GAFA、FAANGの動きの速さについていけない…
前回までは、懐かしのCPUの話題を取り上げていたが、そうして私が過去の記憶に浸っている間に巨大ITプラットフォーマーたちの動きが加速しているようだ。これらの巨大グローバル企業を表す表現として近年よく聞くのはGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの総称)であるが、最近ではこれにNetflixを加えてFAANG(Facebook、Apple、Amazon、Netflix、Google)と言われているようだ。
これらの巨大企業の動向については、その動きがあまりにも速いので今までの伝統的なものの見方でもって「何が起こっているのか?」を理解するのはもはや不可能である。ましてや、日本のメディアから日本語で報道される記事は世界で起こっていることのほんの一部であるので、参照するメディアを海外にも広げないと最前線を知ることは不可能である。また、それまでの経緯を知っていないと現在起こっていることを理解できなくなる羽目に陥る。とは言う私も、最近の報道で「これはどういう意味?」と疑問に感じる場合が非常に多く、年々揮発化する脳細胞を叱咤しながらコラムを書いているのが正直な話である。ともあれ、最近の巨大ITプラットフォーマーの動きについての報道は過去のものと下記の点で違っているように感じる。
- 伝統的なIT業界ではハードとソフト、メーカーとディストリビューション、部品とシステム、といった役割分担ができていて、それぞれの分野でイノベーションを起こす企業が全体のエコシステムをリードしてきたが、巨大ITプラットフォーマーは最新技術をどん欲に取り込み、全体の経済規模を途方もなく拡大する過程で、これらの水平分業の形態を垂直統合に強引に持っていこうとしている。自然と異業種間の競争が激化する。
- 今やITプラットフォーマーが仕掛ける競争の対象はITの外側にある人間にかかわるすべての経済活動である。しかもその空間はリアルの世界だけでなく、バーチャルの世界も含んでいる。
- これらの巨大企業の影響力が増すにつれて、その存在自体が社会インフラとなってきているので、毎日繰り出されるニュースは単なる業界内の話ではなく、他の経済システム、政治、外交を巻き込んだものになる。
- しかもこれらの巨大企業のユーザーはグローバルであるので、時として国家をしのぐ強大な影響力を持つポテンシャルを十分に持っている。
「サブスクリプション・モデル」ということ
最近のビジネス記事でよく見かける表現が「サブスクリプション・モデル」という言葉である。もともとサブスクリプションというのは新聞、雑誌などの購読を言い表す言葉であった。読者は新聞・雑誌を定期的に購読するために出版社と何年間かの契約を結び代価を払う。そうすると、何もしなくても、自動的に手元に最新号が郵送される仕掛けだ。読者側では一々小分けに支払う必要がなくなるし、買い忘れのリスクも回避されるという利点がある。出版社にとっては契約を結んだ購読者という安定したカスタマーベースを手に入れられるし、書店売りなどで起こる売れ残り返品リスクを回避することができる。
こうした見方でビジネスを見てみると、元来、出版界で始まったサブスクリプション・モデルが多くの場面で展開されているのがわかる。マイクロソフトがOfficeのパッケージ売りからOffice 365への転換に躍起になるのは、今まで独占的に販売してきたこれらのソフトのカスタマーをつなぎとめようとしているからに他ならない。
また卑近な例ではスターバックスのカードなどである。スタバが好きな人はスタバカードというデビットカードを持っていれば、たいていの繁華街に行ってちょっと一休みをしたいと思った時にスタバに入れば、あの独特な落ち着いた雰囲気にしばし身を置くことができる。しかもスタバカードには特典があるので顧客は少々混んでいてもスタバのオーダーカウンターに並ぶこともいとわない。
最近はこの形態がいろいろな形に発展し、ある飲食店などでは月々一定の値段を払えば(上限はあるものの)お酒飲み放題、コーヒー・ケーキ取り放題などのサービスを展開して成功している例もあるらしい。これらに共通しているのはその店に顧客を呼び込ませるカスタマー・ロイヤルティーへの配慮と、商品を一本に絞らない「クロスセル」である。これらがうまく組み合わさると顧客の満足度は高まり、売り手にとっては顧客の囲い込みに成功することになる。数あるチョイスの中から、顧客にその店を選択させるブランド価値がすべてを決める。
Appleのビジネスが実はサブスクリプション・モデルだという理解
