メーカーとユーザーの間を取り持つ流通業界の歴史
私がAMDに勤務していたころのIT業界の主役は、果敢な研究開発によって新技術、新製品を次々と繰り出す半導体メーカーであった。ユーザーであるシステム・メーカー(その頃はセット・メーカーとも言われていた)は半導体メーカーが提供する新技術を組み込んだ製品を旺盛な需要に満ちた市場に出すことによってエンド・ユーザーに新たな価値を提供することになる。
大口のカスタマーに対しては社内にそのお客専任の営業部隊を編成して直接取引によってビジネスを展開していた。それをなぜかOEM営業部と呼んでいたのは、最先端の半導体技術を提供するメーカーとして、「システムに出来上がったエンド製品の最終的な付加価値を提供するのは半導体メーカーの我々だ」、という自負があったのだと思う。半導体営業本部での花形はやはり、IBM、HP(ヒューレットパッカード)、NEC、富士通などの大手のカスタマーの名前が付いたOEM営業部であり、それらは取扱額も大きくその分責任も大きい。
その花形OEM営業部と独立した形で存在するのが「ディストリビューション営業部」あるいは「チャネル営業部」と呼ばれる代理店経由の営業部である。代理店(ディストリビューター)を経由して製品を売る相手は中小のカスタマーである。AMDでの20年以上におよぶ勤務で幸いに私は両方のビジネスを経験したので、その実体、苦労については十分に理解しているつもりである。販売代理店は重要なビジネスパートナーである。
- カスタマーというのは製品を100個買う客も、1万個買う客もいろいろな要求を突きつけてくる。限られた数の営業部員ですべてのカスタマーの要求を聞いているわけにも行かない。
- 小口カスタマーをまとめて面倒見てくれるディストリビューターにはコミッションを払って中小カスタマーへの売り込みを任せる。大手のカスタマーであっても新規であれば本格的なビジネスになるかはわからないのでとりあえず任せる。
- 代理店を1つの巨大なカスタマーと見なせば、売り上げ達成に汲々とする期末、年度末ともなれば頼もしい味方である。期末ぎりぎりで売り上げが目標に行かない時に9回裏のサヨナラ本塁打を打ってその期末を切り抜けるのもコミッションの上乗せ次第で可能となる場合がある(最もその場合はそのつけを次の期に払わされることになるが…)。
市場が急速に成長するにしたがってディストリビューター側でも、取引商品の数、顧客の数も巨大化していって、大が小を呑み込む統合が進んだ。こうして大型ディストリビューターが登場し、高度に自動化された巨大倉庫を駆使してその存在感と影響力を強めていった。私は一度、米国の2大ディストリビューターであるArrow ElectronicsとHamilton-Avnet(現Avnet)の巨大倉庫を見学したことがあるが、完全自動化の巨大倉庫の中では、壁の向こう側が見えないほどに巨大な何層にも積み上げられた製品棚の間に設置されたピックアップ・ロボットが、次々と入る注文に従って製品が在庫されている棚に向かってきびきびと動き回る異様な光景を見たことがある。「人間が管理する倉庫では、カスタマーごと、製品ごとに仕分けられた棚にアルファベット順に製品を並べることになるが、コンピューター制御の場合はフロッピー・ディスク(今では死語になってしまった)の記憶セグメントのように製品位置をランダムに置けるので非常に効率がよいのです」、という工場長の説明に非常に納得がいったのをよく覚えている。
こうした巨大自動化倉庫を持つ巨大ディストリビューターの登場以前には、かつて松下電器産業(現パナソニック)に代表される日本の大手家電メーカーなどが自前の流通システムを持っていた時代があった。今でも地方の古い電気屋、いわゆる町の電気屋さんには「松下電器」とか「パナソニック」などの古めかしい看板が掲げられ、その名残が見られる。サプライチェーン全体に十分な利益が生まれていて、それぞれの役割で商売する余裕があった古きよき時代である。その後、「流通革命」の名のもとに、拡大する市場では消費財を中心に「生産者→問屋→小売り」という構造が立ち行かなくなり、「中抜き」というディストリビューター受難の時代が訪れる。スーパーストアや家電量販店の登場だ。これらの巨大マーチャンダイザーは下町の問屋、地方の電気屋に急速に取って代わることとなった。
コンピュータービジネスを流通から変えたDELL
そんな中マイケル・デルはそのような流通システムを通さずにPC/サーバーをエンド・ユーザーに直接販売する直販モデルを引っ提げて登場した。それまで流通業界の販売員が対面で丁寧な説明をしながら売っていたコンピューター製品をWeb Directというまったく新しい流通モデルで今では当たり前となったコールセンターを立ち上げて電話とWebで接客するDELLの登場はまさに革命あった。何しろ流通に支払う手数料を割引するのだからエンド価格は他のメーカーに比べれば安価である。DELLの強みはその価格設定の透明性にあった。1999年にCEOのマイケル・デル自らが著した本にそのことが明確に書かれている。そこには非常にわかりやすい言葉でDELL製品の価格構造について次のように書かれている。
- これがDELLの製品原価です。DELLは部品を大量に購入するので製品原価は他社と比較して遜色のない価格です。しかもDELLはできる限りODMを使って製品を組み立てるので研究開発費は最小に抑えています。
- DELLは流通を通しませんので流通業者に払う手数料はお客様からはいただきません。
- とは言っても我々も商売ですから儲けはいただきます。これが儲けの総額です。もちろん儲けの一部は皆様へのサービス向上のためにコールセンターへの投資に回します。
- これだけ構造を明らかにして、競争力のある価格で優秀な商品をご提供いたしますのでこれ以上はまけられません。
通常消費者は「エンド製品の価格には中間業者のマージンがどれだけ含まれているのだろう?」、「そもそもメーカーはどれだけ儲けているのだろう?」などと思うものだ。だから買う前に価格交渉をするのだ。DELLのやり方は、その消費者の心理を逆手に取り、商品の価格構造というそれまでブラックボックスだったものをさらけ出してしまい、消費者には納得価格で買ってもらい、自身はしっかり儲けるという斬新な考え方である。価格構造を公にしただけでなく、DELLは、コールセンターでの販売の際に、基本価格に上乗せして色々なアップグレード品を売り込むという、今ではマーケティングのいろはである「アップセル」の考え方の基本をも生み出した。まさに新時代の流通マーケティングであり、当時の私は天才的なマイケル・デル商法に舌を巻いた。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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