2022年振り返りの後編である。世界経済は全体的に後退に向かいつつある。その中で、昨年まで供給不足だった半導体は不況に転じ、昨年までのコロナ禍の影響を受けずに成長を続けた巨大ITプラットフォーマーにも優劣が現れ始めた。業界をひとまとめに語れない多様化の時代を象徴しているかのようだ。
不調が続くIntel、躍進するAMD、Arm買収に失敗もAI分野で実力を見せ付けるNVIDIA
半導体業界で私が常に注目するAMD、Intel、NVIDIAの3社は総じて半導体の下降サイクルの影響を大きく受けたが、各社の様相は全く異なる。はっきりとした明暗が付いたのがAMDとIntelである。AMDのOBとしてはうれしい限りだが、躍進するAMDと、長期化するIntelの不調は今年の決算を見るとそのコントラストが非常に色濃い。
マクロ経済の影響を受けて、PC向けCPUのビジネスは両社とも大きく減速したが、明暗を分けたのはサーバー用CPUで、この市場を2分する両社の間でシェアを急速に伸ばすAMDと、失い続けるIntelの差が大きく業績に影響した。かつてのIntelのCPU設計の黄金期を築いた業界レジェンド、Pat GelsingerがCEOとしてIntelに復帰して来年の2月で丸2年となるが、微細加工技術で大きな問題を抱えるIntelの大改革の結果はまだ結実していない。
あまりに長期にわたる不調で、さすがの“Gelsingerマジック”も消えてしまったような印象だ。GelsingerがCEO就任早々、高らかに打ち上げたファウンドリ会社の立ち上げも、大きな進展はなく、最近この部門を受け持っていた上席副社長の辞任も伝えられている。米国政府の巨額補助金を受けて、アリゾナ州ではIntelとTSMCが新工場建設の真っ最中であるが、3nmプロセスの量産工場の追加を年末に発表したTSMCと比較すると、微細加工技術での差は縮まらないどころかむしろ広がっている印象である。
対するAMDは、そのTSMCとの見事なタッグで新製品のロードマップ通りに製品投入を続けている。日本市場での認知度の向上を狙って、現在の叡王タイトル保持者で、Ryzenプロセッサーのユーザーでもある藤井聡太九段とのジョイント広告に加え、叡王戦への協賛スポンサーになるなど、余裕を感じさせる動きを見せている。
GPU市場での覇者NVIDIAはCPUへの参入を狙ってArm社の買収を試みたが、今年の始めに買収計画を諦めると発表した。GPU技術を基礎として、長年ソフトウェア資産の充実を諮ってきたNVIDIAは、今やAI分野ではゆるぎない存在感を持つ。しかし、このこと自体がNVIDIAのArm買収への市場からの警戒感を大きくしたとみられる。ただし、NVIDIAはArmコアをベースとした本格的なサーバーCPU「GRACE」の市場投入を既に始めており、半導体業界で最も利益率が高いサーバー用CPU市場での競争はさらに激化することが十分に予想される。
AIアクセラレーターが花盛り
上記3社がCPU/GPUで熾烈な競争を続ける中にあって、データセンターのAI、機械学習の分野で独自設計のハードウェアが進出してきたのも今年の目立った点だ。
Googleが設計したTPU(Tensor Processing Unit)も既に3世代目を迎えるし、データセンター全体のスループット向上のために考案されたIPU(Infrastructure Processing Unit)やDPU(Data Processing Unit)などが高速CPUを中心としたデータセンターのAIや機械学習分野ワークロードのアクセラレーターとして進出してきている。
Graphcore、SambaNova、Cerebras、Tenstorrentなどの新興ベンチャーは独自設計の半導体デバイスでこの分野に進出する。これも、TSMCをはじめとするファウンドリ企業の出現で可能となった。「高速処理はハードワイヤーで」という状況は、多種多様なタスク用の半導体ハードが乱立した産業中興期のようで、懐かしい感じがする。汎用CPUと標準基本ソフトウェアとアプリケーションの組み合わせで、安価で高速なプラットフォームを構成する時代がしばらく続いたが、新しいアプローチの半導体ハードウェアが次々と現れる現状は、ひと昔前に見た景色だ。AI、機械学習分野の急速拡大でビッグデータをベースにしたワークロードが増えて、データフロー型コンピューターの時代が戻ってきた印象さえ受ける。コンピュータ学者のAlan Kayが言った「ソフトウェアに真剣な人は、独自のハードウェアを造るべきだ」、という言葉を思い出す。
巨大デジタルプラットフォーマーの持続的成長神話が崩れだす、GAFAの現実
コロナ禍による世界経済の減速をしり目に、むしろコロナ禍が好機となったかのように大きく成長を遂げてきたクラウドサービスの覇者GAFAの指数関数的な成長神話にも、2022年になってから明らかな陰りが出てきた。
Appleを除けば各社が特有の問題を抱えており人員削減に着手した。もはやGAFAなどと一括りにはできなくなったのが現状だ。経済構造の変化を牽引して巨大化した各社の経済圏は、得意とする分野での成長の伸びしろを既に先取りしているために、お互いが競合となる宿命にある。また、Facebookが直面している状況が象徴するように、個人情報保護法と独占禁止法の観点からの当局からの圧力は高まるばかりだ。国境を全く意識しない巨大グローバル企業の動きに対し、各国の政府当局は当初はなすすべがなかったかのように映ったが、当局の国際連携も進んで欧州連合を筆頭に包囲網を狭めつつある。指数的成長が突然減速し始めるという現象は、デジタル世界では十分にあり得ることで、来年も大きな変化が予想される。
ゼロ・コロナ政策の失敗が明らかになり、大きな不安材料を抱えて年を越す中国
今年の頭、私はこのコラムでユーラシア・グループが上げた2022年の10大リスクについて取り上げたが、その中に第一のリスクとされた「ゼロ・コロナ政策の失敗による中国経済の大変調」がある。中国政府のゼロ・コロナ政策は年末にかけてその実態が我々が知りえる状況よりもはるかに深刻であるらしいということが明らかになってきた。世界でも人口が大きい中国での国内問題が、年末にかけて深刻化した事は来年へと引きずる大きな懸念材料だ。これは米中の技術覇権の問題と同じくらい大きく拡大する可能性がある。
外資半導体企業の本社の人間と話をすると印象的なのは、「中国は不安材料が多すぎて現在は積極的な投資戦略を立てにくい、ゆえに中国市場は暫く放っておこう」、という判断だ。国内での生産技術をさらに拡大させ、半導体の地産地消を目指す中国にとっては外資の力は引き続き必要であるが、外資離れの状況は著しい。自由な取引が担保されないという理由で本土を離れる中国系大企業家もいる。自由競争が大前提となる半導体業界では中国の自国だけでの飛躍的な革新は難しいと思う。
今年も私のコラムを愛読していただいた皆様に感謝申し上げます。
来年が皆様にとって良い年でありますように!!
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。
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