自前のサプライチェーンを構築していた日本の電機メーカー

システム企業による半導体開発はべつに最近始まったことではない。かつて自前のサプライチェーンで世界市場を席巻したシステムメーカーがごろごろ存在していた国があった…日本である。

東芝、NEC、日立、富士通、三菱などの1980年代の日本の電機メーカーはその技術力と価格の安さで無敵の存在となりつつあった。これらの大手電機メーカーに共通していたのは、垂直統合型のビジネスモデルを持ち電子機器を開発・製造するために必要な半導体サプライチェーンを各企業がすべてそろえていた点である。

日本の電機メーカーは、半導体の元となる結晶から、インゴット、ウェハ、前工程、後工程に至るすべての生産技術を各社が自前で持っていた。もともとは自社のコンピュータ、電子機器、家電製品などのシステムに必要な半導体を内製することが目的であったが。DRAM・EPROMなどの汎用メモリを中心にオープンマーケットへの外販がビジネスとして盛んになると、日本企業の急進撃が始まり、あっという間に世界市場を席巻してしまった。

半導体市場調査の用語では、自社のシステム使用向けの半導体生産を「キャプティブ(Captive:内製)」、外販用の生産分を「マーチャント(Merchant:外販)」と分けている。その当時の状態でいえば、日本の電機メーカーは自社システムの製造に必要な半導体の外部からの調達を極力抑え、内製品(Captive)で賄い、その勢いで汎用品の外販(Merchant)に打って出たわけである。

このままでは世界の半導体市場が日本企業の独占状態になると危惧した米政府は日本との貿易赤字の元凶として半導体分野をあげ、外交問題となったほどである(この辺の事情は過去の記事をご参照)。

今年になって米トランプ政権が中国の半導体産業の急激な伸長に懸念を示し、貿易摩擦問題となっているのと同じ構図である。

ランキング メーカー 国籍
1 NEC 日本
2 東芝 日本
3 日立製作所 日本
4 Motorola 米国
5 Texas Instruments 米国
6 富士通 日本
7 Philips オランダ
8 National Semiconductor 米国
9 三菱電機 日本
10 Intel 米国
1987年の世界半導体メーカーランキング (市場調査会社発表のデータに基づいて筆者作成)
  • 昔の日本の電機メーカーは半導体の一貫生産を行っていた

    かつて日本の電機大手は半導体の一貫生産ができる体制をとっていた (著者所蔵イメージ)

半導体サプライチェーンに切実な事情を抱える中国

米中の貿易摩擦問題は深刻化の様相を呈している。国家安全保障の理由から米国トランプ政権は高性能半導体の中国への輸出制限を決定した。それがもとでZTEがスマートフォンの生産ができなくなり、スマートフォン事業の売却を検討しているというから相当なインパクトである。

今や世界最大の最終セット製品の工場 兼 消費地となった中国であるが、半導体に関してはその自給率はまだ15%以下である。中国は以前から自国で消費する半導体の自給率の増加に躍起になっていた。2022年までに自給率を70%まで上昇させるという非常に高い目標を掲げているが、この目標は非常に高く期日までの実現はかなり困難であると考えられる。しかし近い将来、中国が半導体分野でも世界のけん引役を果たすまで成長するであろうことは容易に想像できる。前述のかつての日本の電機メーカーの状況と今回の中国の状況には以下の違いがあると考えられる。

  • かつて日本は電子機器の最終セット製品市場でも世界で第2位の規模を誇っていたが、今や日本の10倍以上の人口を擁する中国はその絶対規模で世界一の消費地となっている
  • サプライチェーンは依然と比べ物にならないほどグローバル化し、Facebook,Google、Amazonなどの米国系巨大IT企業は世界中で事業を展開し、部品調達も世界的に行っている。しかし、中国にも世界一の人口と経済成長率に支えられてAlibaba、テンセントなどの巨大ITプラットフォーマーが成長し、キャッシュレスの時代を迎えて世界に打って出ようとしている。これらの巨大IT企業が自前の半導体を持つことは十分に考えられる
  • 中国はその経済成長期に海外企業の中国進出の際に現地企業との合弁を条件としたために、年月を経るにしたがって中国内に技術ノウハウが確実に蓄積していった
  • 中国は一党独裁の共産党政権のもとで世界市場でのリーダーシップを米国から奪取することを目指している。一党独裁で政策を進め、技術の発展・成長のために巨額の資金を国家予算から拠出している。検証実験が必要なEV、自動運転、ドローンなど企業レベルだけでは推し進められないような分野でも、政府の積極的サポートは有利に働くし、規制緩和にも素早く対応できる。中国共産党のバックアップで戦略的に重要な将来成長分野として指定されている中国半導体産業には圧倒的優位性がある

こうした国家的な戦略の中で、自国で自給自足できる経済を打ち立てるためには半導体技術の総合的なサプライチェーンを打ち立てることは最重要事項であり、その確実な成長を進めるというのは切実な問題でもある。今回の米トランプ政権のZTEへの措置は、それ自体が米中の貿易赤字を解消する手立てだとは考えにくいが、“ディール”をその外交交渉スタイルとするトランプ政権が政治的利用するには格好の材料であることは明らかである。

マーチャント半導体メーカーはこの動きをどう迎え撃つ?

最近の決算発表を見ているとIntel、AMD、Qualcommなどのマーチャント半導体メーカーの業績はゆるぎないように見える(もっともスーパーサイクルに入ったという半導体市場全体が過去にない成長持の続力を示しているが)。特に、IntelやAMDなどのサーバ用CPUは、巨大IT企業のハードウェア・プラットフォームの肝となるデータセンターには不可欠なものであるので、寡占状態となっている市場でのこの2社のポジションはそう簡単には崩れないものと思われる。大変に残念なことだが、低消費電力のArmコア・ベースの高性能サーバ用CPUによってこの市場に新規参入すると期待されたQualcommのサーバプロジェクトはどうやら失敗したようである。懸案のNXP買収も中国独禁当局の承認待ちで待ったがかかった状態である。

AMDのグラフィクスビジネスの中心人物であったラージャ・クドゥーリ(Raja Koduri)氏とCPUビジネスのジム・ケラー(Jim Keller)氏の両氏が相次いでIntelへ移動したことが報道された。私がAMDに勤めていた時代にはちょっと考えられないようなキーマンの突然の移動である。Intelに至るまでの彼らの軌跡を見ると面白い。クドゥーリ氏はATI→AMD→Apple→AMD→Intel、ケラー氏はDEC→AMD→PA Semi→Apple→AMD→Tesla→Intelである。両氏ともシステムの会社を経てAMDに来て、その後Intelに渡った。システム側からの半導体への要求を十分に認識したキーマンの相次いでの移動は何か新しいことが胎動しているような感じを起させる。

半導体設計の現場では革新的アイディアはごく限られたカリスマ・エンジニアから始まることが多い。アーキテクチャの考案から回路設計、テープアウト、最先端微細加工での製造までには実に多くの優秀なエンジニアが関わるが、カリスマ・エンジニアのリーダーシップは非常に大きな役割を果たすことはだれもが認めるところである。半導体、システム、ITプラットフォームの大企業間の異種格闘技は始まったばかりである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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