先週のIntelの唐突な発表に戸惑った業界人は多いだろう。9月中旬にFPGAの技術会議「IFTD(Intel FPGA Technology Day)」を開催したばかりのIntelが、旧AlteraのFPGA技術を母体としたPSG(Programmable Solutions Group)事業を来年の1月1日より切り離し、独立のビジネスユニットとして扱うことを決めた事を発表したからだ

2024年の決算発表から早々にIntel本体の売り上げからPSG事業を分離して、2-3年のうちにIPO(新規上場)を目指すという。

CPUのアクセラレーターとして期待されたFPGA

IntelがFPGA市場をXilinx社と2分するAltera社を買収したのは2015年のことだ。当時IntelのCEOであったBrian Krzanichはプレス発表で、「FPGAの良さを生かしてIntelのデータセンターやIoTの市場分野で高性能なカスタムソリューションを提供する」と述べていた。

それから8年、IntelはCEOが2度代替わりして、現在はかつてIntelの黄金期にCTOとして活躍したPat GelsingerがCEOを務める。この8年の間IntelはAMD、NVIDIA、Qualcomm、Apple、そしてファウンドリのTSMCらの台頭に加え、自ら招いた先端プロセス技術開発での躓きが重なって業績は下降の一途をたどってきた。

Intel再建の使命を帯びたGelsingerの頭にあるのは2つの大きな目標である。第1がAMD/TSMCのタッグチームに許したPC/サーバーCPU市場での主導権を奪還すること。第2がTSMCに伍するファウンドリキャパシティを確立するIDM 2.0戦略の完遂だ。その2つの大きな目標の確実な達成のためには他分野に振り向けるリソースは切り捨てる、というのがGelsingerの考えだろう。

NVIDIAのAI分野での驚くべき成長は、データセンター市場での半導体技術トレンドを根本から変えてしまった。かつてはCPUが支配したデータセンターの要件は、NVIDIAのGPUに代表されるアクセラレーターによるAIワークロードの高速処理に置き換わった。2015年当時では、CPUを補完する形でFPGAを使用したカスタム仕様のハードウェアでアクセラレーターを形成することは1つの有効な方法と考えられていたが、NVIDIAがCUDAを中心とした充実した開発ソフトウェアとともに、高速なGPUを次々と投入し、あっという間にAI市場を席巻した現在、IntelにおけるFPGAの居場所はかなり限定されている。

  • Arria 10 GX FPGAのPAC

    Intelが2018年のET展で展示していたArria 10 GX FPGA搭載のプログラマブル・アクセラレーション・カード(PAC) (ET 2018にて編集部が撮影)

FPGAを専業とし、地道に事業を拡大してきた旧Alteraの事業部にとっては、むしろ従来のように独立企業としてネットワークインフラ、IoT/自動運転、組み込み市場など、本来FPGAが目指した分野にフォーカスする方がいいだろうという判断はある意味では妥当なところだ。それに加えて、IDM 2.0に向けて一心不乱に突進するIntelには巨額の資金が必要である。IPOで手にする現金は新たなファブの設備投資の原資としては喉から手が出るほどほしいものだ。Intelはすでに自動運転技術のプラットフォームを専業とするMobileye事業部を切り離しIPOに成功しており、かなりの資金を手にした経緯もある。

Intelの発表によれば株式の50%は継続して保有し、新会社の幹部も暫くはIntel出身者が固めるという。また旧Altera事業部はファウンドリ会社としてのIntelにとっては大手顧客であり続けることになり、こうしたスキームを考えると、唐突さは否めないにしても、Gelsingerの決断は理にかなっているともいえる。

  • Intel(旧Altera)のFPGA「Stratix 10」のパッケージ

    Intel(旧Altera)のFPGA「Stratix 10」のパッケージ

Xilinxを取り込んでAIソリューションを充実させるAMD

このIntelの動きを見るとやはり気になるのは昨年Xilinxの買収を完了したAMDの動きだ。

AMDのCEOであるLisa SuはCPUでの技術的リーダーシップに加えて、AI市場の王者NVIDIAに対する挑戦を公言しており、AIコンピューティングの市場でNVIDIAとの対抗軸を形成するべく、MI300Aを中心とするハードウェア/ソフトウェア製品群の提供を開始した。

興味深いことに、CEOのLisa SuのもとでAI製品部門をまとめるのは元XilinxのCEOだったVictor Pengだ。AMDがAI市場でのFPGAの大きなポテンシャルを認識している点はIntelとは対照的である。技術革新のスピードが格段に速いAI市場においては、プログラムによって大規模なロジックを自由に変更することができるFPGAは、Time-to-Market(市場投入期間)を加速させるには有効な方法である。特に、AI用のソリューションでは広帯域のメモリー、CPU/GPUその他のチップを統合するチップレット構造を持つ大規模な製品が主流になってきている。このような場合、高性能なグルーロジックとしてのFPGAの出番は多くなるとも考えられる。

  • TSMCのInFO_MS技術を活用して作られたXilinxのFPGA

    TSMCのInFO_MS技術を活用して作られたXilinxのFPGA

AMDが保有するGPU技術は、元来NVIDIAの競合だったカナダのATi社を吸収合併した結果手にしたものだ。2006年に起こったこの吸収合併時には私自身、2社の組織統合プロセスに直接参加した経験がある。AMDがATi社の組織を取り込む過程では、両社の企業文化が違う点に細心の注意を払い、2つの異なる組織の統合は非常にスムースに行われたいう印象がある。その結果としてAMDはCPU+GPUの統合チップを見事に完成させた。この点で、AMDとIntelとでは企業買収・統合についてのアプローチにはかなりの違いがあることは明らかだと思う。AMDがXilinxのFPGA技術をどうAI製品に取り込むかは今後興味深い領域である。

  • ATi社吸収合併当時のAMDの刊行物

    ATi社吸収合併当時のAMDの刊行物

AIプロセッサーの百花繚乱時代が到来

AIプロセッサー市場では暫くNVIDIAの独り勝ち状態が続く予想だが、市場は急拡大しており多種多様なソリューションを受け入れる余裕は充分にある。

しかも、AI関連各社はハード/ソフト両面での差別化を模索しており、来年は多くのAIプロセッサーの登場で市場は百花繚乱の状態となる様相だ。NVIDIAを追うAMDやIntelに加え、Tenstorrent、SambaNovaなどの新興勢力、ChatGPTで生成AI時代の到来を宣言したMicrosoftやOpenAIの独自開発チップ、GoogleやAmazonなどの巨大プラットフォーマーも独自AIチップ開発を粛々と進めている。今後はこれらの新技術の開発競争が加速される。