中国市場を巡ってけん制しあう世界の半導体企業と政府当局
最近グローバル半導体企業が中国市場を強く意識していると印象付ける話題が目立つ。
- Intelが中国の清華紫集団とNANDで提携:NAND製品についてMicron Technologyと長らく共同開発を続けていたIntelが突如協業解消を発表。その発表がされるや否や、Intelと中国の精華紫光集団のストレージ事業部門との戦略的協業関係について協議していることが明らかとなった。
- IntelがUnigroup Spreadtrum & RDAとの5Gでの協業を発表:その発表と時を同じくして、Intelと格安スマートフォンのMPUを供給する中国のファブレス半導体会社Spredtrumとの協業が報道された。中国の格安スマートフォン市場への参入を狙うIntelが自社のモデムをSpredtrumのMPUと組み合わせるという計画だ。もちろん、将来爆発的成長を遂げるであろう5G狙いである。
- BroadcomのQualcomへの買収がCFIUS(対米外国投資委員会)の反対でとん挫:ここ数か月まるでドラマを見ているかのような超大型買収劇の幕は、CFIUSの勧告に基づき、トランプ大統領が発した大統領令によってあえなく終幕した。安全保障上の理由というのが米側の説明である。
- TSMCの300mmウェハ・ファブの中国での建設を台湾政府が承認、南京市で建設中の新工場の出荷開始を18年後半から前倒し:それまで300mmウェハ工場の台湾以外での製造を禁止してきた台湾政府は世界最大のファウンドリ・メーカーであるTSMCが中国の南京市で300mmウェハファブの建設を許可する決定をした。条件としてTSMCが持つ10nm以上の最先端プロセスはまず台湾のファブで量産化することを挙げている。
- GF(GLOBALFOUNDRIES)が中国独禁当局にTSMCの調査を要請:世界のファウンドリビジネスでTSMCの後を追うGFはTSMC(50%以上の市場占有率を持つ)が特定顧客に対し多額のリベートなどを支払うなどの独占的立場の濫用について、EUと中国の独禁当局に対し調査を要請している。市場自由主義を標榜する米国の独禁当局はこういったケースでは動きが鈍いので、とりあえずEUと中国で先手を打つというのがGFの作戦であると思われる。
米・台湾VS.中国という構図で政治的に対立を深めている陣営の思惑と、グローバル市場での成長を目指す各グローバル企業の動きは複雑な事情をはらみながら急速に動いている。その中心にあるのが巨大市場の中国である。
国内半導体産業を育成し輸入比率を下げたい中国政府と技術流出を懸念する米国政府
CFIUSが待ったをかけた米国半導体会社の買収劇は今回のQualcomの件以前ではLattice Semiconductorの例が記憶に新しい。トランプ大統領になって米系企業に対する買収をCFIUSが阻止した例は直近のQualcomのケースを含めて10件、そのうちなんと9件が中国がらみであるという(Broadcomの場合はシンガポール本社であるが、CFIUSが懸念したのはファーウェイとの関係であると言われている)。
最近の経済学者の中には軍事力、人口、経済成長率などの伝統的な国力の測定基準に先端技術を加える立場をとる人たちが増えている。国力を左右すると思われる技術の中で重要な位置を占めているのが半導体、通信、AI、IoTなどである。世界の工場となった中国であるが、その中国が圧倒的な生産力でもって世界に輸出する製品の中身の中国製半導体の比率はまだまだ低い。特にリアルタイム通信インフラとなる5Gで明らかに主導権を握るであろうQualcomのRFの技術には確かに安全保障上の重要性はあると考えられる。折しも国際派のティラーソン国務長官が解任され、中国に対する強硬路線で知られるポンペイオ氏が次期国務長官に就任する。米国の中国に対するけん制はさらに高まるものと考えられる。しかし市場自体が完全にグローバル化した今、国境際での政府による市場への介入は米国に負の結果をもたらすことも十分に考えられる。
