TSMCが海外に構える開発拠点としては初めての試み、と言われる「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」が茨城県つくば市で始動した。全面的に誘致に協力した経産省は、その開所式に大臣が自ら出席するという熱の入れようだが、TSMCには熊本工場の立ち上げという次なる大プロジェクトが待ち受ける。
現在ロジックファウンドリとして世界シェアの半分以上の先端半導体を製造するTSMCだが、ちょっと前に創立者であり業界のレジェンドでもあるMorris Changのインタビュー記事を見かけて大変興味深く読んだ。Changはめったにメディアには姿を現さないが、近年社会問題ともなっている半導体供給不足と、TSMCが繰り出す製造キャパシティへの果敢な設備投資との関連で、最近その発言が注目されている。このインタビュー記事で、ファウンドリ工場成功の必須条件としてChangが挙げていたのが、製造コストと高度な人材の確保である。
アリゾナ新工場の立ち上げに苦労するTSMC
TSMCは米国アリゾナ州に1.5兆円の巨額投資を決定し、現在5nmプロセス品を生産する新工場の立ち上げの真っ最中である。海外の複数のメディアがこのアリゾナ新工場の立ち上げでTSMCがいくつかの困難を抱えていると報道している。その中の最大のチャレンジが高度な人材確保であると言う。米国での半導体工場立ち上げについてChangはかねてよりその困難さに言及している。
現在TSMCが抱えるチャレンジの大きな理由は下記のとおりである。
- 年間を通して休まず稼働し続ける半導体工場ではシフト制がとられ、ライン労働者(と言ってもほとんどが熟練エンジニア)は交代ごとに入れ替わるが、半導体生産に必要な高度な労働リソースを均一に保つには日頃の教育・トレーニングか欠かせない。
- ましてや、グループを束ねる上級エンジニアともなると、不測の事態に常に備える必要があり、いつ呼び出しがかかってもすぐに駆け付けられる“On Call”の態勢が常態化する。
- 台湾では知らない人がいないTSMCであるが、USでの認知度はかなり低い。GAFAに代表されるIT系の高額報酬のポジションと比較して、半導体の工場エンジニアという仕事は新卒学生にはアピールが弱い。
Changによれば、こうした高度な要件を満たす工場勤務エンジニアを多数揃える場合に、台湾と米国では明らかな“文化的な違い”があるという。
Changが35年前に米Texas Instruments社での長年の経験の後、台湾に戻りTSMCを創立した当時、その技術力は米国の2-3世代遅れの状態だった。しかし、Changが率いたエンジニアチームは現在ではロジック半導体の微細加工と製造プロセスでは、常にトップだったIntelやSamsungを凌ぎ、他社に追従を許さないレベルに到達している。その道のりは困難の連続だったが、その奇跡的な偉業をやり遂げられたのは、台湾の半導体エンジニアの勤勉さと、高度な緻密さだとChangは断言する。そうした高度なエンジニア人材を米国で多数雇用する事が困難だということをChangは米台での長い経験からあらかじめ予測していたと言える。
日本の半導体工場の世界市場での位置づけ
かつては世界シェアのトップを走った日本の半導体産業だが、当時のブランドは現在では1つも残っていない。しかし、ブランドが変わってもファブのいくつかは外資を受け入れ、200mmを中心に操業を続けている工場も全国にある。外資が日本のファブに注目する理由には下記のようなものがある。
- 組み込み用マイコンやパワーデバイスなどは、製品寿命が長いものが多く、かなり高い歩留りでコツコツと生産を継続すれば充分に採算がとれる。特に円安基調が明らかな今日では、日本での生産はコスト面でも有利である。
- 装置や材料などは日本ブランドが世界市場でも元気なので、そうした世界ブランドとの緊密な関係は非常に貴重である。
- 雇い主ブランドは変わっても、工場の優秀な生産エンジニアは健在なファブも多い。こういった熟練エンジニアの知見は何物にも代えがたい財産である。
- 規模は小さくても、こうした熟練エンジニアの能力を生かして、世界各地に展開するファブに移植できる生産技術を培う「Mother Factory」として位置づけることも可能である。
前述のMorris Changのインタビュー記事には、日本の半導体産業についての興味深いコメントもあった。「勤勉さと仕事の緻密さという意味では、日本の半導体エンジニア人材は世界でも非常に高いレベルにあると思う。しかし、かつて世界をけん引した多くのブランドがリーダーシップの欠如で敗退していったのは大変に残念なことだ」、と語るChangが創立したTSMCが、日本で研究開発拠点とともに大規模なファブを新設する事には感慨深いものがある。