該当者なしだったSeymour Cray賞
話は変わって、この1年では、スパコン界に重要な貢献をした先駆者が、2人亡くなった。1人は、Wisconsin大学の教授で、NSFのAdvanced Scientific Computing Divisionのディレクタや、マウイスパコンセンターのCTOなどを務めたRobert Borchers氏である。
そして、DenelcorのHEPを開発し、マルチスレッドアーキテクチャの父と呼ばれるBurton Smith氏が亡くなった。Smith氏はTera Computerを創立し、後にTeraはCrayを買収して社名をCrayに変更して現在に至っている。その意味では、Smith氏は、現在のCrayの創立者である。Eckart-Mauchly賞やCray賞、National Academy of Engineering賞を受賞したスパコン業界を代表する先駆者である。
主要なHPCの賞としてはSeymour Cray賞とSidney Fernbach賞があるが、2017年はCray賞は該当者なしとなった。2017年のSidney Fernbach賞はSPARTAやLAMMPSなどを開発し、高性能のシミュレーションフレームワークの開発に大きな貢献をしたSandia国立研究所のSteven Plimpton氏が受賞した。
実用に近づきつつある量子コンピュータ
量子コンピューティングが、実用に近づきつつある。米国だけ見ても、先駆者のD-Waveに加えてIBM、Intel、Googleなど13団体が開発を行っている(正確にはD-Waveはカナダの企業)。Sterling先生は、量子コンピューティングは使い物にならないという以前の発言が間違いであったことを認めたが、この分野での新しいメトリックは、誇張された宣伝と意図的に生み出されたかのような興味関心であると皮肉っており、まだ、懐疑的なようである。
と言うことで、量子コンピューティングは真剣に取り組むテーマになってきたと言える。Sterling先生が間違った理由であるが、「その当時はパンチカードは永遠に使われる(同様にトランジスタは永遠に使われ、量子コンピュータの時代は来ない)と思った」と釈明しているが、これもジョークである。
量子コンピューティングの難しいところは、1つのQubitの上に多数の状態を重ね合わせること(Superposition)と、2つ以上のQubitが物理的に離れていても同じ状態をとるEntanglementを実現し、その状態を計算が行える程度の時間、維持することが困難な点である。そのために、Qubitは40mKよりもずっと低い温度に保つ必要がある。
それでも50Qubit程度が上限であるとSterling先生は言う。IBMはすでに50Qubitの素子を作ったと発表しており、なぜ、Sterling先生が50Qubitが上限というのかは分からないが、Qubitの数が増えれば、どれかのQubitのSuperpositionやEntanglementが壊れる確率が高くなるというのは正しいと思われる。
そして、その他にも実用的な量子コンピュータを作る上での問題は色々と存在する。多数のQubitがEntangleした状態がどのようにして作られており、どのようにして壊れるのかが良く分かっておらず、Qubit数が50ではなく、500、5000と増えても計算を実行するのに必要な時間だけ全QubitのEntangle状態が維持できるのかどうかは分からないのではないかと思う。
一方、量子通信は中国がJinanプロジェクトで長距離の通信を実現しており、盗聴ができない通信方式の実用化として研究が進んでいる。
(次回は8月10日に掲載します)