PC/サーバー市場では相変わらず大きな変化が起こっている。

PCではエッジデバイスとしてのPCのAI化が今後のトレンドだし、サーバー側では生成AIのワークロードを担うGPUノードの急増が起こっている。こういった先端分野でのトレンドは市場全体を大きく変えてゆく要因となるが、この40年近くPC/サーバー市場を支えたのはやはりx86ベースのマイクロプロセッサーである。

x86命令セット・アーキテクチャーの歴史はIntelの8086プロセッサーの登場で始まったが、Intelを取り巻く多くの半導体ブランドが熾烈な技術競争を繰り広げて、急激な発展と淘汰が起こった結果、現在はIntelとAMDの寡占状態となっている。

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    最初のx86プロセッサー「Intel 8086」 (編集部撮影)

しかし、近年、技術覇権競争が激化する米中関係の中で、この2社に続く第3のx86プロセッサーブランドが注目されている。中国に本社を置くHygon Information Technology(以下、Hygon)がそれである。

熾烈な競争の末にIntelとAMDの寡占状態となったx86プロセッサー市場

x86命令セットを実装したCPUとWindowsを中心としたソフトウェアの組み合わせは、PC/サーバーという巨大市場を創り出した。長年の熾烈な技術競争の結果、CPU市場はIntelとAMDの寡占状態となったが、これに至るまでには多くのブランドが参入し、敗れ去っていった。

ごく最近まで「Intelとその他の互換CPU」という呼ばれ方をしていたが、IntelのCPUとのハードウェア互換を目指した挑戦者が何社も現れてx86互換CPUが百花繚乱のごとく市場を奪い合った1990年の中ごろの時期が最も華やかな時代だった。

AMDを筆頭にCyrix、IDT、NexGen(後にAMDが買収)、NEC Vシリーズ、VIA Technologies(Centaur Technology)、RISEなどがIntel互換市場に参入したが、現在ではAMDとVIAを除いてすべて消え去ってしまった(VIAもIPを提供する程度となっているが…)。その一番の理由はIntelがx86命令セットを知的財産権として防衛しようと、果敢な訴訟を仕掛けた事があげられる。AMDには私が憶えているだけでも大小10以上の訴訟が仕掛けられたが、AMDはこのすべてを退け最終的にはIntelとのクロスライセンス契約を結び、法廷抗争から解き放たれた。

  • Athlon

    AMDの独自路線を切り開くきっかけとなったAthlonに搭載されたK7コア(カートリッジ内部) (著者所蔵)

AMDはPentium互換のK6シリーズを最後に、Intelとのハードウェア互換戦略を捨てて、独自のアーキテクチャーの開発でIntelの技術を超える方向性を目指した。x86命令セットは法的権利として使用しながら、ピン互換・マザーボードなどのハードウェア互換を捨てるということは、Intelが打ち立てたインフラとは独立したサポートインフラを最初から作る事を意味し、ビジネス的にはリスクの高い戦略であったが、現在のAMDのポジションはこの大きな決断なしには考えられなかった。

中国Hygon社の存在感が上昇

米中の技術覇権争いが激化する中、中国政府が政府関係機関向けのPC/サーバーにおいてAMD/Intel製のCPUの使用を禁止するガイドラインを発表したという報道があった。

AMD/Intelが供給するx86プロセッサーは、世界中のPC/サーバーの心臓部となっていて、いくら国産化を進める中国でも多くのインストールベースを築いている。大変に唐突な感じがしたので、少し調べてみると、この背景にはHygonという中国に本社を置くx86命令セットを実装したCPUをデザインするファブレス企業があり、その製造をSMICが請け負っているという。

Hygonがどういう方法でx86命令セットの権利を取得したかについては、AMDが2016年に中国科学院(THATIC)と共同出資の合弁会社を設立し、x86プロセッサーの製造をTHATICが国内で販売するサーバーのCPU開発に利用することを認めるライセンス契約を締結したことに由来するらしい。Hygonはその際に設立されたいくつかのジョイントベンチャーの1つである。この契約によりHygonはx86プロセッサーの自社設計を法的に認められた形になり、AMDのZen1ベースのプロセッサー製品を供給している。

しかし、今回の中国政府のガイドラインがこの契約と今後のHygonの後継品開発にどういう影響を与えるかは不明である。現在のところIntelが訴訟を起こしたという報道も見られないため、米中の技術覇権競争の影響のとばっちりを受けたAMD/Intelが今後どう出るかは注目したいところである。

ITの技術インフラを着々と国内に確立しつつある中国

中国はシリコンバレーを中心とする米国ハイテク企業が長年熾烈な競争を経て構築したITの技術インフラを着々と国内で育成しつつある。

その多くは、世界最大の中国市場に参入するための条件として中国政府が提示した技術移管の延長にあることは確かだ。スマートフォンの基本OSシェアではApple/Androidを凌駕するとも言われるHuawei、そのHuaweiが使用する半導体は7nmプロセスレベルの製造技術を実現しているSMICが支えている。米中の技術覇権競争は政府間の規制の応酬でさらに激化する様相だが、皮肉にもそれはITビジネスでの技術革新を助長する結果を産んでいる印象が強い。