「激動の一年」などという言葉は毎年激変が繰り返される昨今、いかにも陳腐に聞こえるが、半導体産業を取り巻く環境は2022年はまさに「激動」だった感がある。余すところ2週間となった。過ぎ行く2022年を分野別に振り返ってみようと思う。
世界市場での供給不足状態から不況に急転した市況、しかし設備投資は継続
データセンターへの積極投資やEV市場の拡大による需要の急激な上昇に加えて、コロナ禍で寸断されたサプライチェーンの影響を受けて、世界的な慢性的供給不足の様相を呈した半導体市況は2022年に入って減速し始め、夏以降は不況期に入った。しかし、この状況は一時的な在庫・生産調整とみられている。
来年後半には反転し、成長を取り戻す事が予想されているが、それがいつ頃かを見極めるにはまだ早過ぎるだろう。旺盛なデータセンター需要、多くの分野でのAI化、EV/自動運転などの成長分野で加速される技術革新は、市場の今後の継続的な拡大を充分に支える勢いを持っている。半導体各社は足元の業績が厳しい現状にもかかわらず、将来的成長に必要な研究開発・設備への大型投資を実施している。特に7兆円を超える政府の補助金を決めた米国では「Made in America」チップ製造能力を急峻に立ち上げる各社の動きが目立っている。
米国アリゾナ州で新工場建設を始めたIntelとTSMCを始めとして、TI(Texas Instruments)やマイクロンも米国での果敢な設備投資を表明している。シリコンをベースにした半導体では300mmウェハの微細加工技術と製造キャパシティへの投資が中心だが、2022年の特徴は、EVアプリケーションのビジネス拡大を本格的に迎える状況を受けて、SiCによるパワー半導体の生産も本格化したことである。
Apple、AMD、Qualcomm、NVIDIAといったファブレス企業とTSMCやSamsungなどのファウンドリ企業の協業が台頭し、昨年までは製造キャパシティでは海外一辺倒であったかに見えた米国の半導体製造は、バイデン政権率いる米政府の強力なバックアップを受けて息を吹き返しつつあるような印象だ。キャパシティがものをいう半導体ビジネスの米国隆盛時代が復活しつつある。
米中の技術覇権争いの中心分野として翻弄される半導体メーカー
こうした米国政府の半導体への注目は、半導体技術が国家安全保障上の重要な戦略技術であるという認識が進んだことの査証でもある。ロシアのウクライナ侵攻で明らかになったのは、最新兵器の装備が戦争の行方を大きく左右するという厳しい現実である。先進半導体保有の有無それ自体が安全保障の肝を形成する可能性があるという現実だ。特に軍/民デュアルユースの潮流が明らかな先進半導体の安全保障上の重要さは、デジタル社会を支える経済インフラ技術としての半導体のそれと同じレベルにある。
台湾を含む周辺国への影響力を着々と拡大する中国の脅威から、自由主義圏を防衛しようとする米国が現在一番意識する分野の中心に半導体がある。特に、TSMCに代表される半導体製造ファウンドリは米国のファブレス企業の先端半導体製造を一手に引き受ける。先端製造技術が海峡を隔てて中国本土に隣接する台湾に集中するという事実は、米国にとっては放っておけないリスク要因である。
米国政府のCHIPS法整備の動きは、その規模からいったら非常に速かったように思う。さらに速かったのが、それを受ける半導体各社のレスポンスだった。政権に積極的に働きかけたIntelを含むSIA(米国半導体協会)メンバー会社は補助金の可決後、間髪を入れずに積極投資を表明した。このアクションの速さが米国半導体の力の源泉であると思う。速く動いたのは米国半導体メーカーだけではなかった。今月初旬に急遽TSMCが発表したアリゾナ新工場の5nmから4nmへのアップグレードと、さらにその先の3nmプロセスを移植した最先端工場建設の発表を、半導体業界のレジェンドMorris Chang自らが行ったニュースは大変に印象深い出来事だ。
かねてより、コストが高い米国での半導体製造への大型投資にややもすると消極的な発言を繰り返してきたChangであるが、中国の脅威が現実化する台湾という地勢学的事情の趨勢に大きく突き動かされた決定と映る。
中国の自国半導体事業の増進に大きく打撃を与えたのが、バイデン政権が打ち出した半導体製造装置への厳しい輸出規制である。この規制の結果、中国工場に張り付いていた米国人サポートエンジニアが強制的に米国への帰国を余儀なくされたという報道もあった。昨年から実施されていた先端デバイスの輸出規制に加えて、サプライチェーンの上流を抑えるこの戦略は大きな効果を生んでいる。ごく最近の報道によれば、中国は最先端半導体などをめぐる対中輸出規制が不当だとしてWTO(世界貿易機関)に提訴した模様である。
先端半導体デバイスの設計と製造技術、それに大規模な製造キャパシティをめぐる話題は来年も大きな動きを予感させる現状である。
日の丸半導体構想がにわかに勢いずく日本の状況
今では、ちょっと昔のマスコミと一部の業界関係者が造ったマントラのように、どちらかと言うと皮肉的な意味合いを持って使われてきた印象があるが、日本での本格的な半導体生産の構想がにわかに勢いずいてきたのも今年の大きな話題である。
米国の後を追うように急遽決定された日本政府の大規模な補助金を受けて、TSMCとソニーグループが熊本に12/16nm品の工場建設を開始すると、日本人マネジメントによる最先端半導体製造の確立を目指しトヨタ、NTT、デンソーなどが出資する新会社「Rapidus」の設立へと一気にことが進んだ。
ごく最近の報道によると、Rapidusは米IBMとの提携により、IBMが米国の研究所で開発した超先端の2nmプロセス技術のライセンスを受けるという。ベルギーの欧州連合による研究機関imecとの連携も始まっているという。
日本にはGAFAのような先端半導体を大量に使用する大手顧客が存在しない、現在の日本には40nm止まりの世代遅れの量産工場しかなく、最先端グループとのギャップが15-20年とかなり大きくなってしまっている、などの理由で私個人としてはこの流れには少々懐疑的な見方をしていたが、これまたごく最近のTSMC幹部のインタビューで飛び出した、「日本で2棟目のファブ建設を検討」というコメントで見方を大きく変える事になった。大規模ファウンドリビジネスの確立を目指すIntelのGelsinger氏も12月に入って来日したという情報も漏れ聞くと、何か大きなことが動いているという印象がある。
ともあれ、米中技術覇権をめぐっての半導体を中心とした世界の動きは来年にも大きなうねりを起こす予兆は充分である。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。
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