将棋の藤井聡太七段がAMDのRyzenを使っていると発言
今や将棋界で飛ぶ鳥を落とす勢いの藤井聡太七段が、AMDのCPUを活用しているという発言をしたことが一部のネットニュースで話題になっている。
ニコニコ生放送にて第4期叡王戦本戦を中継した際に解説して登場し、そこでの発言を見た人たちがWeb上で拡散をしたらしい。
昨年、佐藤天彦名人がAI将棋ソフト「Ponanza」に負けてから、人間棋士対AIソフトという話題はすでに昔のものとなり、今では人間棋士と将棋ソフトはうまい共存関係にあるように見える。
私自身は将棋にはまったく疎いものの、テレビの放映などを見ると、将棋は新たなファンを取り込めているようである。将棋ファンにとって、やはり人間棋士同士の気迫ある対戦には勝ち負けを超えたものがあるという証拠である。
今やプロ棋士にとってAI将棋ソフトは格好の稽古相手になっているらしい。それにしても、あの藤井七段がAMDファンであるということはAMDのOBである私としては大変にうれしい限りである。しかも発言は「現在はRyzenを使っているが次はThreadripperにしたい」といったコメントをしているというから、まさに自作派の相当なコアユーザーであるとお見受けする。
こんな話題に触発された私は、以前にAMDが「世界コンピューター将棋選手権」をスポンサーしていたことを思い出した。2003~2006年ころの話である。2003年にK8コアベースのx86では初めての64ビットCPUであるAthlon64とOpteronを発表したAMDは、Intelとの技術競争において完全な優位性を奪還した。そしてその優位性はデュアルコアCPUの発表で決定的なものとなり、AMDの技術は市場に広く受け入れられることとなった。とは言っても、その価値を知る人たちは自作派のコアユーザーかハイエンドユーザーに限定されていて、当時マーケティングを任されていた私にとっての大きな課題は、この格好の機会をどうやって一般のPCユーザーに知ってもらうかであった。Intelのように派手にTVコマーシャルを流す資金などあるはずもない。どうやって低予算で人目を惹くマーケティング活動を展開するかが喫緊の課題だったのである。
AMD、「世界コンピューター将棋選手権」をスポンサー
そんなところに格好の材料が持ち込まれた。当時早稲田大学 政経学部の教授だった滝沢武信 先生からAMDにコンタクトがあった。
確か、ちょうどAMDがK8を発表した2003年のころだったと思う。先生の話では、"1987年に発足した「コンピューター将棋協会」は1990年に第一回の「世界コンピューター将棋選手権」を開催してから、最初は稚拙であった将棋ソフトも年を重ねるにしたがってレベルが上がり、人間棋士との対戦も考えられるほどになっている。この選手権は同種のものでは世界唯一で、大会には日本ばかりでなく他国からも参加者があるほどになっている。ソフトの進化もさることながら、勝利するために各参加者は最先端のパソコンベースのマシンを持ち込むという。やはりハード面ではCPUの性能がカギであるので、以前はIntelベースが多かったが、近年性能向上著しいAMDベースのマシンを持ち込む参加者が増えている。ついてはAMDにスポンサーの一部を担ってもらえないか"という話であった。
私はK7の勢いを土台にK8でIntel製品に対する優位性をアピールするための格好の材料と判断して、協賛会社の一社として加えていただくことを快諾した。もしAMDベースのシステムを使った競技者がいい成績を上げれば絶好のPR材料となるからだ。早速若手のマーケッターS君に担当してもらって協賛の準備を開始した。
圧勝したAMDベースのシステム
準備を進める中で下記の状況がわかった。
- 滝沢先生が会長を務める「コンピューター将棋協会」は1990年に第一回の「世界コンピューター将棋選手権」を開催、その後毎年開催をして参加者も増えている
- 将棋ソフトの性能が年々上昇し毎年熱戦が繰り返される。ソフトの改良もさることながら、持ち込むハードもその時期で最高性能のCPUを使用する
- かつてはIntel一色だったCPUもAMDのK7、K8の投入から、AMD製CPUのシステムの割合が増えてきている
- チェスの世界では1997年にIBMのスパコンであるディープ・ブルーが人間棋士を破り、話題になっていた。チェスよりも戦い方が複雑な将棋ではいつその瞬間が訪れるのかというのは世界的な話題にもなっていた
- 人間棋士とのエキシビションマッチも計画されている
こうした状況で協賛会社として臨んだAMDであったが、その結果は圧倒的であった。下記の表に2004年から2006年の各チームの成績結果を記す。
