大型連休中に経済紙を漫然と眺めていたら、“太陽光の発電コストが火力発電の半値以下に”という記事が目についた。「遂にそこまで来たのか」という感慨深い気持ちになった。
10年前、太陽光パネル用の半導体ウェハを売っていた事を思い出したのだ。しかし、その時に必死になって売り込みをかけていた日本の太陽光パネルメーカーは現在では市場から撤退している。技術を継続可能なビジネスに変えることの困難さを思った。
再生エネルギー社会のインフラの一角を担う太陽光発電
記事によると大規模太陽光発電所(メガソーラー)の電気の落札価格が1kWhあたり10円を切って今までの主力であった火力発電を下回り、いわゆる「グリッドパリティー」をクリアしたということである。この背景には、ロシアによるウクライナ侵攻による原油価格の急騰という政治的事情もあるが、太陽光発電関連企業の技術革新と不断のコスト削減の努力が主因であることは言うまでもない。
10年前の今時分、私はとある海外半導体ウェハメーカーの日本支社の営業として、ソーラーグレード半導体ウェハの売り込みに太陽光パネルメーカーA社とB社に足繫く通っていた。両社も太陽光パネル市場では大きなシェアを持つマーケットリーダーであったが、変換効率の向上とコスト削減という難題と格闘する毎日だった。特にコスト削減については、半導体ウェハの値段がパネル全体のコストの大部分を占めるので、その交渉では一枚につき何十円単位の継続的なコスト削減を求められ非常に苦労したのを覚えている。
その当時、日本政府は重い腰を上げて太陽光発電促進のための「固定買い取り制度」を発表し、第二次太陽光ブームの真っただ中にあった。我が家にもかなりの初期費用を覚悟して、小規模ではあるが太陽光発電システムを設置した時期である。そのシステムは現在でも問題なく稼働している。
時は変わって10年後の現在、SDGsの掛け声もあって再生エネルギーによる本格的な発電スキームが喧伝されているが、そのインフラを支える太陽光パネルメーカーのリストには日本ブランドはもう存在しない。かつて世界をリードしたA社もB社もすでに太陽光パネル事業から撤退している。
半導体ビジネスで30年間お世話になった私としては、技術を継続可能なビジネスにする事の難しさを思った。あれほど技術力で進んでいた日本企業はその後、技術力でギャップを埋めた中国企業による激しいコスト攻勢により市場から追いやられる結果となった。
クリーンエネルギー戦略の目玉に水素・アンモニア発電を据える経済産業省
「Invest In Kishida」と高らかに日本への投資を訴えた岸田内閣が、クリーンエネルギー戦略の目玉として据えたのが、燃焼しても二酸化炭素を発生しない水素やアンモニアによる発電技術である。この分野でも大きなチャレンジはコストである。政府は企業が研究開発投資を回収しやすい事業環境を整備するために、コスト差を吸収するための「固定買い取り制度」を導入するという。
私は太陽光発電市場で目の当たりにした事を既視感をもって思った。「技術トレンドを創造し大きなビジネスを産む」という公式は私が30年を過ごした半導体世界の事実上の定理であったが、新技術を開拓するのと同じくらい、あるいはそれ以上に困難なのがそれを継続可能なビジネスにつなげ拡大することである。この両分野で成功した者が勝者ブランドとして残る。
技術発展の初期段階には大いに存在感を発揮する多くの日本企業が、ビジネス移行の段階で脱落して最終的には消えて行ってしまうのは寂しい限りである。
半導体の垂直統合生産体制を展開する巨大プラットフォーマー達
Appleの“Apple Silicon”やGoogleの“Tensor Processor”などのニュースはこの数年では当たり前のことのようになったが、それらのニュースに最初に接した時に感じたのは「これはかつて日本のコンピューター大手が世界を席巻した垂直統合型のビジネスモデルではないか」、という既視感である。かつての日本のコンピューター・通信機器は世界市場をリードする存在であったが、その中には自社製の半導体部品が組み込まれていた。
かつて世界を席巻した日本のコンピューター/半導体ブランドと、今日、垂直統合型ビジネスモデルを展開するAppleやGoogleとには下記のような大きな違いがあると思う。
- 自社開発半導体のコストを吸収する経済規模を有している
- ファウンドリ企業の共通利用で技術力の継続とリスクヘッジをはかる
- さらなる経済規模拡大のためにビジネスのグローバル化を展開している
- 技術トレンドをビジネスにつなげるマーケティング力がある
- 急激な市場環境変化に即座に対応できる意思決定能力がある
技術トレンド確立の過程には大きなわくわく感があり、その中心にいるエンジニア集団は技術の確立の初期段階で目標を達成したという錯覚に陥る。しかし、それを継続可能なビジネスにつなげるには絶え間ない技術革新が必要であり、その道のりは常に困難を極める。