1. 15年ぶりのCONPUTEX
ちょっとした用でCOMPUTEX TAIPEIを訪れることになった。最後に訪れたのはいつだったか正確には覚えていないが、たぶん15年ぶりくらいであると思う。大きな通りを挟んで建つ真新しい2つの巨大な展示会場は全く見覚えがない。ということはこの最近で新装なったということであろう。
私は24年にわたるAMDでの勤務でたぶん30回以上は台北を訪れたと思うが、15年間のブランクはさすがに大きく、市中心部の景色は全く変わっていた。巨大なビルがそこかしこに建ち、道路も格段に広くなっている感じがした。しかしその中心部の大きな変化にかかわらず、全く変わらなかったのは、バイクが車の間を縫うように走る道路の喧騒と、そこかしこをせわしなく歩く人々が発する圧倒的なエネルギーだ。その埃っぽい空気を吸うと、まるでタイムスリップしたかのように15年前まで忙しそうに会場間を歩き回っていた自分を思い出した。そう、ここはまさに世界のエレクトロニクスのメッカ台湾なのである。ビジネス環境、国際情勢が激変する中にありながら、COMPUTEX TAIPEIはやはり私が大好きなハードウェアの祭典である。
展示会のテーマとしては技術の最前線を言い表すAI、IoT、AR/VR、ブロックチェーン等々が並んでいるが、なんといっても世界のエレクトロニクスのエコシステムが集結する台湾の力強さはハードウェアにあると思う。喧騒は全く変わらない台北であるが、近代的ビルに変身した展示会場同様、会場内の雰囲気も以前とは大分変わっていた。以前は何を売りたいのか怪しげな部品屋などのブースが軒を連ねていたような界隈があったが今はなくなって、かなり大きなブースを構えるメジャーなブランドが派手な演出で客を競い合う雰囲気が強い。やはり業界内の淘汰の結果であろうか。以前のマザーボード・メーカーも今では立派なブランドだ。
2. 初日のプレスイベントのキーノートに颯爽と登場したAMDのCEO、Lisa Su
なんといっても衝撃的だったのは、5日間の会期の先陣を切って行われる開幕前日のプレスカンファレンスと併せて開催されたCEO基調講演にAMDのCEOであるLisa Suが登場したことである。例年、COMPUTEXの基調講演はIntelかMicrosoftと相場が決まっていたように記憶するが、今年は創業50年を迎えるAMDの登場となった(その後の初日の基調講演にはIntelが登壇した)。ComputexにはAMDは最初から深くかかわってきたが、50年の歴史で基調講演に登壇するのは初めてである。私なりにその理由を考えてみた。
- AMDのロードマップはCPU、GPUともに非常に好調で、Intel、NVIDIAという2大ブランドを猛追している。微細加工の技術開発の問題で苦労しているIntelとは対照的に、新たな製品をスケジュール通りに繰り出し、将来ロードマップもかなり楽しみな展開になってきている。
- ファブレスになり身軽になったAMDはプロセス技術と巨大な製造キャパシティーを台湾の英雄的企業TSMCに任せ、今や7nmの最先端ロジックのポテンシャルを最先端のCPU、GPUデザインで見事に開花させている。
- 雑多な企業同士が熾烈な競争を繰り広げるマザーボードに代表される台湾のハードウェア・エコシステムのブランドとIntel、NVIDIAという2強に挑戦するAMDはもともと相性が非常にいい。
基調講演ではありながら、AMDの新製品発表会のようになったCEOのプレゼンテーションではあったが、Lisa Suはマザーボード、ボックスなどのメーカーのリーダーたちを次々とステージに呼んで台湾のエコシステム・サポーターたちへの気遣いを怠っていなかった。その基本メッセージは、「我々は最高のCPU、GPUを提供します。それを使用したシステムは皆様にお任せします。AMDは皆様との協業によって一緒に成長する会社です」、ということで、この精神は創業者Jerry Sandersの"We will never become your competition(我々は決してあなたの競合にはなりません)"というパートナーへのメッセージを継承している。ともすれば、巨大化して囲い込みを始め、パートナーをも取り込もうとするAMDの対抗軸とは逆の立場である。
3. 際立つAMDの存在
基調講演を行ったAMDの存在は会場内の展示でも十分に感じられた。PCおよびサーバー向けのCPUの新製品に加え、GPUの将来製品を意識した製品展示が目白押しとなった。かつて、AMD向けのマザーボードはIntel系の製品展示とはかなり対照的に(しかも意識的に)控えめに展示されていた時期を長く経験した私にとっては、隔世の感がある。
CPU、GPUの両軸が激しい競争を繰り広げるのを商材に自身のソリューションの独自性を主張しながら虎視眈々と商機をうかがう台湾企業の「したたかさ」が前面に出ていて、必ずしも良いといえない現世の市況を払しょくするような熱気が感じられたのは、15年ぶりに訪れたAMDびいきの私だけの感想ではないような気がする。
以前のAMDは巨額の投資を必要とするデバイス設計、プロセス技術開発、製造キャパシティの全てを自前で用意しなければならず、これらのファクターの固有の問題のゆえに全体としては常態的に非常事態の状況に置かれていたような印象があるが、ファブレスとなり圧倒的に身軽になったAMDは、この3つのファクターが一糸乱れぬ動きをしながら競合に大きなプレッシャーをかけている。これこそ、AMDが追い求めた「パートナー型」ビジネスモデルである。
しかし対峙する2強は手ごわい。決して油断するなAMD!!
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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