2004年(第14回) | 2005年(第15回) | 2006年(第16回) | ||||
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ランク | 将棋ソフト | CPU | 将棋ソフト | CPU | 将棋ソフト | CPU |
1 | YSS | Opteron Dual 2.2G | 激指 | Opteron Dual 2.6G | Bonanza | CoreDuo 2.16G |
2 | 激指 | Opteron Dual 2.2G | KCC将棋 | Opteron Dual 2.2G | YSS | Opteron Quad 2.6G |
3 | IS将棋 | Athlon64 FX 2.4G | IS将棋 | Athlon64 FX 2.6G | KCC将棋 | Opteron Dual 2.4G |
2004年から2005年にかけて上位を圧倒したAMDベースのシステム (資料を基に著者作成) |
この結果をもって、担当のS君はいろいろなマーケティングの活動を展開したので、新聞雑誌などにも盛んに取り上げられた。
Intelの展開するTVコマーシャルとコストを比べると遥かに少ない費用で大きな成果を挙げられたと思っている。マーケティングの手法として、権威付けによって製品の価値をアピールするこういった方法はその後の私のマーケティング活動にいろいろなインスピレーションを与えてくれた。
大会と同時に開催されたパネル・ディスカッションでのゲストのある方が、「いずれは将棋ソフトが人間を超える時がくるだろう。しかし指し手の組み合わせが圧倒的に多い囲碁でコンピューターが人間を超えるのは至難の業だ」、と発言されていたのを興味深く聞いたのを記憶している。
9×9=81という将棋盤のマスをはるかに超える19×19=361の碁盤で戦う囲碁は組み合わせの複雑さから、コンピューターソフトにとっても人間を超えるのははるかに困難と考えられていたのだ。 また2005年に準優勝した「KCC将棋」のチームはわざわざ北朝鮮からやってきたのだというのも鮮明に覚えている。今ではサイバー・アタックを世界中に仕掛けているという北朝鮮はこのころから相当な技術を蓄えていたと思われる。
そしてAIソフトの時代
さて、それからわずか12~13年の現在、人間棋士対コンピューターの対決は想像できないスピードで変容したといえるだろう。
2016年にGoogleが開発したアルファ碁が韓国の英雄イ・セドル九段に5番勝負で4勝をあげ世界をあっと言わせた。その後、2017年に前述の佐藤天彦名人がPonanzaというAIソフトに敗れるということになった。ちなみにこのPonanzaというソフトの名前は、このソフトの制作者が第16回世界コンピューター将棋選手権で優勝したソフトBonanzaに敬意を表したものであるという。
さて昨年は27回の選手権大会が開かれ熱戦が繰り広げられたが、Ponanzaを破って優勝したソフトはElmoというソフトであった。私は上位者が使用したハードに興味があったので滝沢先生に問い合わせた。そして上位入賞者のハード構成を聞いて最近の状況について合点がいった。優勝したElmoを含めた上位3者中2者がGoogle CloudやAWSのレンタルサーバーだったそうだ。
そして今年28回大会では上位3者すべてがAWSを使用していたという。深層学習にたけたAIサーバーの驚異的な能力がこれを可能としたわけだ。Google Cloudの場合、処理を担うプロセッサはGoogle独自のTPUなのだろうと勘ぐってしまうがもちろん確証はない。
そしてごく最近、米学術誌サイエンスに驚くべき論文が掲載されたというニュースを目にした。報道によるとGoogle系の英国ディープマインドが開発した「アルファゼロ」という汎用AIソフトが、囲碁のイ・セドル九段を破った「アルファ碁」、チェスの世界最強ソフト「ストックフィッシュ」、そして2017年に将棋の佐藤天彦名人を破ったPonanzaを破って昨年の世界大会で優勝したElmo、すべてのソフトを囲碁、チェス、将棋のすべての分野で打ち負かしたという。恐るべき深層学習AIの進歩である。
さて藤井聡太七段であるが、AMDの最新型となるThreadripperベースのパソコンとのエキシビションマッチなどが実現したら自作派ファンが大騒ぎするのではないか、などとよからぬ想像をしてしまう…
なお、今回の記事を書くにあたって、現在もコンピューター将棋協会の会長であられる滝沢武信 先生にいろいろご協力を願った。この場を借りて御礼申し上げたい。コンピューター将棋協会(CSA)についてご興味のある方はWebサイトをぜひご覧いただきたい。