先週、独ハンブルグで開かれたHPCの国際会議で、恒例のTop500が発表された。Top500は世界から名乗りを上げたスーパーコンピューター(スパコン)の性能ランキングを発表するもので、業界で最も注目されるイベントの1つである。
今回のTop500の一番の話題はピーク性能が“Exa(エクサ)”スケールに達したことと、トップの「Frontier」、第3位の「Lumi」を始めとして、トップ10のうち5つのスパコンがAMDのサーバー用CPU「EPYC」を採用していたことだ。今回トップの栄冠を手にしたのはORNL(米オークリッジ国立研究所)が開発したFrontierで、そのLINPACK性能は1.1ExaFlopsで、これまでのスパコンの実行性能表示に使われていたPeta(ペタ)の次の位に上昇した。これにより、2020年6月以来4冠を達成した日本の“富岳”は2位に後退した。ペタ(京)が10の15乗で、その上のエクサは10の18乗となるので、Frontierの性能は毎秒100京回の浮動小数点演算を実行できるとてつもない性能である。この性能を実現したHPE CrayのシステムはAMDのEPYCのカスタムCPUと、やはりAMDのInstinctアクセラレーターを組み合わせたものである。
AMDもすかさずプレスリリースを出し「世界初のエクサスケールスパコンにAMD製品が採用される」と、その快挙を高らかに発表している。新たなCPUコアアーキテクチャーの開発目標に「ハイパフォーマンス」を何よりも優先したAMDのCEO、Lisa Suの思惑は見事に結実した。
歴代スパコンランキングに見る技術トレンドの歴史
以前書いた2003年から2015年までのTop500のランキングの一部に、今回の分を追加した表を下記に掲げる。これはWebでの公開情報に基づいて筆者自身で作成した表である。
半年ごとに発表されるTop500はまさにスパコンのオリンピックで、首位が目まぐるしく変わっているのがわかる。そのシステムがどのような技術要素を採用しているかで半導体デバイスの最前線トレンドが一目でわかる。
- トップ10にランクされるスパコンの輩出国は圧倒的に多いUSAに続いて日本、欧州、中国が並ぶ。ここ数年顕著だった中国の進出に米国・日本が待ったをかけるという構図からはコンピューター技術の最前線の現状が伺える。
- 要素となる半導体技術も高性能CPUのトレンドを如実に語っている。かつて世界に日本の優れたコンピューター技術を知らしめた“地球シミュレーター”はベクター型の専用CPUで組まれていたが、その後スカラー型の汎用CISC/RISCチップのクラスター接続がメインのトレンドとなった。その構成も汎用CPUにGPGPUなどのアクセラレーターを組み合わせて実行性能の飛躍的向上を図るようになった。
- Alpha、Power、SPARC、Itanium、XeonそしてOpteron/EPYCなど汎用CPUのブランドはその時々の各社のCPU技術の勢いを示していて大変に興味深い。
- 環境問題が深刻化するにつれて、絶対性能を競い合うだけでなく電力効率も重要なファクターとなり、現在ではTop500の発表とともにGreen500の発表も同時に行われている。
AMDのスパコンへの関わりの歴史と思い出深い出来事
AMDとスパコンの歴史は2005年頃から始まった、それはAMDがOpteronの発表とともに本格的にサーバー市場に参入した時期で私は営業の最前線にいたので、AMDのスパコンへの関わりとともにいろいろな思い出がある。
その中でも一番思い出深いのは、2006年6月のTop500で並みいる世界の大規模な研究所のマシンがひしめく中、見事に第7位のランクを獲得した東工大のTSUBAME1.0と、その産みの親である松岡教授との出会いである。その出会いとその後の展開は非常に劇的で、教授ご本人の協力も得て以前にコラムでも紹介させていただいた。
メインフレームの発想で、専用CPUを開発してそれを中心に据えるというスパコンのアプローチは、汎用CPUの大規模なクラスター接続でコストパフォーマンスを飛躍的に向上するというトレンドに変化した。これには半導体微細加工技術の飛躍的発展で超高性能CPUを大量生産できるようになったという背景がある。そのトレンドの中にあって、いち早くデュアルコアOpteronのポテンシャルに目をつけた松岡教授の野心的なプロジェクトはTSUBAME1.0として結実し、そのデビューでいきなりTop10の7位にランクされた。
TSUBAMEはその後も松岡教授の指導の下にアップグレードを繰り返し、2017年に発表されたTSUBAME3.0は「省エネ性能の世界スパコンランキング」で1位を獲得した。松岡教授はその後、理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)のセンター長に就任し、2020年の6月以来4冠に輝いた日本が誇るスパコン「富岳」(富士通開発のArmコアベースのA64FXを搭載)の総責任者として精力的に活動されたことは衆知の事実である。現在は次世代のエクサ級マシンの構想を練っておられるとお察しする。
K8コアをベースとしたAMD Opteronもその後コア数を増やし、それまでIntelの独占状態であったサーバ市場でのAMDの地位を確立した。しかし、最近のAMDのサーバー市場での躍進は過去には考えられなかったレベルで留まるところを知らない勢いを見せている。これを可能としたのがTSMCとの協業である。かつて、AMDはCPUの設計能力では何度かIntelを凌いだ局面があったが、微細加工技術と生産キャパシティの面で常にIntelの後追い状態で、それが足かせとなって実際の市場シェアの獲得競争でIntelに主導権を失うことが続いた。しかし、Lisa Suが率いる現在のAMDはZenアーキテクチャーの改良を重ね、TSMCとの協業でロードマップを着実に製品化している。
こうした熾烈な競争を繰り返す半導体の技術発展の中で、スパコン開発の最前線では最先端の技術をいち早く見つけ出す洞察力と、リスクを恐れずに将来構想に向かって突き進む情熱が成功の必須条件である。