つい最近、一般全国紙を含む多くのメディアが「ChatGPTを開発したOpenAIのCEO、Sam Altmanが解任される」と報じ、そのほんの4日後「AltmanがOpenAIのCEOに復帰」という一連のニュースをかなりのスペースを割いて報道した。
テレビのニュースでも報道されたので目にした方も多くあると思う。業界人ならともかく、一般人にはOpenAI、ChatGPT、Altmanなどの固有名詞はまだまだ広く知られていないので、「何のことだ?」と訝った方が大勢いたと思われる。ChatGPTの登場からちょうど一年、世界をAIブームに巻き込んだAI業界のリーダー企業OpenAIのCEOの騒ぎとしては何ともせわしない4日間であった。一般紙各社の扱いはかなり大きく、私としては唐突な印象を持った。同時にAIに対する社会の反応の大きさを実感した。
まるでファスト映画のようだったAltmanの解任と復帰
ChatGPTを開発したOpenAIのCEO、Sam Altmanが解任されるという一報が入って、その後4日間であっと言う間にAltmanはCEOに復帰した。
まるで、著作権侵害で最近問題になっているファスト映画(ファストシネマ)を観せられているようなあわただしさだった。OpenAIは2015年にTeslaのCEO、Elon MuskやAltmanらが汎用人工知能開発のために立ち上げた非営利企業で、研究成果を外部に公開しながら、Openな環境でその技術を高めることを目的としていた。
その運営思想は「人間に匹敵、あるいはそれを凌駕する人工知能の開発で全人類に利益をもたらす」ことにあった。しかし、その非営利企業母体の下に外部からの投資・人材を集めるために営利団体を発足させたあたりから様相が急変した。
Microsoftが巨額の投資を決定し筆頭株主となり、そのソフトウェア製品にChatGPTを実装し、AI化を加速させたことでChatGPTは事実上Microsoftが商用利用を提供するAIプラットフォームとなった。Microsoftと市場で競合関係にあるGoogleをはじめとする他のハイパースケーラー企業は、独自開発のAIを次々と打ち出し、生成AI市場は一気に熾烈な技術競争の場となった。
一連の解任・復帰の過程を見ていて意外に思ったのは、ChatGPTの華々しい登場後、AltmanはAIの社会に与えるリスクを懸念し各国首脳との面会を精力的にこなし“AIの顔”となったが、今回のOpenAI幹部との内紛で、Altmanは倫理面の強化を図ろうとした社外取締役に反発し、さらなる技術開発の加速化を支持する側にまわったことだ。従業員の多くがAltmanを支持したこともAltmanの復帰に大きく影響したようだ。実際に何が起こったか、ともすると変節したかに見えるAltmanの胸中は知る由もないが、加速的成長を続け社会的影響を拡大するAIという新分野に彗星のように現れたリーダー企業にしては、その企業統治の在り方に疑問符が付く一連の顛末であったという印象を持った。
AIの社会進出は始まったばかり
昨年末に登場したChatGPTは瞬く間に社会に広がった。特に自然言語で人間とのインタフェースを可能にした生成AIは最初はテックの新し物好きの間で急速に拡大したが、現在ではあらゆるアプリケーションがAI化の対象となる。
ChatGPTの取り込みで一歩抜け出たMicrosoftではあるが、技術競争は加速化している。米IT大手が自社開発のプラットフォームを相次いで市場投入し、今やOpenAI/ChatGPTは数あるAIプラットフォームの1つに過ぎない。日々技術競争が継続され、AIが一般人の生活に入り込む現状にありながら、その悪用を防止する当局による規制については技術競争の加速化に全く追い付いていないのが現状だ。AIを提供する各社にとっては、当局による規制の確立を待っていたのでは技術競争に乗り遅れるという危機感があるのではないかという感じがする。実際、生成AIの使用で最もトラブルが多い著作権対応などの分野では、画像処理ソフトのリーダー企業Adobeをはじめとして、多くのAIサービス提供大手が著作権侵害についてのユーザーへの補償を全面的な売りにする動きもある。AI技術が身近になればなるほど、持続可能なビジネスのためにはAI業界を運営する各社間、あるいは規制当局との協業に積極的に取り組むことが重要な課題となるだろう。
Steve Jobsと比較されるAltman
海外のメディアではAltmanとSteve Jobsを比較するような記事がずいぶんとみられたのも意外だった。16年前に登場したiPhoneで個人とインターネットとのかかわりを根本から変えてしまったJobsと、今や生成AIの顔ともなったAltmanの比較は、私にとってはいかにも唐突に思えた。
比較記事の多くがCEO職を解任された後に復帰したテック業界の大物という括りだが、大きな違いはJobsが自らが立ち上げたAppleのCEOを解任されて復帰するまでには11年かかったが、Altmanが解任されて復帰するまでわずか4日だったことだ。
また、Jobsが率いたAppleはJobs亡き現在でもテック業界で最も成功した企業の1つであり、その成長と技術革新は未だに継続されている。Jobsに関しては多くの本や映画が出されて、Jobsの人間性について、特異性についてはいろいろと語られているが、世界中の個人がスマートフォンを手にする現代の状況とAppleのゆるぎない地位を考えると、Jobsの先見性と彼の仕事が社会に与えた影響の大きさには揺るぎないものがあると感じる。
それに比して“AIの顔”として世界に知らるようになったAltmanが身を置くAIの世界はまだ始まったばかりで、我々は生成AIという分野を通してそのポテンシャルを垣間見ているだけである。AIの社会への進出は我々が想像するよりもはるかに速いスピードで多くの分野で起こることは容易に想像できる。今後、社会を劇的に変えるAIという存在の重みを考えると、ファスト映画を観せられたかのような今回のOpenAIのAltmanをめぐる騒動は、AI世界を牽引するトップ企業の動きとしては何とも心もとないと感じたのは私だけではないと思う。