2023年6月版のTop500が発表された。前回に続いて、米国の政府研究機関ORNL(オークリッジ国立研究所)の“Frontier”がエクサ時代の首位を堅持した。日本の理化学研究所の“富岳”もLINPACK性能ではぴたりと2位につけ、AI系のベンチマークでもかなりの実力を見せつけた。
半導体業界にいるとスーパーコンピュータ(スパコン)に関する話題にはいつもわくわくさせられる。毎年2回行われるこのTop500というイベントは、各機関が予算をぎりぎりまで使って最高性能を競う為のマシンをチューンアップして臨む、まさにスパコンのオリンピックである。業界が注目する各マシンの使用CPUでは、首位のFrontierをはじめとして、多くのマシンに採用されたAMDの最新EPYCプロセッサの躍進が目立った。
20年以上前に、世界最速の座を独り占めにした“地球シミュレーター”を筆頭に、日本のスパコン技術陣は“京”や“富岳”といった優れたマシンを世界の強豪に伍して送り出してきた。世界最速のコンピューターを構成する技術要素としてはCPUだけでなく、アクセラレータ、メモリまわり、高速ネットワーク、冷却技術に至るまで、今後の高速コンピューティング技術の方向性を見極めるうえで重要な要件を多く含んでいる。かつてはとにかくLINPACKの絶対性能で世界一を目指す、無差別級柔道のような様相もあったが、現在、各研究機関に要求されるスパコンの要件は、コスト、電力消費、運用性、可用性、堅牢性、柔軟性など実用分野での要求が多様化しており、その目的意識に大きく焦点が当てられるようになってきている。
東工大が2024年春稼働予定の次世代スパコン「TSUBAME4.0」の概要を発表
先週、東京工業大学(東工大)が次世代スパコン「TSUBAME4.0」の概要を発表した。同大のスパコン“TSUBAME"は2006年4月に第1世代のTSUBAME1.0が稼働を開始し、その後、大小のアップグレードを繰り返しながら、今回発表の第4世代のTSUBAME4.0に受け継がれる事になる。
発表された下記の計算ノードの構成はかなりアグレッシブで興味深い。
- 「HPE Cray XD6500」シリーズのサーバが240台
- 計算ノードには第4世代AMD EPYCプロセッサが2基
- アクセラレーターとしてNVIDIA H100 TensorコアGPUが4基
- 768GiBの主記憶、NVIDIA Quantum-2 InfiniBandネットワークが4ポート
- ストレージシステムは44.2PBの共有HDDと327TBの高速SSDを搭載
先進技術を満載したこれらの計算ノードおよびストレージシステムはInfiniBandで接続され、100Gbpsの速度でこのスパコンが設置される東工大すずかけ台キャンパスから直接インターネットに接続され、高速計算資源を必要とする多くのユーザーに対して解放されるという。「もっとみんなのスパコン」というスローガンには、TSUBAME1.0の誕生から引き継がれた明確な目的意識が強く感じられる。
TSUBAME1.0の衝撃
以前、私のコラムで東工大の初代TSUBAMEについて、AMD側から見た誕生秘話をご紹介した。
今回、第4世代を迎えるスパコンTSUBAMEは当時、東工大に在籍された松岡聡教授(現在は“富岳”を擁する理化学研究所計算科学センター長)が主導したプロジェクトであるが、私自身がCPUサプライヤとして松岡教授と直接関わった案件なので今でもその当時の様子をはっきり記憶している。
それまで巨額の予算をバックにした軍需や国の研究機関が、特定研究分野での計算需要に対応することを目的に大手のコンピューターメーカーと協力して立ち上げるのが主流だったスパコンの世界で、一大学の計算センターがそのほとんどを汎用製品で組み上げたスパコンでいきなりTop500の7位に躍り出た快挙は、当時の世界のスパコン業界に大きな衝撃を与えた。Opteronシリーズでサーバ市場にやっと参入し始めたAMDにとっても快挙であった。
以前コラムを書いた際に私自身が纏めた過去20年のTop10変遷の概要を再掲する。
多様化しながら加速度的に増加する高速計算需要に対応するマシンをどう構築するかという問題を常に目的意識として持っていた松岡聡教授の「スパコンの民主化」への情熱は、TSUBAME1.0として結実し、「みんなのスパコン」として産学官の様々な研究開発現場での計算需要をサポートしてきた。その4代目となるTSUBAME4.0の概要発表を見て、その精神が代々しっかりと受け継がれている印象を強く持った。
ますます実用性、多様性が要求されるスパコン
現代の一般人の生活に急速に普及するAIの登場は、高速計算資源を提供するスパコンへの要求範囲を拡大した。かつての物理シミュレーションだけでなく、ビッグデータの高速処理能力への要求は今後もますます増加する傾向にある。
実社会にとってのスパコンの目的とその価値は多様化し、その形態も変化している。そのもっとも卑近な例がGAFAMなどの巨大プラットフォーマーが自社で運用するビッグデータ処理用のスパコンである。これらのスパコンはTop500などには登場しないが、巨額の資金を保有している巨大プラットフォーマーは、自社サービスの経済価値を高めるために実用性を第一としたスパコンの開発を急速に進めている。CPUだけでなくGPUを加えたヘテロジニアスな構成のみならず、自社開発の専用チップを組み込んだより実用性に優れたスパコンが開発されている。今後は量子コンピュータ部分を含んだハイブリッド型も増えるだろうという予測もある。
世界のスパコンの動向には常に興味をそそられる。