MWC 2019雑感

スペインのバルセロナで毎年開催されるMWCが先ごろ閉幕した。世界中の国際見本市の中でも注目度が毎年高まるこの世界的なイベントは、今年もさらに人々の高い関心を集めて先週の技術・経済ニュースのヘッドラインを飾った。

ふと、昨年もこのころにMWCについてコラムを書いたことを思い出して以前の原稿を読んでみた。そのコラムでは私は下記のようなことを言っていた。

  • スマートフォンは曲がり角か?
  • ファーウェイなどの中国企業が通信技術で台頭。
  • スマートフォン・ビジネスはこれからどこへ? 5Gがカギを握る。

ざっと読んでみるとこんな内容であったが、まあ「当たらずとも遠からず」、かなり差しさわりのない無難なコラムであったように感じる。

今年のイベントでも各社が新製品・サービスの発表で火花を散らしたようであるが、それらを報じるさまざまな記事を読んだ雑感を今年も取り上げたいと思う。

5G技術が中心になって世界の国・産業界が動く

5Gに関する報道は将来への期待に満ちている。このザワザワ感は昔にも感じたものだと思って何だろうと思い出をたどったが、1990年初めのWindows 3.1の日本上陸の時を思い出した。

あの時は「これでパソコンがたくさん売れるのだろうな」と思ったが、今回の5Gへの世界の期待感はその規模がけた違いに大きい。ある既存のプラットフォームには収まりきらない何かとてつもなく大きいものが向かってくる感じがあるし、見える風景もまったく違う。

Windows 3.1 の時の主役はWintel(IntelとMicrosoft)という米国のハイテク企業連合のみであったが、今回の5Gでは米国勢はあまり目立っていないように見える。替わって存在感を増しているのが中国勢だ。Samsungがイベント前にディスプレイを2枚用いた折りたたみ、いわゆるフォーダブル・スマートフォンを先行して発表したが、フォーダブルは5G技術とペアになってファーウェイなどの中国、韓国などのアジア勢が話題をさらったような感じがする。中国勢の勢いとそれを取り巻く状況で気が付いたのは次の点だ。

  • ファーウェイが現有する技術はかなり優秀なように感じる。研究開発への投資は抜きんでているので、まだまだ準備中のものがたくさんあるような余力さえ感じる。何よりも中国勢の強みと言えるのは広範囲な地域での実証実験をすでに済ませて乗り込んできている感があることであろう。いろいろな社会インフラを巻き込んで発展する5Gの未来にとって、実証実験済みのプラットフォームは非常に強力な武器である。
  • MWCが米中の貿易摩擦の最中に開催されたこともあって、各国のスタンスがはっきり表れている。米国はファーウェイ排除を声高に掲げオーストラリア、カナダ、日本にプレッシャーをかけているが(ところで日本は2020年にオリンピックを控えてのインフラ構築でファーウェイなしにやっていけるのだろうか?)、欧州は各国の思惑とキャリアビジネスに対するスタンスに微妙な違いが表れていて、一枚岩ではない。基地局で世界シェアをファーウェイと争うノキアとエリクソンは経済性で先行するファーウェイと対照的に安全性の重要性を強調している。欧州委員会がGDPR(EU一般データ保護規則)で世界を先行していることが背景にある。
  • 韓国勢は独自の動きをしている。KT(Korea Telecom)が5Gの商用サービスを3月から開始すると一番乗りを上げ、SK TelecomもVRを中心とした5Gのサービスを表明している。
  • おりしも、中国の政治イベントで一番重要と思われる全人代(全国人民代表大会)の開催を3月5日に控え、関税制裁を10%から25%に引き上げるとプレッシャーをかけていた米国政府は、とりえず引き延ばし回避という手を使って、周主席に花を持たせた感じだ。しかし、これはあくまで一時的な措置、この問題を簡単に引き下げるとも思えない。世界の5Gの拡大はこの2超大国の地勢的影響を受けながらも技術革新は加速的に継続される。
  • 5Gを中心に複数のインフラセグメントを横断する数えきれないアプリケーションが考えられるので、基地局、端末、キャリア、産業界が一気になだれ込んできている様相である。今のところどこで誰が誰と何について手を組んでいるのかまったく見当がつかない。現在の協業が将来的に続く保証などももちろんない。今後登場する5Gアプリケーションの横綱ともいえる自動運転がしこを踏みだした感はある。
  • 5Gのイメージ

    スマートフォンは5Gのサービスの中心に位置するが、アプリケーションは産業全体に広がる

存在感がなくて際立ったのがAppleである。通常Appleはこういった公的なイベントには関係なく自身のペースで発表を実施するので驚くことはないが、先月のAppleショックの後なのでその沈黙は不気味である。MWCの前にAppleが発表したもので目立ったのは、金融会社ゴールドマン・サックスとの協業という形で発表したクレジットカードの構想である。ApplePayとiOSの組み合わせで通常のクレジットカードに大きな付加価値を創造するものと予想されるが、詳細はもちろんわからない。

当たり障りのない結語となってしまう業界人のさが

私は若い人々のようにスマホに依存した生活を送っていないのでダブル・ディスプレイのフォーダブル・スマートフォンと聞いてもにわかにはピンと来なかったが、「転送速度が4Gの100倍近いといわれる5Gのインフラが整えば、そのスマホにリアルタイムの映画をいきなり送り付けるということだってできる」と説明されれば、「値段次第でありかな」ということになる。しかも5Gの可能性はコンシューマのセグメントに限らず金融、医療、環境、エネルギーなどの社会インフラを根底から変えるポテンシャルを十分に持っている。

35年の半導体人生で私は一度も新技術の先行ユーザーであったことはないが、新技術があっという間に当たり前のものとなる過程は経験的に知っているつもりである。来年の今ごろ、再びMWCのニュースに触れた時、今一度このコラムを読み返すことになるのだろうが、やはりその時も今回のように「やはりアプリケーションが鍵」などというありきたりな言い方になってしまうのはこの業界にいる人間のさがなのだとも思ってしまう。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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