jason Hartlove氏は昨年2023年の4月に量子ドット材料メーカNanosysのCEOからMETA Reality Labsに転身し、ディスプレーデバイスを駆使するセットメーカーとしての新たな視点で講演を行った。基本的にはBarry Silverstein氏の内容を踏襲しているが、究極のディスプレーエンジンとしてのレーザーに関しては未だ時間がかかるとのトーンである。マイクロLEDは量子ドットとの組み合わせで高輝度化や広色域化で大きな期待が寄せられており、まずはマイクロLEDの実用化と普及に向けた取り組みが必要である。今年のSID Symposiumの会議でもマイクロLEDに関して多くの発表がなされていた。

Jason Hartlove氏は、究極のレーザー光源の必要性は認めながら、AIの重要性も強調した。コヒーレントなレーザー光はホログラフィック映像の生成に最適である。将来のARグラスに映し出される仮想映像は、単に空間に映し出される映像ではなく奥行き感を持った3D映像になっていく。立体的な空間映像では、その映像をあたかも目の前にある実物のように操れることが重要である、その為には瞳や指先の動きを捉えるセンサーと共に仮想映像と人間の感覚を的確にマッチングさせるAIのサポートも必須となる。

  • ARグラスのディスプレーエンジンのロードマップと将来のARグラスの方向性

    図2 ARグラスのディスプレーエンジンのロードマップと将来のARグラスの方向性

Barry Silverstein氏が1月に示したチャート(図2の左上)では、現状ではマイクロLEDに期待がかかっているが、将来はレーザーが究極のディスプレーエンジンとなる。現在、市場に入りつつあるマイクロOLEDは輝度が足りないという認識であり、この図には描かれていない。5月に講演したJason Hartlove氏は、レーザーの採用には未だ時間がかかるとの認識で、ロードマップ図の“Final Solution”の表現を時間軸で後ろにずらしていた。当面はマイクロLEDの実用化が先であるという認識である。代わりに、Jason Hartlove氏は、昨年秋に発表したRay-Banを引き合いにしてAIが重要であることを強調した。Ray-Banは、仮想の映像を映し出す機能を持たないが、AIによって現実世界の映像を的確に認識することに有用であり、将来のARグラスではAIが仮想映像の表示もサポートして現実世界との融合が進んでいくであろう。

有機半導体レーザーの可能性

SID Symposiumでは、未来のレーザー光源となり得るOSLD(Organic Semiconductor Laser Diode)の発表も行われた。SID 2024 Symposium 3日目のセッション61で、Koala Tech社CEOのFatima Bencheikh氏の講演内容を紹介する。レーザーはすでに無機半導体材料で実用化されているが、Koala Techの技術は有機半導体をベースにしているところに特徴がある。

Koala Techは、半年前の2023年12月に新潟で開催されたディスプレーの国際会議「IDW'23」では、半値幅FWHM 2nm以下の単色光(青色)が発散角度3度以下の良好な直進性を持って再現性良く発振することを報告していた。今回の報告では、450nmの青色で発散角を1度と性能を高めたことに加えて、530nm付近の緑色でもFWHM 3.5nmの鋭いピークの発光を得た。

この成果は、(1)高効率の低しきい値ゲイン材料(<2μJ/cm2)の開発、(2)層厚を細かく調整し、最適な材料を選択して光モードと電極の重なりを最小限に抑えることによって光子吸収損失を軽減すること、(3)ヘテロ接合構造を使用して再結合ゾーンを正確に制御することで励起子密度(30倍)を増加させゲインを大幅に向上させること、によって達成したとする。

今後はこれらの設計手法を通じて、緑と赤のスペクトル領域をターゲットにしたレーザーディスプレイの広色域化を実現しながら、輝度や寿命向上の開発も続け、2028年をめどにRGB有機半導体レーザーの完成を目指すとしている。前述のMETA Reality Labsの講演で示された未来のARグラスに有機半導体レーザーが搭載される日が来ることを期待したい。

  • Koala Tech社のOSLD(Organic Semiconductor Laser Diode)

    図3 Koala Tech社のOSLD(Organic Semiconductor Laser Diode)。CEOのFatima Bencheikh氏による講演の様子と内容。OSLDの特徴である鋭い発光ピークと強い指向性を持つ青色と緑色の発光を実現した。赤色を含めたRGB有機半導体レーザーの完成を2028年までに実現する