コロナ禍に続くロシアのウクライナ侵攻を受けて、世界のサプライチェーン、エネルギー問題などこれまで表面に出ていなかった諸問題が噴出した感がある。

景気後退の予兆が世界経済を覆う中、半導体の市況も減速している。WSTS(世界半導体市場統計)によると、7月の世界出荷額は2%減で32か月ぶりに前年同期比を下回り、8月も4%減と下降トレンドが明らかとなった。しかし、こうした状況の中でも長期的な視野に立った果敢な設備投資、研究開発は進められている。

デジタルインフラの広範囲にアプリケーションを広げた半導体は、目先の景気変動にかかわらず、将来的には拡大する事がだれの目にも明らかだからだ。最近発表があったメジャーなニュースの中から米国とイギリスの事情について追ってみたい。

米国:CHIPS法成立を受けて“Made in America”半導体の復権を目指す動きが活発化

7兆円に上る巨額の補助金提供を立法化した米国政府の動きに呼応して、早々と生産拠点拡大の投資を決めたIntel、TSMC、Samsungといった大手に続き、下記のブランドが特色ある投資案件について発表した。

  • TI(Texas Instruments)は2009年にアナログファブとしては世界初の300mmウェハによる工場をテキサス・リチャードソンに立ち上げたが(RFAB1)、新たに300mmウェハを採用したRFAB2が立ち上がった。ダイサイズが比較的小さなアナログ半導体が300mmウェハで大量生産される事によって、この数年半導体サプライチェーンの問題点の1つとして注目されたアナログ半導体の供給問題について大きな解決へのステップとなることは確実だ。
  • SiC/GaNウェハの雄でワイドバンドギャップの分野で注目されるWolfspeed(もとCree)社が最大50億ドルの設備投資を発表、その第1弾としてノースカロライナ州のSiCウェハ専用工場に20億ドルの投資を決定した。この工場ではSiCとしては先進的な200mmウェハの生産を行うことになっていて、電気自動車用のパワー半導体の本格的な増産を目指す。
  • Micronは向こう20年で1000億ドル(現在の為替換算で14.5兆円)の投資をニューヨーク地域で行う計画であるとの発表をした。これによってMicronは5万人の雇用を生み出すとしている。リリースではこの巨額の投資額はニューヨークでの私企業による投資としては過去最大であるとも謳っている。メモリ価格が軟化している現在、この思い切った発表はかなりインパクトがあった。寡占化するメモリ市場に対する同社の意気込みが充分に感じられる。半導体分野での人材確保が困難になっている現在、将来を見据えた思い切った決断と言える。Micronはこれとは別に日本の広島工場の拡張もする計画で、こちらには日本政府から456億円の助成金が提供される予定。
  • IBMもニューヨーク地域において向こう10年で200億ドル(3兆円)レベルの半導体投資をすると発表をした。こちらも米政府が決定した補助金を活用する。この地は伝統的にIBMの半導体、メインフレーム、人工知能などの研究開発の拠点で、この投資の主たる対象分野は量子コンピューターであるとしている。

他にも大きな投資案件が目白押しで、半導体の地産地消を目指す米国政府の補助金の立法化に素早くこたえる米国企業の敏捷さが目立った。

独創的発想で半導体における産業革命を目指すイギリス

巨額投資で他国を突き放そうとする米国の動きとはコントラストをなすような渋い動きを見せているのがイギリスだ。古くはINMOS(1987年、英ブリストルに創業)や、現在も世界のスマートフォンのCPUを独占するArm(1983年、英ケンブリッジのAcorn Computerによって開発開始)など、きらりと光る革新的な技術で世界の半導体市場に影響を与えてきた。INMOSが1980年に開発したTransputer(トランスピューター)は製品としてはすでに姿を消しているが、現在HPC・AI・データセンター分野で大きく注目されている「超並列コンピューティング」の元祖ともいうべきアーキテクチャーである。省電力でスケーラブルなArmアーキテクチャーの現在までの成功についてはあらためて説明する必要はないだろう。産業革命発祥の地イギリスには、こうした独創的な発想により新たな技術が生まれる伝統があり、少なからず業界全体に影響を与えてきた。

  • 1980年代の日本の雑誌に登場したTransputerベースのアクセラレータボード

    1980年代の日本の雑誌に登場したTransputerベースのアクセラレータボード (著者所蔵品)

そのイギリスから最近興味深い発表があった。イギリスのノッティンガムにあるSFN(Search For the Next)というスタートアップが“Bizen”と呼ばれる全く新しいウェハプロセスで生産技術に革命をもたらすという。

ノッティンガムといえば中世時代のロビンフッドの伝説で有名な伝統の地である。この地から突然出てきたSFNの技術とは従来のトランジスタ構造を根本的に変えた“Zpolarトランジスタ”を基本としている。SFNはこの新考案のトランジスタを基本としたロジック設計で現在TSMC、Samsungといったアジアのファウンドリの先端微細加工によるロジック製品生産の独占状態を崩すという大構想を熱く語っている。Zpolarトランジスタの構造とその実効性については詳細が明らかにされていないのでまだ未知数の部分が大きいが、この新技術の採用によって下記のように何世代前のプロセス技術で最先端製品と同等性能のデバイスを生産することが可能となるという。

  • SFNが開発したデザイン技術ブランドとその性能

    SFNが開発したデザイン技術ブランドとその性能 (SFN発表情報を元に著者作成)

巨額のコストがかかる先端微細加工技術開発とファブ建設に必要な設備投資を繰り返す現在の先端ロジック開発競争の根本を覆すこの技術に実効性があるとすれば、現在閉鎖の憂き目にあっている何世代前のファブが最先端ロジックの工場に生まれ変わる、まさにSFN自身がプレスリリースで謳っている「タイムマシン」の登場ということになる。技術誌によるいくつかの報道を読んでみたが、この一見嘘のような技術の核心は、超小型構造でハイパフォーマンスのトランジスタを基本としたCMOSロジックの生成で今まで物理的な微細技術の革新に頼っていた先端ロジック生産の方法を根本から覆すことである。

報道によると、既存の古い数世代前のプロセスを使用して生産されたサンプルデバイスの評価はすでに始まっていて、結果も上々だという。2016年に創立されたSFNはすでに34の特許を取得し、50以上の出資者がついていて、まだ非上場ながら企業評価額は1億ドルに達するとのことで今後が期待される企業である。

巨額の投資で半導体生産での復権を目指す米国と、革新的な技術で大英帝国の復活を夢見るスタートアップ、両国のアプローチの違いがコントラストをなしていて興味深い。