約2年ほど前の2021年12月、私は「インドの虎は目覚めるか?」、と題したコラムを書いた。それから2年以上たった現在インドを取り巻く世界情勢は大きく変化した。

先般のISRO(インド宇宙研究機関)有人宇宙飛行ミッションの発表は近年ますます大きくなるインドの存在感を象徴するものであった。

モディ首相自らが紹介したインド人の4人の宇宙飛行士は、早ければ2025年にも実現するであろう有人宇宙ロケットの乗務員候補である。これが実現すればインドは、ソ連(現ロシア)、米国、中国に続き自力で有人宇宙飛行を可能とした4番目の国となるという。今回の発表でモディ首相が最も強調したのは、これに関わる技術スタッフがすべてインド人であるということだ。首相がこの数年繰り返し発言してきた「Make in India」の具現化としては世界に向けて大きく発表したかったプロジェクトである。

  • インドの有人宇宙飛行ミッション「ガガンヤーン(Gaganyaan)」で飛行する、最初の4人の宇宙飛行士

    インドの有人宇宙飛行ミッション「ガガンヤーン(Gaganyaan)」で飛行する、最初の4人の宇宙飛行士 (C) Prime Minister of India

経済の減速が危惧される中国と対比するように、2023年10-12月期のインドの実質GDP成長率は前年同期比で8.4%と目覚ましい成長を遂げている。今後も高水準の成長が予想され、IMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによると、2027年までには日本とドイツを抜いて世界第3位の経済大国になるという。米中の半導体産業をめぐる激しい覇権争いもあって、インドへの半導体関連投資が活発になっている。長年、半導体の自国生産に及び腰だったインド政府も、ここへ来て巨額の政府補助金を用意して、企業誘致に躍起になっている。

  • タージマハル

    インドの代表的な建築物の1つで世界遺産でもあるタージマハル

150億ドルの半導体設備投資を決定したインド政府

インド政府が150億ドル(日本円にして約2兆2500億円、1ドル=150円で計算)の半導体設備投資を決定した。米国の電気工学技術の学会誌IEEE Spectrumの記事によれば、その背景には下記のように半導体を国内で生産する諸条件が整いつつある。インド市場の大きなポテンシャルはかなりのものだ。

  • 半導体を多く使用するコンシューマー向け電子製品の市場は、2019年の220億ドルから2026年までに3倍の640億ドルに成長する
  • インドには世界の半導体設計エンジニアの20%が居る
  • 中国を含む先進国で老齢化が懸念される中で、インド国民の平均年齢は28.2歳(ちなみに中国は38歳、日本は48.4歳)で、今後も市場の継続的な拡大が期待できる
  • かつて英国領であった歴史もあり、英語を理解する人材が豊富で、米国のハイテク企業との関係も緊密

円換算で2兆円を超える政府補助金は米国に次ぐ規模だ。現在世界最大の半導体市場を国内に持つ中国は、半導体技術をめぐる米国との激しい覇権競争の状態にあり、半導体関連企業の誘致がかなり滞っている。中国といえば他国と比較して突出している人口が頭に思い浮かぶが、インドの人口は今年14億に達し、すでに中国を抜き去った模様だ。中国にとって代わる新たな市場としての大きなポテンシャルが期待される。インドのモディ首相は「Make in India」のスローガンを掲げ、半導体の国内生産のために必要な企業誘致に躍起だ。

前工程を含む設備投資に積極的な半導体各社

この動きに呼応して、半導体各社が下記のような積極的な動きを見せている。過去の実績ではインドでの半導体各社の動きは、デザインセンターの開設、あるいは後工程の一部の移管などに限られていたが、今回の動きは政府からの好条件を見逃さない先行投資の決定で、各社が明らかにインド市場にコミットする姿勢を見せている点で状況の変化が感じられる。

  • インドの巨大企業Tataグループ傘下のTata Electronicsに台湾のファウンドリ企業PSMC(Powerchip Semiconductor Manufacturing)が協力する形で、インド国内では初となる前工程工場を建設する。2024年中にも候補地グジャラート州で鍬入れを行う予定のこのファブでは28-110nmのプロセスで、パワー半導体やマイクロコントローラーの生産を目指す。300mmウェハの投入枚数が月5万枚の予定と、具体的なキャパシティーも発表されていて、かなり本格的なファブになる印象がある。この契約では、PSMCは製造技術と知的財産(IP)ライセンス供与のみを担当するので、設備投資に伴うリスクが低いというユニークな内容で、今後の各国の半導体工場の誘致における有力なビジネスモデルとなる可能性もある。
  • 米国のMicron Technologyは同じグジャラート州で、27億5000万ドルを投じ、DRAMおよびNANDフラッシュメモリの組み立て/テスト工場を新設すると発表。これにはインド中央政府と州政府から総事業費の70%の財政援助を受ける。後工程の工場への投資としてはかなり大規模で、2段階に分けた工場建設で今年の後半にも稼働を開始する予定という。
  • ルネサス・エレクトロニクスが同じくTataグループのTata Consultancy Services(TCS)と共同でインド2か所に開発研究所を開設した。製造、情報、車の産業分野でIoTを介した機器制御で多くの技術資産を持つ両社が組むことは、今後のインド市場でのビジネス拡大のための重要な布石になると思われる。ルネサスは同じTataグループのTata Motorsと半導体ソリューション開発で協力することもすでに発表しており、EVを中心とする自動車分野が今後の国内成長を牽引することを見越しての協業であろう。

中国、米国に次ぐ世界第3位の自動車市場を国内に抱えるインドでは、国境を挟んで緊張状態にある中国のEVブランドの存在が希薄で、Tataのような地元企業に加えて、テスラ、ホンダなどもEVでのインド参入を検討している。EV市場が急成長するにつれて、半導体サプライチェーンの確保に対する積極策が政府から繰り出される。電池技術の研究も積極的に進められている。

1980年代の日本を思わせるインドの急成長

私は10年ほど前にインドを2度訪問したことがあるが、その時に市中の喧騒で感じた人々の異様なエネルギーは今でも記憶に残っている。この高い国民のエネルギーが確固たる技術に支えられたときに急速な成長が起こる。その成長は拡大する国内市場がしっかりと受け止めて、さらなる成長をもたらす。その勢いは国内市場ののみならず、そう遠くない時期に世界市場にも波及するはずだ。この状況は1980年代の日本を思わせる。

「かっ」と見開いた鋭い目をしたインドは世界に雄飛する準備を着々と進めている。