続いては第1段階のリスクアセスメントについて詳しく触れていこう。リスクアセスメントの考え方は、「合理的かつ系統的な保護方策の選択を実施するためにリスク低減目標を定めること」である。リスクについて、危害のひどさと発生確率の関数であることは前述したが、発生確率についてより詳しく述べると、「危険源に人がさらされる頻度および時間」+「危険事象の発生確率」+「危険回避または制限の可能性」の合計だ。
産総研がISO13482の普及のためにリスクアセスメントの考え方などで例として用いるために作ったインテリジェント電動車いすである搭乗型ロボット「ディペンダブルロボティックカート」を例として、具体的なリスクアセスメントの一例を紹介したのが画像61である。これは、比留川部門長の講演でも紹介したが、「リスクアセスメントシート」と呼ばれる雛形に書き込んだものだ。このシートをメーカーは利用することで、リスクアセスメントに関する作業の大変さが少しは緩和されるのである。
リスクアセスメントシートは、製品がユーザーに購入されて手元に渡った段階から、それが廃棄されるまで、段階を追ってどのような危険性があるかをまとめられる仕組みだ。画像61は、すべての危険性を挙げているわけではなく一部を抜粋しているのだが、「起動・シャットダウン」で12番目、「前進/後退/旋回/停車」の実際に搭乗して操作する段階で22番目や27番目という具合で、どれだけ細かく危険性を確認していることがわかる。実は、段階を追って事細かに危険性をリストアップしていくと、400~500、中には1000なんて数に至ってしまうこともあるという。それだけ危険性が製品の中に潜んでいるということであり、一般ユーザーの間近で使われるサービスロボットは、それだけ細心の注意を払わなければ開発できないというわけだ。
さらにリスクアセスメントシートの見方の続きを見てみよう。操作の中に含まれる22番の危険源「加減速不安定性」を例に取ると、その危険状態/危険事象は「転倒する」ということになり、危険区域は「乗車部周辺」、対象者は「搭乗者」はもちろんそれに巻き込まれる可能性があるということで周囲の「第三者」となる。
そして危害のひどさは、「無傷/一時的痛み」、「応急手当で回復」、「医療措置(短期間治療)」、「重大障害(長期間治療)」という4段階あり、加減速不安定性による転倒はそのマックスの4ということで、最もひどい危害、つまり大ケガをして長期入院、下手したら障害が残る可能性もあると考えられているというわけだ。続く「リスク見積もり」の「危害の発生確率」だが、前述したように「危険源に人がさらされる頻度および時間(F)」+「危険事象の発生確率(Ps)」+「危険回避または制限の可能性(A)」の合計となる。3~11の範囲になり、6は一見すると中間に感じるかも知れないが、結構危険性があるという。そして危害のひどさと発生確率を掛け合わせて得られる24が、「リスク点数」ということになる。
ちなみに「危険源に人がさらされる頻度および時間」は4段階。最も少ない1段階目の「まれ/瞬間的」から、「時々/短時間」、「頻繁/超時間」、「連続的/常時」までだ。「危険事象の発生確率」も4段階で、最も低い1段階目の「低い(まれ)」から、「起こり難い」、「起こり得る」、「高い」となる。「危険回避または制限の可能性」は2種類で、「可能」なら1で、「困難」が3だ。なので、先程の24を算出した式は、正確には4×(3+2+1)というわけである。
その24がリスクとして高いのか低いのかは、メーカーが判断しなければならず、リスク見積もり方法の一例としてまとめているのが、画像62だ。下側の「リスクマトリクス」と呼ばれる表を用いて、高いか低いかを判断するのだ。表で見ると、24はピンクの「リスク低減必須」のゾーンに含まれるため、転倒発生確率をもっと低くしたり、万が一転倒してもケガをしないような何らかの安全策を講じたりする必要があるというわけだ。
ただし、ピンクのゾーンにあるようなリスクを持った製品だからといって、「売ってはいけない」という法律はなく、誰も「売るな」とはいわないのが日本だという。もちろん、それによってユーザーが大ケガをした場合、明らかに安全対策が施されていなかったのが明確になればメーカーの責任となり、賠償請求などで自分たちが痛い目に遭うのはいうまでもないのだが。
