最近の欧州半導体メーカーの好調ぶりを伝える報道があった。NXP、STM、Infineonの欧州大手3社は市場全体が減速する中、そろって第4四半期では増収を果たした。各社の発表内容で共通しているのが車載用半導体の売り上げの伸びだ。
欧州半導体大手3社の2022年第4四半期業績はいずれも好調、車載向けがけん引
これら欧州3社は伝統的に車載アプリケーションに取り組んできた歴史があって、それがEV市場の本格化で花開いた印象がある。AMDやQualcommのように、かつては車載市場に無縁であったようなデジタル半導体ブランドまでもが市場参入を表明していて、いよいよ自動車と半導体というかなり異質な業界が大きく接点を持つ段階にきている。自動車業界には門外漢である私であるが、接点が多くなるにつれて自然と関心は高くなる。
ようやく変化がみられる日本の自動車業界
年明けから日本を代表する自動車ブランドに関するニュースが駆け巡っている。
- ソニーとホンダの合弁会社ソニー・ホンダモビリティ(SHM:Sony Honda Mobility)社は米国の見本市CESでEV製品のブランド「AFEELA」を発表。中心に据える半導体にはQualcommのSnapdragonベースのSoCを採用した。
- トヨタのトップを13年務めた豊田章男氏から佐藤恒治氏に交代。若返りを図り、EVを中心に変化する世界市場の要求に対応する体制構築を目指す。
- 日産・ルノーの資本関係に変化。日産は以前より独立色を強めるが、両社ともEVへの今後の取り組みが重要課題となっている。
冒頭申し上げたように私自身は自動車業界には門外漢であるが、EVを中心に展開される半導体との接点は深まるばかりで、しかもコンピューター、通信機、半導体といった重要市場から姿を消した日本の製造業にとって、自動車はモノづくりの最後の砦だという点で非常に気がかりであるのも正直な話だ。ガソリン車からハイブリッドへと見事に世界の業界を引っ張った日本ブランドであるが、近年明らかな世界市場の急激なEVシフトへの対応がかなり遅いという印象を持つのは私だけではないだろう。
半導体での経験則を持つ私たちには、「市場の構造変化」は大きなチャンスであり、同時に大きなリスクである教訓が身に染みついている。その点で言えば内燃機関であるエンジンからEVへのシフトは大きな構造変化で、そこにチャンスを見出すブランドと敗退するブランドがはっきり分かれていく事は容易に想像がつく。かつての半導体屋にとってエンジンコントロール部分など限られたアプリケーションでの車載用半導体は、「条件がきついのに利益率が低くて割に合わないビジネス」であった。しかし、今回の構造変化はそれを先導するのが半導体という異質のものであることがカギである。デジタル技術の変化のスピードは自動車業界が営々と築いた技術の蓄積と常識をかなりの速さでひっくり返す勢いを持っている。
メインフレームが崩れ去った10年
「業界の構造変化」を考える時にどうしても頭に浮かんでしまうのが、メインフレーム・コンピューターからPCを中心とするクライアント・サーバーへのプラットフォームの変化を目の当たりにした経験だ。
私がAMDに入社したのは1986年だが、その時代はまさにこの構造変化が始まった時期で、メインフレームをターゲットにしたAMDの製品群が、次第にPCを支えるCPUとその周辺回路に軸足を変えていった頃である。私のAMDでの24年の経験は、最初の4年がこの構造変化の最後のフェーズで、後の20年がPC/サーバーの勃興/興隆期にあたる。変化の兆しが明らかになった時から、業界を担う主たるブランドがガラガラっと一気に入れ替わる時期への移行は本当に速く、その中で潮流を見極めて試行錯誤しながらも生き残ったAMDで働いた経験は非常に貴重だったと思う。
1960年の中ごろ、IBMがSystem/360で世界のメインフレーム市場を掌握し、それに対抗する富士通や日立などの日本ブランドを含む世界のメインフレームブランドが活躍した。ところが、1980年中ごろのやはりIBMによるPCの開発とそのクローン乱立時代を経てメインフレームが消滅する現在まで約35年ほどであるが、その過渡期で起こった主要ブランドの変換に要した時間はほんの6-7年位であったという印象である。自動車産業は1870年初頭に独ダイムラー社が個人使用の自動車を発表してから、内燃機関エンジンの歴史が実に150年という長きにわたり続いた。それが今急激に変わろうとしているのだ。
日本自動車ブランドを待ち受ける試練
私自身は所有するトヨタ製大衆向けハイブリッド車の価格、操作性、燃費、ある程度のセキュリティー機能に大変満足しているが、その感覚はグローバル共通のものではないと思う。
昨年米国発の記事で「米国の環境団体がトヨタの豊田章男CEO宛てに迅速なEVへの対応を要求する公開書簡を送った」というものがあったが、これが環境団体からのものであったという点を差し引いても、書簡が「さもなければトヨタの急激な衰退の危機につながる」という結論だったことは大いに気になる点である。下記のような点が私の頭を駆けめぐる。
- 構造変化が本格化するきっかけは技術革新とコスト低減であるが、今EVではそれがまさに活発化している。始まるとそのスピードは野火のように拡大する。
- その中にあって日本勢のEVシェア、新車に占めるEVの割合は極端に低い。
- 自動車業界はハイラーキー(ヒエラルキー)を成した巨大なサプライチェーン構造に支えられている。多くの企業が多くの雇用を支えている。意識改革には長い時間がかかりそうだ。
- EV市場が充分に大きな市場となった時点で満を持して本格参入すればよいというトヨタの考えは、かつてのメインフレームの時代と重なる印象を受ける。
- コンピューターと異なり、EV社会を実現するためには大掛かりな社会インフラの整備が必要になるが、残念ながら日本政府には新たなインフラを推進するのに必要な財務的な体力が残っていないどころか、はなからその気がない。それに対し、米欧中の政府はすでにEVへの方向性を決めて走り出している。「本当に環境に優しい技術とは何か」という技術的な議論をしている間に世界のEV市場トレンドはもうすでに決まっているのだ。
私はトヨタの株主でもないし業界の門外漢の1ユーザーにしか過ぎないが、これからの時代を拓くトヨタ新社長の今後の采配の結果、杞憂だったということになればと切に願っている。