今回は、ChatGPTの登場以後、AI技術の加速的な普及にあたふたとする人類について書いた前回のコラムの続きである。
第4次AIブームの中にあると言われる現在、もはやAI技術は一部の業界人の話題ではなく、一般人が身近に意識するものとなった。対話型のインタフェースにより自然言語での使用が可能となって、一般人とAIの遭遇機会は飛躍的に増加し、その威力の凄さとその影響を個々人が身近に感じる状況になった。当然ながら賛否両論が毎日展開されている。
AIの影響が現在我々が想像するよりはるかに大きなものとなる可能性があることを皆が感じているからだ。
真っ二つに分かれる世論
現在展開されている賛否両論の代表的なものは、下記のようなものである。
AI擁護派
AIは定型的な業務から人類を開放するので、我々はより創造的な分野に集中することができるようになる。生産性は上がりサービスのコストは下がる。結果、AIはより創造性に満ちた世の中を創り出す。
AI反対派
AI技術の普及により職を奪われる人間が増加する。未だに不完全なAI技術が社会一般に普及することにより、犯罪に使われる危険性が増幅する。AI自体が人類にとっての不利益あるいは敵となる可能性がある。
確かに、私自身で経験したほんの一例であるが、AI技術を使ったテキスト要約・翻訳などのケースを見てみると、その性能とスピードはかなりなもので、利用範囲は限りなく広がるポテンシャルを強く感じる。
しかし一方で、例えばクリエイティブの現場などではAIのこの分野への進出に強い警戒感を持つ人々が増えている。先月、ニューヨークで全米脚本家組合による大規模なデモが行われた。映画やテレビの脚本家達は、生成AIの利用により安く速く効率的に製作作業を進めようとする製作会社の姿勢に対して、自らの仕事の機会を減らす大きな脅威として反対の声を上げた。
規制当局の動きとSam Altmanの米国議会への召喚
先月、OpenAIのCEOであるSam Altman氏が米国議会に召喚され、AIのリスクについての証言を行った。Altmanの証言で興味深かったのは、現在最も人気がある生成AIサービス、ChatGPTの開発責任者であるAltman自身が「ますます強力な大規模言語モデルの登場により発生する社会へのリスクを軽減するためには、政府による規制介入が重要だ」と強調した点である。またAltmanは生成AIを“印刷機”の登場に例え、知識・学習が広くいきわたり一般個人がより大きな力を得てより自由な生活が可能となったように、AI利用が人類に資する未来を希望している。これと対比して、人類の技術の進歩によって生み出された核兵器のように人類にとって大きな脅威となることを恐れている、と証言した。
AIのイノベーションを正しく制御し、人類にとって良い結果を導くためには規制当局によるルールの設定が必要であると強調するAltmanの証言は切実である。我々の世界には多くの法律がある、ところが現在のところAIによってもたらされる不利益に対しては規制が全くない野放しの状態だ。悪意を持ったAIの使用によって人類に危害を加える事件が起こった場合に、そうした罪を犯した者たちに代償を求める根拠がないという大きなリスクがある。
AI技術は今後さらに性能を上げ、さらに多くの人間に利用されることになるが、その社会利用に関してはAI技術開発に関わる企業レベルではとても手に負えないということであろう。
すでにG7会合ではこの問題がアジェンダの1つとして取り上げられ、各国政府の規制当局がルールの策定に動き出しているが、問題は加速的なイノベーションのスピードに規制当局の動きがついていけるかどうかだろう。人類は産業革命以降、多くの技術を生み出しそれを社会に取り込んできたが、生成AIの登場と加速的な進化は「倫理」の問題と深く関係するので、社会全体で利用者個々人の意識改革に取り組むことが急務である。
AIとの共生を模索する人類と藤井聡太新名人
AIについて考えれば考えるほどモヤモヤとした気分にならざるを得ない自分であったが、そこへ胸のすくようなニュースが飛び込んできた。将棋の藤井聡太竜王が20歳10か月で初の名人位を獲得した。過去の最年少記録を40年ぶりに更新し、1996年に羽生善治九段が成し遂げた七冠全冠制覇以来、史上二人目の七冠を最年少で達成した。快挙である。この快挙を一般紙は「AI時代の新名人」と表現した。
将棋コンピューターソフトは2010年代に入って劇的な進化を遂げ、2017年には最強ソフト“PONANZA”が当時の将棋名人、佐藤天彦氏に勝利した。しかし、この事件によってプロ将棋の人気が衰えたかと言うと、実はその反対にますます人気が高まった。多くの報道で皆が知るように、藤井聡太名人はAIを相手に日々鍛錬に励んでいる。しかもAMD製品の大ファンであると聞く。AMDの高性能CPU“Threadripper”ベースのマシンを自ら組み、それを相手に日々トレーニングした結果が七冠制覇ということとなれば、連日の盤上の熱戦が「AI利用による人類の創造力の大いなる発露」と言えるのではないだろうか。
AIは今のところ考える機械ではないので、人類との共存はそれを造った人類が正しい利用方法を模索する以外にその解決はない。我々が忘れてはいけないのは、ブラックボックスである生成AIがどのような過程を経てその結果を導いたかを我々が把握できない点である。Altmanが証言するように、AIは今後ますますその性能を上げていく。その利用者としての人類は、その知恵を結集して正しい利用方法についてのルールを早急に策定する必要がある。人類がまごまごしている間に、下手をすればそのルールを「あちら側」が定義する事になる。