Amazon - 流通業の反逆
Amazonの進撃が止まらない。現在はITプラットフォーマーとしてカテゴリーされているAmazonであるが、そのビジネスの形態は業種的にはディストリビュータである。日増しに増大するその影響力は世界の独禁、税務の両方の当局から目をつけられているし、米国のトランプ大統領からもあからさまに嫌われている。トランプ氏がAmazon、とりわけそのCEOのジェフ・ベゾスを嫌う理由は、最も敵視しているリベラルなジャーナリズムの代表格ワシントン・ポストのオーナーであるということ、あるいはべゾス氏が自身よりもはるかに大きな1000億ドル以上の資産を持つ世界一の金持ちであることだと思うが(筆者の個人的な見解である)、ある意味では、今やべゾス率いるAmazonはトランプ米大統領よりも、より世界に影響力を持っていると言ってよい。
その影響力は国単位というものではない。国という概念を超えてグローバルなレベルで個人消費者の総体に対して大きな影響力を行使できるポジションを確固としたものにしている。
Amazonは世界の個人消費者の総体というとてつもない量のマスの購買力に対して、個人個人にカスタマイズしたやり方でアプローチする。伝統的なマーケティングの考えではマスとカスタマイズは矛盾するものであるが、Amazonはこの矛盾する2つの目的を同時に可能としている。一般的にマーケティングでは「カスタマイズ」はコストの上昇につながるので、消費者が対価として余程高い価格を支払うことに同意しない場合は、「できるだけ避けたいもの」とされてきた。同じものを大量にできるだけ多くの人に売るという伝統的マス・マーケティングを真っ向から否定し、誰にもカスタマイズされた付加価値をリーズナブルな(納得できる)コストで提供するという手法である。
世界の独禁・税務当局が最も警戒するのは、Amazonは相手が人間であれば必ず必要となる、物理的な流通システムというものを将来的に根こそぎ支配してしまう可能性を持っているところである。Amazonのマーケティングを可能としているのがAIと記憶をつかさどる半導体の塊のようなクラウドであるのは言うまでもない。クラウドのメモリスペースに集められた膨大な個人データは、AIの超高速な演算を駆使することで、個人の属性を特定するプロファイリングを可能とする。昨年シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が、それまで聞きなれなかった行動経済学という新しい分野でノーベル賞を受賞して注目されたが、人間の経済行動について心理学を交えて分析する手法と、このプロファイリングの組み合わせは無敵の組み合わせである。下記のようにその影響力は無限ループを形成しどんどん強化される。
- 最初に消費者は最小限の個人データ(そこには氏名、住所、メールアドレス、クレジットカード番号という商売人であれば誰もが欲しいコアの情報が含まれている)を開示することが求められる。
- Amazonから物を買い始めてしばらくすると消費者はその便利さを経験する。
- 便利さを一旦経験しまった消費者は、他の商品の検索を繰り返すうちに意識せずに自身の嗜好性についてのより多くの個人データを提供するようになる。それによって、プロファイリングの精度が上がる。
- プロファイリングの精度が上がると、Amazonは消費者自身でも気がつかなかったような関連商品でも属性に応じて薦めてくる。メール、あるいはWeb閲覧中に「こんなものがありますがいかがですか?」、と絶妙なタイミングで出てくるあの広告だ。
- 属性から割り出した結果とその個人の嗜好性がばっちり合致したところで、消費者は「なんて気が利くやつなんだ!」と錯覚してしまい、思わず"ぽちっ"とクリックしてしまう。
- これが繰り返されることで、マーケティングで一番重要とされる消費者のAmazonに対するカスタマ・ロイヤルティは増々上昇する。
- 消費者のマインドをがっちりつかんだAmazonは他社への競争力を高め、次第に競合を買収などでどんどん取り込んでゆく。競合がなくなるとAmazonは影響力をさらに高め、「より高い価値を提供するために」、という理由で値上げする。消費者はさらに高いサービスを受けられる期待からこれを受け入れ、さらに多くの個人情報を提供する。
こういった具合に、この無限ループを繰り返すことによってAmazonのサービスは完璧なものとなる。今まで、倉庫、在庫といった泥臭いイメージが付きまとったディストリビューションというビジネスに、クラウドの到来という絶妙なタイミングで参入したのがAmazonの凄さである。
現在Amazonは消費者が商品を注文した瞬間に自宅にその商品を配達する「予測発送」のサービスの特許取得を準備している。定期的に消費する生活品などでは、その消費者の消費サイクルを分析し、需要発生のタイミングに合わせて在庫を用意するのは十分に可能なことである。しかも特許取得でAmazonはそれを独占的に使用することができるのだ。
コンテンツ業界のAmazon - Netflix
今、インターネット動画配信大手の米Netflixの話題が沸騰している。これまでの映画業界の構造も他の業界と同じで、映画を製作する「メーカー」にあたるThe Walt Disney CompanyやDreamWorksといった制作会社の作品を配給会社が買い受けて映画館で上映する。一般の映画鑑賞者と制作会社の間には配給会社というディストリビュータが介在する。映画産業を長年維持してきたこの構造を根底から揺さぶっているのがNetflixである。もともとDVDの郵送レンタル業としてスタートしたNetflixであるが、現在の彼らの強みはインターネット配信というディストリビュータとしての能力に加えて、制作会社の機能も立派に備えているところにある。私自身は見たことがないが、大人気となった政治ドラマ「ハウス・オブ・カード」などの製作費は100億円以上というから、これは立派な制作会社である。最近ではこういったシリーズ物に加えて、長編映画にも積極的に乗り出し、遂にドキュメンタリー映画「イカロス」では2018年にアカデミー賞を受賞した。こうしたNetflixの快進撃を著名な映画監督スティーブン・スピルバーグなどは"邪道だ"と批判している。映画製作の大手Walt DisneyなどもNetflixには警戒心を募らせ、自社の映画作品のNetflixへの供給を今年中に停止し、独自の配信サービスを開始するという。
Netflixの快進撃を可能としているのもやはりAIによる消費者のプロファイリングである。Netflixは膨大な個人データを駆使し精度の高いプロファイリングを行い、鑑賞者が見たいものに沿って映画制作を行う。今まで、プロの映画製作者が頭をひねって発案するユニークな映画のアイディアを、鑑賞者側から吸い上げた嗜好性の情報に基づいて制作するという真逆の発想である。このやり方であれば、あらかじめ集めた属性に応じてストーリーを変えていくつかのバージョンを同時に制作することも可能なので、大きな"外れ"は回避できる。数億人の消費者から吸い上げた個人情報に基づいてAIによるマシンラーニングで"潜在的好み"をぴたりと当てるというわけだ。
最早、AmazonやNetflixは消費者が欲しいものを精度高く分析し「潜在購買欲」を知っていることになる。その便利さに消費者は依存度を高めてゆく。しかし消費者の依存度があまりにも高くなると、売り手と買い手のパワーバランスが逆転し、売り手側にもともと潜在していなかった購買欲を作り上げ、恣意的に物、コンテンツを供給できるようになるという危険性をもはらんでいる。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