相次ぐ外資半導体会社のCEO交代で思うこと

空前の活況に沸く世界の半導体市場。2017年には大台4000憶ドル(1ドル100円で単純換算すれば40兆円)を遂に突破した。

かつて存在した"4年ごとに膨張・収縮を繰り返す"というシ「リコン・サイクル」なるものも、半導体のアプリケーションがコンピュータ、通信機からコンシューマ端末、自動車、AI、IoTなどに広がることによって、今では、時折の微調整はあるものの、長期的には成長し続けるというスーパー・サイクルという言葉まで出現した。

業界再編も活発化し加速している。将来の成長に必要と思われる技術要素を取り込むために、巨大企業同士の買収話が毎週聞かれる。刻々と変化する市場環境と、絶え間のない技術競争、巨大化する研究開発・設備投資、これら重要な変数を眺めながら毎日重要な決断を即座に求められる各社のCEOのプレッシャーには想像を絶したものがある。昨年から今年の初めにかけて複数の伝統的巨大企業のCEO交代が発表されている(以下のリストの括弧の日付は発表タイミング、順不同)。

  • Texas Instruments(TI):Rich Templetonから Brian Crutcherに(2018年1月)
  • Xilinx: Mosche Gavrielov からVictor Pengに(2018年1月)
  • STMicroelectronics:Carlo BozzottiからJean-Marc Cheryに(2018年1月)
  • Micron Technology:Mark DurcanからSanjay Mehrotraに(2017年4月)
  • TSMC:半導体業界のレジェンドMorris Changが2018年6月での引退を発表。TSMCのリーダーシップはその後は2頭体制に

この他にも、半導体に限らない分野で言えばSamsung Electronicsやソニーといった世界的企業のCEO交代が相次いで発表されたのも記憶に新しい。これらのCEO交代の発表では共通項が見えて来る。

  • 前任者も後任者も十分に業界で経験を積んだベテランであること。TIのTempletonに至ってはTIへの入社が1980年というから、実に38年のTI人生である。後任のCrutcherも1996年入社であるのでTI人生22年である。
  • 他業界からの抜擢などは皆無、ほとんどが同じ会社のプロパーの社員の中から選ばれている。会社に対してのロイヤルティを重視していることが伺える。
  • 新任CEOの年齢も50歳代以上が多く、必ずしも一気に若返りを狙っただけではなさそうだ。

これらの共通点の背景は、AMDで24年を過ごした私には何となくわかる気がする。

  • いくら超人的なCEOでも長年重責を担っていてはだんだん疲弊してくる。しかし株主からはさらなる成長を期待され、日々変わる市場の変化に対応した企業の変革を常にドライブするのにも限界が生じてくる。今まで検討してきた後継者問題は、株主の支持が得られやすい業績の良い今のうちにやってしまおうということか。
  • 若返り、発想の転換による大きな変革を期待するのであれば、他の業界から大物を持ってくる手はあるが(かつてハードからソフトへのビジネスの変換期を加速するためにIBMは食品業界ナビスコからLouis Gerstnerを抜擢した)、半導体はいろいろな面で非常に特殊なビジネスなのでどうしても業界での長い経験と勘をもった人材が求められる。
  • 他企業からの仕掛けられる買収に対して、社員のロイヤルティを維持するためには自社のブランドに強い思い入れを持ったプロパーの社員からの選択が望ましい。

コンプライアンスなどの考え方が発展した現在では、新しいCEOが就任したらすぐ始めなければならない仕事の1つが後継者の育成となっている。今回新任したCEO達も社内外の選考委員会の慎重な検討の末決定された選ばれし人材であることは間違いない。

  • 元米国国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏と写真に収まるシリコンバレーのCEO達

    元米国国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏と写真に納まる往時のシリコンバレーのCEO達。前から2列目右端がAMDのJerry Sanders (著者所蔵写真)

