思いがけなかったIntelからの誘い
1979年12月初旬、当時大学院生(American Graduate School Of International Management,通称:Thunderbird)の私にIntel CorporationのKK氏(インテルジャパンからの駐在)から電話があり、Intel本社カリフォルニアのサンタクララ(Santa Clara)での面接を薦められた。Intelが往復航空運賃を含めすべて負担してくれるとの話は、就活の身としては大変ありがたく、本社での面接に挑むことにした。その時のIntelは求職活動中に履歴書(Resume)を郵送した米国企業55社中の単なる1社に過ぎなかった。 面接当日、候補者全員がHyatt Hotel(San Jose)一室に集められ、Intel人事部の方から当日のスケジュールの説明が行われ,総勢30人以上の候補者はIntel本社所定の部署に分散して行った。
私一人Intel Special Product Divisionマーケティング部会議室で待機するように指示された。面接時間が過ぎても面接官は現れない。面接予定時間から20分程経過した頃にやっと1人のマネージャが会議室に入って来た。面接は正味10分程度で終わった。その後も随分待たされ、2人の面接官とは個々に15分未満の面接であったと今も記憶に残っている。
待機中、会議室から出て周りを見渡すと、マーケティング部署はとても活気に溢れ、至る処から笑い声が聞こえた。皆生き生きと、とても楽しそうに仕事に打ち込んでいる様子に魅せられた。
昼食は食べ放題のイタリアンレストラン(All You Can Eat)に案内され、ピザを食べながらの面接となった。仕事以外の話がほとんどだった。午後はMarketing DirectorのGordon Campbellとの面接だった。精悍でとても甘いマスク、ブロンドヘアーが似合う知的な方だった。自分のやる気だけはアピールしたいと思い、必死に訴えた。
午後6時、2人のマーケティングシニアマネージャが真っ赤なAudiに乗って私の宿泊先ホテルまで迎えに来てくれた。その足でサンフランシスコのダウンダウンにある有名なインドレストランへ導いてもらった。行きと帰りの車中でも、食事中でも仕事以外の話題が大半だった。2人のシニアマネージャと一緒になってはしゃ過ぎてしまい、"これでもう終わったかな"と思わず1人で嘆いてしまった。
宿泊先であるHyattまで送ってもらい、お礼を言って車から降りようとした瞬間だった。マーケティング部長 Gerry Greave(ニックネーム:GG)から一言、"良かったら我々と一緒に働いて見ないか?"と。想定外のお言葉に、"Thank You!"と発するだけが精いっぱいだった。
ホテルの部屋に戻って冷静になって、一日を振り返ってみると朝から夜までの瞬間瞬間がまるで夢心地のようだった。外資系企業に就職する事、特に無知識のまま半導体業界へ飛び込む事、果たして皆と対等にやっていけるだろうか、ありとあらゆる不安が頭をもたげた。数日悩んだ末、気持ちを固めることが出来た。全く新しい世界に勇気を持って一歩足を踏み出そう。何も恐れることはない、何も失うものはないと自分に強く言い聞かせた。
Intel入社直後に起きた魔の金曜日
数日後、Intel本社から正式にOffer Letter(承諾書)が郵送されて来た。そして私は同年12月下旬、Intel Special Product Divisionマーケティング部のCustomer Marketing Engineerとして日本担当を命じられた。日本人としてのIntel本社採用は野島さん(SRAM 設計エンジニア)と近藤さん(CPUマーケティング)に次ぐ3人目の快挙となった。
同年末年始は出張を兼ね日本へ一時帰国した。緊張と不安の10日間であった。インテルジャパン営業の皆さんと親睦を深め、そして米国に無事に戻れた。
Intel本社への出社2日目、1月5日、社内に一大事が発生した。突如Marketing DirectorのGolden Campbellを筆頭に同部署マネージャ5名が一度に退職するとの発表が社内を駆け巡った。
発表によるとIntelと直接競合する不揮発性メモリ(Non-Volatile Memory:NVM)EPROM/EEPROM製品開発のベンチャー企業を創設するとの驚くべき内容だった。
そして同日付けで一同全員退職してしまった。魔の金曜日の午後であった。入社面接の際、一緒になって頑張って行こうと声を掛けてくれたGordon Campbellが辞任する事は想像を絶する出来事だった。一瞬裏切られた気がした。そしてこのようなダイナミックなSpin Outがシリコンバレーの原動力になって、世界の半導体業界を動かすのだと1人で静かに呟いた。
シリコンバレーに新会社SEEQが間もなく誕生した そしてGordon CampbellはSEEQのCEOに就任した。
(次回は5月24日に掲載予定です)
著者紹介
川上誠
サンダーバード国際経営大学院修士課程修了。1979年 Intel本社入社。1988年ザイコ―ジャパン設立以降、23年間ザイログ、ザイリンクス、チャータードセミコンダクター、リアルテックセミコンダクターなどの外資半導体メーカーの日本法人代表取締役社長を歴任。そして2012年ハーバード大学特別研究員に就任