なおリスク点数を出す前に、まずリスクマトリクス上で何点以上の部分がある限りは「売らない」と宣言しておく必要がある。点数を出してから、「この点数ならいいかなぁ」と適当に決めるのでは意味がないので、事前に決めておくというわけだ。リスクマトリクスで何点以上はダメと決めてから、リスクアセスメントシートで危険源を洗い出していき、全危険源に対してリスク低減が不要か、それとも条件付き受容(低減推奨)、さらに低減必須かということを確認していくのである。そしてリスク低減必須の領域にある場合は、リスク低減不要である6以下のグリーンゾーンまでがんばって改善をしなければならないというわけだ。
ちなみに、危害のひどさが4であることを変えられないのなら、6以下にするには危害の発生確率を1にする必要があるのは説明するまでもない。しかし、発生確率は最低でも3なので、危害のひどさを2にまで減らせるよう、転倒時にケガをしない何らかの仕組みを設けた上、よほど悪条件が重ならない限りは転倒しないという安定性などを実現する必要があることがわかるのである。
それから、イエローの7~14の条件付きで受容するリスク低減推奨ゾーンは、そのリスクを6以下にするための装備が高額すぎて製品の価格が高級車どころか一戸建てと変わらないような価格になってしまうとか、またそのリスクを取り除く仕組みを組み込んだり危険源を取り除こうとしたりすると、その製品がサービスロボットとして意味をなさないというような場合の妥協的なエリアである。もちろん、リスク低減や安全対策は施すが、あとは運用面での例えばユーザーマニュアルに目立つように注意書きを記載するか、販売時にユーザーに対してしっかりと説明するといった具合で対応することで対応するというわけだ。
そして改善すべき点を見出したあとに使用するのが、「再リスクアセスメントシート」だ(画像63)。設計し直したり、設計方針を変更したりして、危害のひどさの4は低減することができなかったようだが、低重心化を図る(本質安全)、そして最高速度を時速2kmとすることで、さらされる頻度または時間を1に、危険事象の発生確率も1として、再リスク点数を半分の12、イエローゾーンに入れることに成功したというわけだ。
ただし、低重心化を図るために重量物を車体下部に搭載して非常に重くなってしまった上に、時速2kmでしか移動できないようにした結果、あまりにも使い勝手が悪すぎて搭乗型ロボットとして意味をなさないということになったという。そこで実際にはこの改善を諦め、リスク点数は24のままとし、その残留リスク方策として、ユーザーに転倒した際に最悪どれだけのケガになる可能性があるか、それを避けるためにはどのような乗り方をしたらいいか、という運用面でカバーすることにしたというわけである。いくら安全性を確保するからといって、ここまで利便性を捨ててしまったら、逆に社会に受け入れてもらえないだろうという判断であり、こうしてリスクアセスメントシートに数値を明記して改善点を明確化することで、そうした判断もメーカー自らが下しやすくなるというわけだ。
以上を読んでもらって、実際にサービスロボットの製造業の方でないにしても、おそらく多くの方が「安全性を確保するためとはいえ、サービスロボットを作るのは大変だ」と感じたことではないだろうか。実際、ここまでやろうとすると、「コストや手間がかかりすぎてサービスロボットを作れない」「ISO13482は面倒」といってくる人も間違いなくいるそうだ。ただしすでに述べたことだが、ISO13482は法律ではないので、それに沿わないでサービスロボットを作って販売するのは自由なのである。将来的に欧州では法律化される可能性もあるそうだが、少なくとも現時点ではあくまでも安全規格というわけだ。
となると、そもそもISO13842は何のためにあるのか? という話になってくる。藤川室長は、もちろんメーカーのためでもあるが、最終的には「ユーザーのためのもの」であるという。ものづくりに関わっている人なら、誰もが自分たちが作って販売した製品を、ユーザーが安全に使えるかどうかは気になるはずで、その自社製品の安全性をきちんと確保するためのツールというわけだ。藤川室長はさらに、これからサービスロボットを作ろうというメーカーの方は、面倒くさがらずに必ずISO13482を使いこなしてほしいという。