AMDのCEO交代の舞台裏

私がAMDに勤務したのは1980年代から2010年代までの30年近くにおよぶが、その間、私は3人のCEOを経験した。最初の12年はJerry Sanders、その後Hector Ruiz、そしてDirk Meyerである。私にとって一番印象深いのは何といっても最初のCEOであったSandersである。創業者の1人であるSandersはAMDという会社そのものであった。強烈な個性、カリスマ性、頭脳の明晰さ、その派手な人生スタイルなど、どれをとっても30歳そこそこで初めて外資系企業に入社した私には大きな驚きであって、大いに刺激を受けた。私の人生そのものに大きな影響を与えた人物といっても過言ではない。Sandersはその派手な言動によってかなり誤解を持つ人も多いらしいが、会社の経営について、下記のような数々の意味深い語録を残している。私はSandersがこういった言葉を発した時間と状況を共有するという貴重な経験を持つことができたので、これらの言葉は余計に心に響く。

  • 会社は人が第一、儲けは後からついてくる
  • 困難な状況が強靭な会社を作る
  • 結果がすべてだ、ただしフェアにやるべし

Sandersは1969年の創業から2002年に後継のHectorにCEOを譲るまで実に33年もの間AMDを引っ張ってきた。AMDの企業カルチャーはSandersそのものであった故に、実際にHectorに受け継がれるまでにはいろいろと紆余曲折があった。最初はSandersの配下の幹部連中からCEOを選ぼうとしていたが、Sanders自身がAMDそのものであるような状況では、Sandersを継げる器は結局育たなかった。そのSandersが最初に外部からCEOの起用を考えたのは、K6プロセッサの母体となったNx686を設計したベンチャー企業NexGenのAtiq Razaであった。

SandersはNexGenの買収(この辺の事情は過去の連載をご参照いただきたい)の際にAMDに合流したAtiqを自身の後継者と考えた。正式発表もしたが、そのほとんど直後にAtiqはAMDを去った。私はAtiqがAMDを辞めるというニュースを知るほんの一週間前に日本でAtiq自身と会ったことがあるので、このどんでん返しには非常に驚いた記憶がある。実際に何があったかは私にはわからないが、SandersがAtiqを後継と決定した後で、会社の運営について2人の間で大きな意見の相違があったことは想像に難くない。その後、SandersはAMDがMotorolaとの製造技術での協業を始めた際にHector Ruizと出会った。Hectorはメキシコから米国に移民後、苦学して大学を卒業するとTexas Instruments(TI)に入社した後、Motorolaの半導体部門トップとなった人物である。その経歴、性格、風貌ともSandersとはまるで違っていたが、SandersはHectorをMotorolaから引き抜きAMDのCEOを託すことを決心した。この結果HectorがAMDにCOOとして入社したのだが、それからCEOになるまで2年弱かかったと記憶している。Sandersは次期CEOにHectorを引き抜いたが、やはりAMDへのこだわりが強く、なかなか実際にその座を明け渡すのに時間がかかったのだと私は思っている。

参考:「巨人Intelに挑め! - K5の挫折、そしてK6登場 第5回 NexGen買収」

長い間の丁稚奉公を我慢強く耐えたHectorであるが、CEOになってからの行動は素早かった。自分の周りを固める幹部連中を見る見るうちに変えていった。多くはMotorolaからAMDに移ってきたHectorの息がかかった人たちであった。一時AMDは「Advanced Micro DevicesではなくAnother Motorola Divisionだ」などと揶揄されるほどだった。Sandersの影響を強く受けた私としては非常にやりずらかった時期であったと記憶している。結局Hectorの後継CEOにはSandersの薫陶を受けたDirk Meyerがなるのであるが、創業者から2代目に継投するCEO交代では得てしてこういうことが起こる。創業者CEOはその人がその会社そのものだから、思い入れが強くなるのは致し方ないことだ。そういえばシリコンバレーの名だたる半導体企業で創業者がまだ頑張っている企業が1つだけある。1993年設立のNVIDIAのJensen Huang(Jen-Hsun Huang)氏だ、今では飛ぶ鳥を落とす勢いのNVIDIAであるが、CEOの交代は必ずある。その時彼がどういう交代をするのかは非常に興味がある(余計なお世話ではあるが…)。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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