今やグローバル市場でのサプライ・チェーンはとてつもなく複雑に絡み合っている状態なので、投網のように輸入規制をかけると思いもかけない部分で自国の産業・ユーザーに不利な結果を招くことにもなる。かといって、個別の案件にいちいち例外を設けていては規制自体が機能しなくなる。
つい最近トランプ大統領はUSTR(米国通商代表)に対し「通商法301条」の発動を指示した。中国製品5兆円分に対する貿易制限令、いわゆる「スーパー301」である。現在米国通商代表は対象製品のリストを作成中であるが、この作業には多くの困難が予想される。輸入制限の対象製品の選定には下記の点を注意深く考慮する必要がある。
中国製品に多くを依存している製品は制裁という意味では大きな効果が見込めるが、自国の経済にも大きな痛みを伴うものは避けなければならない。簡単な例を言えば、iPhoneなどは鴻海が中国工場で生産しているのでこれに大きな輸入税をかけるとアメリカ企業の代表格Appleにとって絶大な不利となるし、消費者への影響も甚大だ。しかし、Appleは中国内でシェアが比較的低いので中国の国産スマホメーカーを勢い図かせることにもなる。
かといって農産品、工業材料品などばかりだと、米国から中国への技術流出にブレーキをかけるという目的を果たすことはできない。あるいは、中国が主要生産地のEV技術の推進に不可欠なレア・アース(希土類)などの輸出制限などで逆襲を受けるかもしれない。
USTR職員が土日も返上で輸入制限対象品リストを作成しているのは間違いない。しかもトランプ大統領の行動は予測ができない。
1980年代では米国の輸入規制ターゲットであった日本
現在トランプ大統領が率いる米政府が貿易問題で一番やり玉に挙げているのは中国であるが、米国の貿易問題の矛先はその時々の状況で変わってきた。大統領令で米国通商部から発せられる「スーパー301」は日本に対して実施された例があった。この言葉を聞いて懐かしいと思うのは少なくとも60歳以上の人たちであろう。1980年代、米国が日本との貿易において大きな不満を持っていたのは日本メーカーのオーディオ、テレビなどの家電製品であった。連日テレビでは、米国で仕事にあぶれた人たちが日本製の電化製品をハンマーでたたき壊すニュースが報じられたほどである。その他に安全保障上の米国の懸念と言われていたのが、グローバル市場を席巻する日本半導体メーカーの躍進と、当時米国に続き世界第二位の半導体市場であった日本市場で遅々として進まない米国半導体メーカーの市場シェア拡大であった。その政府への強い影響力で知られたSIA(米国半導体協会)は当時の米政府に働きかけ、「このまま放っておくと米国の半導体は壊滅して、世界市場が日本の半導体メーカーによって掌握されてしまう」と主張し、「スーパー301」発動のきっかけを作った。
果たして、「スーパー301」は発動され輸入制限品目リストが発表されたが、私はそのリストを見て拍子抜けしたことを憶えている。対象品リストが半導体とまったく関係のない品目で埋め尽くされていたからだ。非常にニッチな製品分野が多く含まれていて、USTR職員がいろいろな過去の統計を駆使しながら作成したことはありありであった。要するに、結局政府間の貿易摩擦問題で当該産業でない他の産業のメーカーとユーザーがとばっちりを受けたという印象であった。
しかし、経済は常に動いている。将来予測には過去の統計は手掛かりの1つにしか過ぎない。未来は市場に起こるダイナミックな変化によって形作られるものであって、特に半導体のようにイノベーションが原動力である産業では経験則では測るのは非常に難しい。
その後の半導体市場での勢力地図に何が起こったかは読者の皆さんがよくご存じの通りである。残念ながら、日の丸半導体は世界市場では凋落してしまったが(下記の図をご参照)、それは「スーパー301」発動の結果でなかったことだけは明らかである。