続いては、ISO13482の特徴について。ISO13482における安全の考え方は3ステップ法(後述するが、本質安全に基づく保護方策、機能安全に基づく保護方策、ユーザーへの使用上の情報提示)と、機械安全の設計原則に基づいている。機械安全の設計原則に基づいているとはいっても、サービスロボットは今後、実際に市場が形成されていくとどのような製品が出てくるのか現時点では誰もわかっていない点がポイントだ。そのため、具体的な基準値が示されていないという点が大きな特徴となっている。要は、「ロボットは危ないのはダメ」的なかなり曖昧なことが書いてあるというわけだ。つまり、ロボットの安全性を担保するためには、結局のところ、メーカー自身が考えないといけないのである。
なぜそうなるのかというと、サービスロボットは基本的に、「移動作業型(Mobile servant)」、「人間装着型(Physical assistant)」、「搭乗型(Person carrier)」の3タイプに分類されてはいるが(画像57)、前述したように何が出てくるのかわからない、さらには家電や自動車のようにフォーマットがある程度固まっているわけではないことも大きい。そのため、近い将来に市場が形成されてサービスロボットの開発が活発になっていったら、どんな目的でどんな使い方をするロボットが出てくるのかまだまだわからないため、関節部分に組み込まれるサーボモータの出力はいくらまで、といったことを現状では決められないのである。
次は、ISO13842をなぜ日本がめずらしく主導したのか、日本にとってのISO13482の意義について触れたい。日本は、なぜこのような「わかりにくいもの」に率先して取り組んできたのか。世の中、さまざまなISOがあり、よくISOの何々を取得した、とその企業が宣伝に使うこともあるので、何となくとても効力のあるものなのだろうと思っている方も多いことだろう。でも、実際はISOというのは「約束事」であって「法律」ではない。要は、極端な話、ISOを無視したところでそれが法的に間違っていないのであれば、罰せられるようなことはないのだ。
藤川室長によれば、そうした理由から普段からつきあいのある自動車メーカーの人の中にも、実はあまりISOを重視していない人もめずらしくないという。中には「なぜISOなんかやっているんですか?」といわれることもあるらしい。そんな日本では軽視されがちなISOにも関わらず、わざわざサービスロボットにおいてそれを重視するのか? その理由としては、やはりロボット自体が新しいものであることが大きいとする。
画像58が、日本と欧州の安全の文化と安全規格への対応を比較したものだ。日本の場合、事故が起きた場合、その機器を作った企業の社長が謝罪することで収めるという文化だという。これは、ものづくり系の企業だけでなく、何らかの企業が問題を発生させた時は、社長が謝ることが最低限の誠意であり、謝罪せずに強気な発言を繰り返すような社長の場合、マスコミはもちろん一般の国民もみんなでほぼ総攻撃的に叩くことが多い(もちろんそれに異を唱える人や、感心のない人もいるわけだが)。
まず謝るかどうかという感情論的な話に焦点が最も置かれてしまって、「なぜ安全性が確保できなかったか」という、本来なら真っ先に追求すべき問題点が二の次になってしまうことが多いのである(もちろん事故の検証などがなされないわけではないのだが)。メーカーももちろん安全性は最重要視して作っているはずなのだが、なぜ事故が起きたのか、それを防いで同じ事故を起こさないことが重要なはずだが、それよりもまず謝れと、直接被害を受けたわけでもない人まで、「気分を害した」ということで感情論的になってしまうのである。
一方、欧州のメーカーは事前に「妥当性確認」を行う。自社の製品がどれだけのリスクを持っているのか、つまり何らかの事故が起きた時にどれだけのケガになるのか、そのケガがどれだけの確率で起こるのかといったことの計算を行うのである。そうしたことを想定した上で、「こういうリスクに対しては、我々はこういう安全設計をした」ということを事前に宣言を行う(これは「説明責任」という)。そして実際に事故が起こった時は、「我々はこれだけの努力をして、事前にこれだけのリスクがあることをあなた(購入者)に体して説明しましたよね?」という態度で臨み、誰が責任を負うのかということを議論するのである。そこに感情論でのやり取りは少なくともメーカー側にはないのだそうだ。
そしてサービスロボットの場合、どちらがいいかというと、「サービスロボットのような新規分野には欧州型が適しているでしょう」と藤川室長はいう。何しろ、現状で法規制がないからである。メーカー側は自分たちでしっかりとリスクアセスメントを行った上で製造したということを宣言しておかないと、安全なロボットは作れないし、安全性をアピールできないというわけだ。
また安全規格への対応も、日本は「法規ではない」という思想がメーカーにあるのは前述した通り。一方、欧州では規格は「説明の根拠(第3者認証、自己宣言のよりどころ)」となり、また「メーカーもしくは国家そのものの戦略の一部」としているということで、「面倒くさいもの」として毛嫌いする日本とはまったく考え方が違う。
しかも、メーカーはきちんと安全な製品を販売して、自社や自国が有利になるように国際標準化を国家の戦略として使うということ、そして説明責任の道具としても使うという文化ができあがっているというわけだ。その点から、日本がサービスロボットの分野で世界をリードしていくには意識改革が必要なようで、国際市場に向けては安全規格への欧州と対抗できるような取り組みが必須となるのである。
ともかく藤川室長によれば、これまでのISOは欧州発であることが多く、いつも日本は黒船がやって来たような感覚で慌ててあとから対応するという状況だったという。しかし、今回のサービスロボットに関しては、藤川室長は勇ましい表現ではあるとしたが、「日本が黒船を作って欧州や中韓に出向いているという感覚で捉えてもらってもいいでしょう」とした。