2022年後半から悪化した半導体市況は、2023年の11月ころにメモリー製品の価格が上昇に転じたあたりからはっきりとした好転の兆しが出てきた。上昇基調は、WSTS(世界半導体市場統計)をはじめとする多くの市場予測でも二桁成長が見込まれている。
シリコンサイクルの転換期で見た業界人たちの諸表情
好況と不況が3-4年程度の周期で入れ替わるシリコンサイクルを長年生き抜いてきた半導体業界人の我々は、自分で言うのも気が引けるが、かなりたくましい人種であると思う。
状況の変化があまりにも速く激しいので、現代のような変化の多い世の中ではその業界で生き抜いた経験が役に立つのだと思う。私がAMDに入社したのが1986年、実はその年は半導体産業始まって以来の未曽有の半導体不況の年となった。しかし、入社当初はまだ何もわからず無我夢中で仕事に集中していたので、それを私がそれを知ったのはかなり後だった。
私が入社したのは1月で、その後に次々と不況の実態がはっきりし始めて社内は異様な雰囲気に包まれた。それまで「人員には手を付けない」ことを社是としていたAMDも創立以来初めてのレイオフを決断し、米国本社の人員を中心に同僚の何人かが会社を去った。今でもその時の事ははっきり記憶に残っているが、AMDを去った仲間たちはいつの間にか他の会社で活躍していた。この業界に勤めた人間は多かれ少なかれこうした経験を経てきたものだ。
昨年も、業界で働く知人の多くといろいろな場で交流したが、話題のとっかかりは市況の話で、だぶつく在庫に苦しめられてメモリーメーカーを辞めた人、拡大するAI市場に期待する人、日本での半導体工場建設についての話など、話題は常に新しく、まるでローラーコースターに乗っているようなシリコンサイクルに翻弄されながらも、懲りない連中がせわしなく働いている。
2024年の半導体はここに注目
今年も話題満載の半導体業界であるが、私は次の分野に特に注目している
NVIDIAの快進撃はどれだけ続くか?
シリコンサイクル好転の原動力となったものの1つが生成AI市場の急速な拡大だ。昨年のNVIDIAは独り勝ち状態だった。A100/H100を中心とする高性能GPUを搭載したAIプロセッサーは生成AIに関わる開発エンジニアには必須の製品となり、世界中で供給不足を招いている。当然単価は高騰し、NVIDIAは一躍世界最大の半導体企業に躍り出た。生成AIがけん引するAI半導体市場のさらなる拡大は明らかで、今週から米国で始まった世界的展示会「CES 2024」の中心的な話題は、NVIDIAに対抗するAIプロセッサーと開発プラットフォームだ。昨年、売り上げが2倍に急増しAI市場で一強となったNVIDIAには、AMDやIntelを始め、巨大IT企業の自社開発、スタートアップを含めた数多くの競合が挑戦する。これら競合製品の実力が次第に明らかになる今年は、新製品の話題がひっきりなしに登場する年となるだろう。
Intelの復活はあるか?
長年にわたって「世界最大の半導体企業」という冠とその圧倒的な技術/生産能力を誇ったIntelの勢いに陰りが見え始めたのが2019年ごろであったと記憶している。
それまでIntelが追従を許さなかったロジックプロセス技術での躓きはTSMCの大躍進を許し、マイクロプロセッサーを中心とするロードマップでの遅れはAMDによるPC/サーバー両分野でのハイエンド品によるシェア奪取につながった。
2021年の2月に往年のIntelのベテランPat GelsingerがCEOとして復帰した時に、私は「真打登場!!」と題したコラムを書いた憶えがある。そのGelsingerも、CEOに就任して丸3年がたつ。
その間Intelはプロセス技術の再点検をし、製品ロードマップもようやくAMDに対抗できる準備ができたようだ。さらに、半導体生産を誘致する米国を始めとする政府補助金を利用した大ファウンドリ立ち上げ計画「IDM2.0」を着々と進めている。しかし、昨年までのIntelの決算発表ではこれらの思い切った方策の成果はまだ見られない。装置産業の半導体は各企業に長期的な視野に立った巨額投資を強いる大きなリスクを孕んだ産業である。Gelsingerが主導するIntelの復活は、業界全体に影響する大きな関心事である。
中国の半導体自国生産の実力はどれだけか?
2023年の大きな話題となったものの1つに、中国による自国半導体開発のニュースがあった。
Huaweiが発表したスマートフォン新製品「Mate 60 Pro」にSMICによる7nmレベルの半導体製品が使用されていたことが判明し、米国が警戒を強め、製造装置を中心とする輸出規制のさらなる強化に動いているという事情である。
この話題については複数の外国メディアがかなり突っ込んだ記事を積極的に出していて、米国の警戒ぶりが強く感じられる。正月期間を通じてロイター通信が詳細にわたった追加記事を掲載した。
最先端の露光技術であるEUVを使用せずに世代遅れのDUV技術の巧みなパターニングの操作で7nmレベルの製品を可能とした技術の背景を取材した記事である。
この記事によると、パターニングの重要な部分を占めているOPC(Optical Proximity Correction:光近接効果補正)のEDA技術が、Siemens EDA社を辞職した中国籍の複数のエンジニアによってもたらされた可能性が高いという話である。中国はこうした半導体製造における先端分野での優秀な人材を破格の条件で集めていて、先端品の自国開発に舵を切ったと思われる中国の新たな技術戦略は、我々が想像している以上の実力と潜在能力を秘めているという印象を持った。今年もさらに継続される米中の半導体をめぐる技術覇権競争は、さらにヒートアップすることが予想され、中国の自国生産技術の趨勢には注目している。
日本の半導体復活はあるか?
2024年1月現在、熊本での12nmレベルの新工場を急ピッチで進めるTSMCには日本での第2、第3工場の計画があることが報道されている。
またMicronが広島工場拡張への大型投資を決め、新進のRAPIDUSが北海道千歳での工場建設を開始した。いずれにせよ、半導体生産基地の台湾・韓国集中を危惧する日本政府による多額の補助金がこの原動力になっている。「日本の半導体復活」という表現は、その定義をどう考えるかについて色々な見方があるが、日本の優秀な半導体エンジニアに大きなチャンスが与えられる事にはかわりがないので、技術発展、経済活性化の好機ととらえたい。
政治的な動きで華々しく報道されるこれらの企業に加えて、私が関心を寄せているのがルネサスである。大手企業の半導体部門の統合で誕生したこの企業は、発足以来しばらく低迷を続けていたが、柴田CEOのリーダーシップのもとで地味ながら着実に成長している。米IDT社の買収を梃にグローバル化が進んできて、経営スピードに弾みがついているような印象がある。最近のRISC-VベースのCPUコア自社開発の報道にもあるように、従来より得意分野である自動車、IoT、通信などの組み込み半導体でのさらなるシェア拡大に積極的な同社にとって、今年は新たな飛躍の年となる期待がある。
市況好転の2024年、皆さまのご健闘を祈念いたします!!