タイトルを見て驚かれたかもしれない。発明王として誰もが知っているエジソンとテスラがなぜ対峙するのか?

しかし、ここで取り上げるテスラは電気自動車(EV)市場を爆走するTesla Motorsではない。1800年の後半から、1900年の前半くらいまで米国で活躍した発明王二コラ・テスラの事である。ひょんなことで知ることになったこの科学者は、Tesla Motorsの創業者たちが尊敬してやまなかった人物でTesla Motors命名の基となった。二コラ・テスラは現在使われている世界中の発電/送電システムを発明したという大きな業績を残した。電話機、蓄音機、電球、映写機など、その生涯に数多くの発明品をこの世に残したトーマス・エジソンの名は、日本の小学校の教科書にも登場し、誰もがその名を知る発明王であるが、同時代にエジソンと電気技術を競い合った二コラ・テスラの名前は多くの人に知られているとはいいがたい。エジソンの発明はいずれも独創的で現代社会への影響は非常に大きいが、エジソンの狙いはどちらかと言うとその発明によるビジネスにあったのに対し、テスラは電気の利用による社会インフラの構築にあった。起業家型の発明王エジソンと、高邁な理想を持った天才的発明家テスラの本質的違いは、その後の名声の優劣によっても明らかに示されている。

電気のインフラ、交流電流・送電システムを発明した二コラ・テスラ

1856年、クロアチアに生まれ、後に活躍の場を求めて米国に渡ったテスラは、いわゆる米国移民の典型的な成功物語とはいえない多少屈折した生涯を送った。その陰には、発電/送電の技術をめぐってエジソンと激しく繰り広げられた論争があった。今から一世紀も前の話である。

現在、世界の各家庭あるいは産業施設に送電されている交流電流による給電システムは、現代社会インフラの動脈と言っていいほど重要なものになっている。しかし、大規模な電力の発電とその電力の送電システムについては、基本的な方法が現在の形になるまでに多くの科学者が研究を行い、いろいろな実験/試作が行われた。その中心的な話題だったのが、直流電流か交流電流かの大論争である。

  • アインシュタインとテスラ

    アインシュタイン(左)とテスラ(中央)

現在の一般家庭やオフィスのコンセントに給電されているのは交流電流だが、乾電池で点灯する懐中電灯や、自動車のバッテリーに使用されているのは直流電流である。スマートフォンを充電する際には、コンセントにACアダプターを接続して直流電流にしてから充電する。直流の場合は電気の流れる方向は一方通行で、電圧は一定である。この電気は小規模なシステムを駆動するには便利であるが、広範囲な地域における送電には全く向いていない。というのも、直流で電気を送る場合、電線との抵抗が生じて急激に減衰してしまうからだ。これは直流電流を社会インフラに使う場合には致命的な弱点であった。二コラ・テスラは米国に移民した後、エジソンが経営する会社に職を得たが、電気の研究を進めるうちに交流電流の方式を考案した。

発電・送電という社会インフラの構築には、電気の流れる向き、電流と電圧が周期的に変化しながら電力の減衰を最小限に抑える交流電流方式の方が向いていると進言したが、エジソンはこれを受け入れなかった。当時エジソンの発明による直流電流の蓄電池と白熱電球のビジネスがようやく軌道に乗り始めていたからだ。賢明なエジソンはテスラの考えは理解できたが、その技術はビジネスのとっかかりに敵対するものと判断したわけだ。電気による社会インフラの構築を目指すテスラはエジソンのもとを離れ、交流電流の普及に奔走するが、エジソンはテスラが提唱する交流電流に対するアンチ・キャンペーンを展開しこれを阻止しようとした。確かに、より広い地域に送電するために高圧電流を必要とする交流電流は扱い方次第で危険なものになる。エジソンはこの点を強調して、テスラの主張を退け、テスラを“Mad Scientist(狂った科学者)”に仕立て上げるが、このキャンペーンは大規模な発電所建設に大手ウェスティングハウス社が乗り出し、テスラが提唱する交流電流を採用するに至ってテスラの勝利となった。しかし、その先見性が後世に広く伝えられることはなかった、というのが事の次第である。

この逸話は、テスラとエジソンという個性のぶつかり合いが興味深いからか、近年に公開された映画にも登場する。

  • コロラドスプリングスに設置された研究所で交流の放電実験を実施するテスラ

    コロラドスプリングスに設置された研究所で交流の放電実験を実施するテスラ

当初は直流電流という方式しかなかったものが、社会インフラの構築の必要性から交流電流が考案され、現代社会を支える経済的で安定した電力供給システムが可能となったわけである。

現代のテスラとEVが目指す新たな社会インフラ

創業メンバーがTesla Motorsの命名にどのような思いを込めたかは容易に伺い知れる。

Teslaが開発・製造・販売するEVは、200年間続いた化石燃料の燃焼により動力を生み出す内燃機関(エンジン)を基本とする社会インフラを根本から変える大きな試みの第一歩である。

  • EVで内燃機関からのゲームチェンジに挑むTesla Motors

    EVで内燃機関からのゲームチェンジに挑むTesla Motors

持続可能な未来を構築するためには、発電・蓄電・送電といった広範囲にわたる分野でのさらなる技術革新が期待される。内燃機関と電気を組み合わせたハイブリッド方式で一時代を築いたトヨタも今後本格的にEVに取り組む姿勢を示している。最近ホンダもGSユアサと共同出資会社を設立し、EV用の高効率リチウムイオン電池の本格的開発を目指すという。EVの社会インフラを着々と構築しつつある中国も、今後のゲームチェンジを狙って国家的なプロジェクトを着々と進めている。

EVが社会インフラの中心となる未来ではどのようなブランドが活躍するのだろうか。