最近の決算発表によるとAppleの時価総額は100兆円で、これはダントツ世界一の巨大企業である。2018年度の日本国の国家予算がほぼ100兆円(税金収入が約58兆円、約34兆円が国債という国民への借金)であるから、Appleという経済的存在がいかに巨大か容易に想像できる。
Appleは主力商品のiPhoneビジネスの成長の限界などが決算報告の時期に常に取りざたされるが、最近発表した2018年度第3四半期(2018年4-6月)の決算発表で前年同期比の総売り上げの伸びが17%。これはこの企業の巨大さを考えると驚異的なことである。しかもこの売り上げから得る巨額の儲けを自社株買いで2兆円近く株主に還元している。そんなわけでApple株は非常に魅力的で多くの投資家が注目し、多くのアナリストたちがいろいろな分析を試みている。
最近のアメリカでのAppleの記事で目に付くのは、アナリストたちが業績分析の中でAppleのユーザーを「Subscriber」と呼んでいることだ。ちょっとピンと来ないので説明をしておこう。Appleはそのハードウェアとサービスをこよなく愛すコアなユーザーベースを掌握している。そしてこれらのAppleユーザーは典型的に1-3年ごとに新機種に乗り換えるので、Appleにとっては永続ユーザーのような形でAppleが新たなハード、サービスを売る盤石な顧客となっている。
AppleはこのiPhoneというプラットフォームを通していろいろなサービスを提供している。つまりAppleの世界のユーザーたちはAppleというブランドから提供されるハード、ソフト、サービスを享受するサブスクライバー(購読者)であるという考えである。AppleのiPhoneは世界のスマートフォン市場では高価格帯を独占していて、低価格で迫るSamsungや中国メーカーに押されて市場シェアが落ちているという見方があるが、Appleはそれでさえ利益率の高いハードのビジネスに加え、サービスからの売り上げを着実に伸ばしている。次機種のiPhoneの最低価格帯が650ドルまで落ちてくるという噂がしきりであるが、これによって今まで価格的に手が届かなかった新たなユーザー(サブスクライバー)を取り込むことができるので、Appleの成長神話はまだ続くというのがアナリストたちの大方の見立てである。
サブスクリプション・モデルとして考えた国家と国民
はなはだ突然ではあるが、我々が当たり前に生きている国単位の主権国家という形態も国民が税金を払って国家から何かしかのサービスを受け取るという契約に基づいていると考えれば、国家もサブスクリプション・モデルとしてその価値の検証を行うことができる。このように考えると、国家というこれまでまったく疑われなかった形態が果たして有効に機能しているのかが疑わしい部分が見えてくる。下記のような点を考えてみよう。
- 国家間には基本的に顧客としての国民の取り合いという自由競争が(今のところは)存在しない。自由競争が存在しないとイノベーションのペースは自然と遅くなる。
- 国家活動がすべての国民の要求に答えられないのは明らかだが、国家がある特定のサブスクライバーに対し利益共有的な優遇策を設ける行為は、何度もスキャンダルという形で表面化し、顧客(国民)の顧客満足度を甚だしく低下させる。規制緩和と言いながらそのペースは遅々としながらも、その一方で、いやに早いなと思われる案件には、利益共有的な裏がある場合もある。
- 市場がグローバルになってサプライチェーンが複雑に入り組んでいる現在の状況で、国家間の貿易政策を、貿易収支でもって単に国家の利益としてとらえると全体の機能がマヒする危険を招く。現在深刻化している米中の貿易摩擦はグローバルな生産性にはまったく寄与しないし、国家内の多様な価値基準をもったあるサブスクライバーにとっては大きな不満となる。
- 1つの国家に国民を繋ぎ止めるブランドに当たるものは「民族」、「国民性」、「文化」、「法」、「歴史」、「倫理」など人間の根幹にかかわるものである。これらは今までは非常に堅固なものとして捉えられてきたが、最近の分断化、貧富格差などを考えるとかなりの不安要素を孕んでいると考えざるを得ない。
ちょっと話が広がりすぎた感があるので、一度、ここで前半を終え、後半は大学生の夏休みの課題のような調子でFAANGが跋扈する現代社会について考えてみたいと思う。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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