最近Intelからかなり控えめな発表があった。「2023年のモバイル製品ラインアップからPentium/Celeronの両ブランドが廃止される」というものである。

デスクトップのブランドはどうなるかということには言及がないが、Intelは来年初めから大きなブランドキャンペーンを計画していて、その準備段階とも考えられる。30年間近くIntelの代表的なプロセッサーブランドとして多くの人に知られたブランドが姿を消すのはオールドファンとしては多少寂しい気がする。Pentiumが登場した1990年代、競合AMDに勤務していた私としてはのこの両ブランドについてはいろいろな思い出がある。

マイクロプロセッサーとして高いブランド力を誇ったPentium

Pentiumが動作周波数60/66MHzで市場に登場したのは1993年である。それまでIntelは80286をはじめとして、80386、80486と世代交代によりCPUの高性能化をはかり、x86CPUとマイクロソフトのDOS(後にWindows)OSを組み合わせたパソコン市場を確立していった。

パソコンは絶え間ない性能向上とコスト低減で、それまでメインフレーム中心だった企業のコンピューターシステムをあっという間に置き換えていった。また、個人がコンピューターを所有するというPCコンシューマー市場を創造した。

市場の急拡大に伴って、Intelはマーケティングの必要性をいち早く察知し、それまで数字の羅列であった製品番号に代わって大衆にも親しまれる独自ブランドを打ち立てるべく、第4世代の80486の後継機種としてギリシャ語で5番目を意味する“Penta”を冠したPentiumブランドを立ち上げた。Pentiumというブランドは、Intelが少し前に立ち上げた“Intel Inside(日本では「Intel入ってる」)”キャンペーンの中心に据えられ、これによってIntelは一般大衆が普段目にすることのない半導体メーカーとしては異例のブランド力を打ち立てる結果となった。

  • 巨額を投じて展開されたIntel Insideキャンペーン

    巨額を投じて展開されたIntel Insideキャンペーン (著者所蔵品)

PentiumはIntelの第一次の黄金期を代表する製品ブランドとなった。その当時のCPUマーケティングは「動作周波数=性能」という単純な図式で、Pentiumの代々のアーキテクチャーもひたすら動作周波数を上げる事を第一の目標としていて、ネットバースト・アーキテクチャーのPentium 4が登場すると、Intelは将来的に10GHzを達成するというロードマップを描いていた。しかし、4GHzを超えたあたりから消費電力の上昇がパソコンの熱設計の限界に達し、Pentiumブランドはその後のCoreアーキテクチャーに世代交代した。

競合AMDを振り切る目的で登場したCeleronブランド

マーケティング的な視点から見るとCeleronブランドの登場は非常に興味深い。かつて群雄割拠の状態だったx86CPU市場では、AMDのみが唯一の競合として残った。

圧倒的なブランド力を誇るIntel/Pentiumに対して、後発AMDのマーケティングはコスト・パフォーマンスに主眼が置かれた。単純なキャッチフレーズで言うと「AMDのCPUはIntel製品と比較して性能は同等あるいはそれ以上ですが、価格は25%以上安いです」というものであった。当時パソコン市場も競争が激化していて、コスト競争にさらされるPCメーカーにとってはAMDのマーケティングは非常に効果的で、AMD-K6の登場あたりからAMDは低価格帯を中心にIntelのシェアを徐々に侵食し始めた。それを食い止めるために考案されたのがCeleronブランドである。PentiumはあくまでIntelの高度な技術を代表するハイエンドブランドとして温存し、その下にCeleronブランドを置くことによってAMDを低価格帯に押し込んでおくのが目的だった。CPUビジネスは本来キャパシティーのビジネスなので、同じ半導体ウェハから製造される個々の製品の商品価値は下記の条件の組み合わせで決まる。

  • ダイサイズ:小さければ小さいほど価格的に有利
  • CPUアーキテクチャー:計算効率と互換性が高いほど価値が高い
  • 動作周波数:高いほど性能は上がるが発熱も高くなる

Celeronはキャッシュサイズ/バススピード/周波数などCPU性能に直結する機能の制限で低価格化をはかりIntelのローエンドを支え、AMDがハイエンドのPentiumブランドを侵食するのを防御する「ファイター・ブランド」としての役割を帯びて登場した。

K6の後継機種であるAMDのハイエンド製品Athlonは、独自開発アーキテクチャーの採用でAMDが満を持して発表したCPUで、非常に性能が良かった。IntelのPentiumシリーズに対抗するAthlonは発表当時から周波数でIntelを凌駕するなど、それまで盤石だった「Intel=CPU」という図式に割って入る形となった。AMDもローエンドのブランドとして“Duron”を発表して、Athlon/Duron対Pentium/Celeronの競争はさらに激化し、急成長していたパソコン市場を大いに盛り立てたのである。

  • 当時のAMDのブランド・マーケティングのために作成されたCPUエンブレム

    当時のAMDのブランド・マーケティングのために作成されたCPUエンブレム (著者所蔵品)

CPUだけでは満たされない現在の市場要件

かつてCPUはコンピューターシステムの主役だった。現在でも主役の座はCPUにあるが、CPUのコアもx86だけでなくArmやRISC-Vなども躍進している。しかもAI分野ではアクセラレーターの必要性が高まっていて、GPU、TPU、DPUや専用AIチップなどが次々と登場している。またCPU/GPUなどの汎用品とFPGAの組み合わせでアクセラレーターを形成する方法もある。クラウドベースの計算力をさらに高速化するための工夫が次々と考案され、まるでx86CPUがコンピューターの主流になる前の群雄割拠の時代を見ているようだ。

そうした状況を考えるとPentium/Celeronブランドの“引退”は象徴的な印象がある。