先日、とある米国の業界ニュースサイトの写真を見て仰天した。AMD/Intel両社のCEO、Lisa SuとPat Gelsingerがにこやかな表情で1つの写真に収まっているのである。

最近のIntelの周りでは買収提案などのニュースが飛び交うので、フェイクニュースか? とも思ったが、調べてみると先ごろシリコンバレーのSan Joseで開催された「2024 OCP( Open Compute Project) Global Summit」にて、AMDとIntelがx86命令セットに関するAdvisory Groupを立ち上げ、x86命令セットの共通化で協業するという発表があったことを知った。仇敵の両社の前代未聞の発表に思わず喝采した。

x86命令セットでAdvisory Groupを立ち上げたAMDとIntel

50年近い歴史を持つx86命令セットの歴史はそのままマイクロプロセッサーの歴史でもある。最初にIntelが定義したx86 ISAはその市場が拡大するにしたがって参入企業が増え、その使用や特許問題をめぐってIntelはAMDを始めとする多くの互換プロセッサーブランドとの間で血みどろの戦いを繰り広げた。その結果、かつては10社近くあったx86プロセッサー製品を提供する企業は現在、IntelとAMD以外に台湾のVIAと中国のHygonのみとなってしまった。

今回の発表で、多くの訴訟問題を含んだ骨肉の戦いを繰り広げた永遠のライバルAMD/Intelが命令セット共通化に向けて協業することとなり、PC/サーバーでの重要顧客であるHPE、Dell、Lenovoといったハードウェア、Microsoft、Oracle、Googleといったソフト/プラットフォームブランドの多くが賛同の表明をしている。Linuxの開発で知られるリーナス・トーバルズ、Unreal Engineの開発などで知られるティム・スウィーニーと言った有名人も賛同を寄せている。業界全体にとっての朗報と受け止めるべきだろう。

  • IntelのトップであるGelsingerとAMDのトップであるLisa Suが一緒に収まる貴重な写真

    IntelのトップであるGelsingerとAMDのトップであるLisa Suが一緒に収まる貴重な写真 (出所:Intel)

これまでのAMDとIntelの関係は熾烈な競争を繰り広げる仇敵以外の何物でもなかった。技術的な競争以外でも、IntelはAMDを相手取って多くの訴訟を仕掛けたが長年の訴訟合戦の結果、両社はx86命令セット/特許を含む知的財産権に関する抗争をすべて取り下げ、双方がクロスライセンスすることに合意した。しかし、共通のx86命令セットに基づく実際のプロセッサー製品では、最新のソフト環境に必要な拡張命令などについてAMDとIntelでは微妙に取り組み方が異なり、一部のソフト開発者にとっては悩みの種となっていたが、この領域で両社が協業しながらx86アーキテクチャーをさらに進化させていくという両社の姿勢は業界全体にとって好ましいと言えるだろう。

AMD/Intelの両社マイクロプロセッサーというハード製品では、今まで通り異なったマイクロアーキテクチャーで独自製品を開発し熾烈な技術競争を継続する。

命令セットの差別化で熾烈な競争を続けた両社

かつて両社は命令セットの差別化でも競争を繰り広げた。Intelは第5世代プロセッサー“Pentium”のバージョンアップでMMX拡張命令を追加した。56個からなる拡張命令には当時拡大しつつあったマルチメディア環境でのPC性能向上を狙ったSIMD(Single Instruction Multiple Data)型拡張命令が含まれていた。IntelはAMDに対し「MMX拡張命令の使用権利はなし」という立場をとり、AMDを相手取って訴訟戦略に出たが、AMDは浮動小数点演算も扱えるSIMD拡張命令セット“3DNow!”をK6-2プロセッサに実装しこれに対抗した。

また、Intelは企業系システムへの進出を本格化させるために32ビットのx86命令セットとはまったく異なる64ビット・マイクロプロセッサーの命令セットアーキテクチャー“IA-64(Intel Architecture 64)”を実装したItaniumプロセッサー・ファミリーを推進し、AMDの同分野への進出を阻もうとしたが、AMDは従来の32ビットベースのx86命令セットに64ビットの拡張を施したAMD64を開発し、K8コアのOpteronプロセッサーに実装し、これに対抗した。

HPと協業して独自の64ビットコンピューティングを推進しようとしたIntelだが、32ビットのソフトウェア資産を重要視した業界はAMD64を支持し、結局IntelはAMD64に対応せざるを得なくなるという経緯があった。

  • AMDがIntelのIA64に対抗して開発したAMD64のロゴ

    AMDがIntelのIA64に対抗して開発したAMD64のロゴ

多様化するマイクロプロセッサー市場での変化

AMD/Intel両社の今回の動きの背景にあるのが、多様化する市場の状況である。多くの命令セット・アーキテクチャーが生まれては消えていった歴史の中で、x86をベースとしたマイクロプロセッサー製品群は絶えず進化を続け、PCやサーバーといった現代の情報社会インフラの基礎を支えている。AMDとIntelの熾烈な競争の結果生まれた付加価値の高い技術がこれを裏付けてきたと言える。しかし、進化し続ける現代のコンピューティングはx86以外の命令セットによる技術基盤の拡大も加速している。省電力化が要求される携帯電話のプロセッサーとして進化を続けたArmは、マルチコア化で性能を上げながらサーバー市場にも食い込んできている。

オープン・アーキテクチャーとしての長い歴史を受け継ぐRISC-Vも、AI時代のプロセッサーの中心技術として採用実績が増えてきている。

市場の要求に常に応えていく柔軟さが各アーキテクチャーの未来を決定する事は明らかなようだ。