最先端のロジック半導体プロセスでしのぎを削るTSMCとSamsungがそれぞれ独自技術による3nmロジックプロセス開発で歩留りの問題に直面しているという記事が目を引いた。“ムーアの法則の限界”が指摘されて久しいが、10nmを切る最先端ロジックプロセスによる本格生産にかかる時間は昔と比べて遅くなってきているのは致し方ないだろう。
欧州の研究機関imecは1nm超の微細加工技術について積極的な見通しを相次いで発表しているが、TSMCとSamsungの問題はあくまでも本格生産の場合で、それは巨大な設備投資と減価償却負担を伴うビジネスの問題となる。Apple、AMD、NVIDIA、QualcommそしてIntelなどと錚々たるブランドを顧客リストに誇るこの2大半導体ブランドは、今年末の量産体制へ向けて最先端プロセスをチューンアップしている最中だが、量産体制を確立するための目標歩留り向上にてこずっているようだ。巨大ロジックファウンドリビジネスを立ち上げようとするIntelも自社製品用の10nmプロセスの歩留り改善に長い時間がかかり、AMDへの市場シェア逸失につながった。半導体製造における歩留りの問題は市場の最前線で顧客対応をする営業マンにとっては大変に頭が痛い問題である。
“歩留りが上がらない”は工場側の常套句
競合との熾烈な競争を繰り広げる営業マンにとって、受注はしたが工場側からの供給が注文通りの量に達しない場合が一番つらい事態である。顧客からは毎日催促の電話が入り、状況の説明に追われることになるが、工場側からくる返事は「歩留りが上がらない」という木で鼻を括ったような言い方ばかりで一向にらちが明かない。「歩留りの問題」というのは結局は、前工程を終了したウェハ上に作りこまれた良品チップの数が商業ベースに必要な数量に達しない状態である。
工場側はその理由を簡単には開示しないので、営業マンは顧客と工場の間に挟まれて大変な思いをする。私は工場勤務の経験がないので、詳細はわからないが、工場側に食い下がった結果得られた説明では下記のような場合が多かった。
- 微細加工プロセスの移行時期に起こるもの(Samsung・TSMCの状況がこれである)
- デバイス設計に起因するもの
- ウェハや薬品などの使用材料に起因するもの
- その他の外的要因に起因するもの
問題が解明されて修正されると歩留りは一気に向上し、いきなり大量の良品が出荷され、「歩留り問題」は嘘のように解決されるというのがよくあるケースだ。
半導体プロセスの複雑なステップにはとんでもない数の変数が存在するが、歩留りの問題の解消とは、これらの変数のうち、どれがその直接原因となっているかを突き止める作業で、プロセス/製造エンジニアを中心に、設計チームも巻き込んだ大掛かりな仕事となるが、ここでは統計学的な科学的なアプローチに加えて、現場エンジニアの長年の経験と勘が力を発揮することがあるのを私は経験したことがある。
問題のないステップを固定して他のステップの変数が最終的な歩留りにどう影響しているかをひとつずつつぶしながら、根本原因を突き止める気が遠くなるような作業だが、「これなんじゃないか?」という解決策が意外なところから生まれる場合もある。
私が半導体ウェハビジネスで日本の半導体の顧客に出入りしていたころにこんな話を聞いたことがある。とある地方の6インチ生産ラインで(製品はパワーデバイスであった)、長年生産をしていて歩留りもかなり成熟したはずであったが、ある日突然歩留りが下がってきた。プロセス、ウェハなどの材料などの総点検を行ったが、なにも変更していないのに歩留りが下がるということで、工場のエンジニアが総出で究明にあたった。そこで工場サイト部門のエンジニアが「もしかすると、近くを通るローカル鉄道の事情が関係しているかもしれない」、ということに気が付いた。そのローカル線では、それまで各駅停車のみの運行であったが、利用客の増加に伴って急行列車を導入した。どうもその急行列車が工場近くを通る際に発生する微妙な振動の違いが歩留りに関係しているらしいという統計がはっきり表れた。そこで、工場サイト部門は振動緩衝材をアップグレードする工事を行ったが、その結果歩留りは嘘のように元に戻ったという話である。
こんな複雑な問題に取り組んでいる工場側としては、顧客にせっつかれて、やいのやいのと詳細な報告を求めてくる営業部門には「歩留りの問題だ」、とぶっきらぼうな常套句を言うしかないのかもしれない。
近年の半導体値上げの状況は半導体という分野のコモディテ化を表す
従来、半導体は歩留りの改善によって、右肩上がりの習熟曲線を描いて生産量が飛躍的に上がって単価が下がる、というのが歴史的なパターンであった。
ところが近年の世界的な供給不足に陥って各社が値上げに動いている。その原因として、EVや高速通信など半導体アプリケーションでの飛躍的な需要拡大に加えて、コロナ禍によるサプライチェーンへの影響など、いろいろな要因は考えられるが、昨今の半導体値上げには従来のシリコンサイクル以上の根本的な産業構造変化が大きく関係していると思う。
今や半導体は原油や小麦と同じくらい人々の生活に欠かせない必需品となっており、その取引はコモディティビジネスのそれとまったく違いがなくなっている。半導体そのものを一般消費者が購買することはないにしても、それがなければ人々の生活が成り立たない重要な社会構成要素となっている証拠である。そうした状態においては一般的なコモディティ市場における需要と供給のバランスに起因するダイナミズムを認識した素早い動きをしなければ物の確保はおぼつかない。
従来のシリコンサイクルの中にあっても、値上げの局面はいくらでもあった。日本顧客相手の営業で一番苦労したのは、日本の顧客が正式な注文書を発行するタイミングが非常に遅いことであった。「これだけ使う予定だから物は確保しておいてね」、と口頭で伝えながら法的な引き取り責任が発生する正式注文書はぎりぎりまで出さない習慣がある。本社からは「注文書が入った顧客から順番に出荷スケジュールを付ける」、と言い渡され、他国の顧客からの注文でその期のキャパシティがどんどん埋められていくのを歯噛みしながら眺めることになる。どうしようもなくなったタイミングを見計らって、値上げのお願いとともに「とにかくお客様への供給を確保させてください!」と頼み込むのが常であった。
経済安全保障という名のもとに、半導体を戦略物資に加えた日本政府の動きは、今さらの感があるが、この辺の実ビジネスの事情をしっかりと把握する必要があると思う。