最近のニュースで気になったのが「Google、ゲーム市場に参入」の話題である。報道によると、Googleが開始するサービスはテレビ、スマートフォン、PCなどの既存の端末で誰もが楽しめるクラウド配信によるゲーム事業であるらしい。

間近に迫った5Gインフラの普及に備えた新たなゲーム事業と言える。端末側の能力ではなくサーバー側のインテリジェンスを強化することにより、画像処理のような複雑な仕事をクラウド側でやってしまうという事であろう。

現在のゲーム専用機(ゲーム・コンソール)は端末側で力仕事ができるように、高性能CPU/GPUを搭載したものが主流である。こうした端末側の性能向上を高性能半導体で競い合うというゲーム機のビジネスモデルは、これからは大きな転換を迫られることになるだろう。なんでもクラウド側に持つようになれば、端末側のスペックなどは関係ないという事になる。根っからの半導体屋としては少なからず寂しさを感じる。私はAMDでの勤務を通してCPUとGPUに常にかかわってきた。その中心には常にパソコンがあったが、ゲーム機のアプリケーションも多くを見てきた。今回のコラムでは主要なゲーム機をCPUの角度から見てゆきたい。

CPUの経済学

経済学というほどのことでもないが、半導体ビジネスは開発と生産に巨額のコストがかかる上に、市況の変化の影響をもろに受けるというリスクを常にはらんでいる。これらの変数に加えて、技術トレンドの激変という半導体という製品自体の宿命のようなものを抱えていて、本来は技術集約的なビジネスであるが、規模が大きくなると経済的側面での要因が非常に大きな意味を持ってくる。半導体マーケティングの基本から言えば下記の要素を常に勘案する必要がある。

  • 製品開発の段階ではその技術が主流になるかどうかは大きな賭けである。
  • 開発された製品はどれだけの市場を創造することができるのか→市場規模の予測。
  • 製品化にかかるコスト、コスト低減の予測、市場規模の拡大予測。
  • 競合の市場参入の時期と競争の結果の単価下落の予想。
  • 導入された新技術がどれだけの期間市場に受け入れられるのか。どれだけ持つのか。
  • 競合と市場動向を見据えた次世代技術への道標。
  • CPUは多くの電子機器端末の中心にある

    CPUは多くの電子機器端末の中心にある (著者所蔵イメージ)

半導体ビジネスではこうした複雑に相関する内部的・外部的要因を変数として、最適な答えを導き大きな投資計画を断行しなければならない。半導体ビジネスが現在でも加速的に拡大を続けながら、いつまでも成熟しないといわれる背景にはこういった事情がある。半導体ビジネスが、言葉は悪いが「博打ビジネス」などと揶揄される所以である。

CPUから見るゲーム機と他の電子機器との比較

今回のコラムはゲーム機のCPUについてであるが、その前段階として下記のような表を作成してみた。

この表の意図はCPUを中心に据える電子機器市場の中で、ゲーム機がどのようなポジションにあるかを示すことである。私は現在ではビジネスから離れてしまっているし、実際のリサーチを行ったわけではないのでこれらの数字はあくまでも目安であってその妥当性については、賢明な読者の皆様のご指摘を甘んじてお受けすることを断ったうえで、コラムの前提として敢えて掲載させていただいた。

この表はCPUの供給者として各エンド製品の市場をどう見るかという立場に立って、CPUを使用した各エンド製品の市場規模、それに使われるCPUの価格を勘案した場合、CPUのビジネスとしての魅力度(市場は十分な規模があるか、単価は開発に見合ったものになるか、結局どれだけ儲かるのか、等々)を示している(数字が大きいほど、魅力が下がる)。

  • CPUとエンド製品の関係

この表から見て取れるのは下記のような状況である。

  • ここに示した各エンド製品はいずれもかなりの市場規模を持ったものであるが、各市場の事情からエンド製品の価格とそれにかけられるCPUの価格には大きな違いがある。これをよく業界内では「CPUバジェット(予算)」と言う。要は「エンド機器の市場価格から逆算するとどれくらいのコストをCPUにかけられるか」という事である。一概には言えないが、CPUバジェットはエンド機器の10%程度という事になる。
  • PCとサーバーでは現在はX86CPUが事実上の業界標準となっている。おもにIntelとAMDによって供給されるこれらのCPUは同じ世代では共通のアーキテクチャーを使用している。ただしコア数、キャッシュメモリーのサイズ、動作周波数などは用途に応じて変えている。また大変に広い分野(特にビジネス分野)に普及しているので過去資産(ソフトウェア)との継承性などは重要な要件となる。その分他のアーキテクチャーにすぐにとって代わられるリスクも低い。
  • スマートフォンのエンド価格帯はゲーム機と類似しているのでCPUバジェットもおのずと似たような価格帯である。しかし何と言っても、大きな違いは出荷量がけた違いに大きいことである。半導体は同じものを作れば作るほど利益率が高くなるキャパシティーのビジネスなので、こうした桁外れの出荷量は大変に魅力的である。ただし、この桁外れの出荷量が投資リスクを高める場合もある。
  • さて、ゲーム機であるが、ここには業界標準は存在しない。各ブランドがしのぎを削っているので、使用するCPUはほとんどがカスタム製品である。かなりの高性能CPUをカスタム開発するコストはかなり高くつく。ただし出荷量はPCにも届かないし、CPUバジェットはかなり低い。ということで、CPU供給者としてビジネスの面から言えばこれらのエンド機器の中では一番割に合わないビジネスである。
  • ドル札を印刷するにもコストがかかる

    ドル札を印刷するにもコストがかかる

CPUビジネスでのゲーム機の位置づけ

複雑な回路パターンをシリコン基板上に焼き付けるという半導体ビジネスは究極の印刷ビジネスである。パターンさえ決まれば同じものを何枚も印刷し量を稼ぐ。同じ印刷ビジネスとして卑近な例は造幣局による貨幣の印刷である。貨幣の印刷の場合はある程度の開発・製造コストは必要だが、競合が存在しないし(多国間の為替レートは別として)、マーケティングにもコストはかからない。

興味があったので貨幣の製造コストはいかほどのものかを調べてみた。1米ドル札のコストは約5セントくらいであるらしい。依然にIntelが全盛の時代、PCサーバー市場が大きく成長したころにある証券アナリストの報告書を読んだことがある。それによると、その当時サーバー用CPUを独占していたIntelのXeonプロセッサーの利益率は「1ドル札を印刷するより儲かる」ということを言っていた。詳細は忘れてしまったし、多分かなり限られた製品における瞬間風速的な分析であったろうが、ドル札とXeonを比較する斬新な見方と、Intelの驚異的な稼ぎぶりに大変驚いた記憶がある。

しかしすべての半導体会社がIntelのように儲けられるわけではない。Intelの場合はこの独占状態こそが驚異的な利益率を可能としたのであって、CPUのビジネス中ではむしろ例外的な成功例と言えよう。Intel・AMDも含めて多くのCPUブランドはこうした市場を常に模索しながら、いろいろなアプリケーションにCPUを売り込もうと必死になる。その中ではゲーム機のビジネスは、PC,サーバー、スマートフォンなどと比べると比較的魅力に乏しいビジネスではあるが、やはり十分に評価に値するビジネスである。

次回からはかつて一世を風靡したゲーム機のいくつかを取り上げ、CPUの観点から考察していきたいと思う。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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