2022年ももう4月である。学校や職場で新しいことが始まる心機一転の高揚感とともに不安も混じるあの感じは今でも私の心を今でもざわつかせる。
前回では「外資系半導体会社員の処世術」について書いたが、今回は外資系半導体でも特に営業・マーケティング部門で働く人へ向けて、僭越ながら私自身の経験を踏まえたいくつかのアドバイスとともにエールを申し上げる。営業はビジネスのエンジンである。人にものを売るという行為は経済的意味以上のものがあると常々信じている。セールスで成功するためには、単なる小手先のテクニックだけではなく幅広い知識と見識、客の懐に飛び込む人間性などすべての能力を動員する必要がある。特に外資系半導体の営業部門ともなると、国が違う本社と日本の顧客をつなぐ大事な役割を持っていて、前線で働く営業マンにはいろいろな分野で多くのチャレンジが待ち受けている。
日本市場を預かる重要な存在
先日、WSTS(世界半導体統計)の話を書いたが、こうした伝統的な統計のほとんどの地域カテゴリーは米国(カナダ、南米を含む)、欧州、日本、アジア・パシフィック(日本を除くアジア全域)という旧来の割り方になっている。現在では、半導体の世界最大の市場は中国であるが、かつては米国で、その次に日本市場が続いた。
その後、日本市場は縮小したとはいえ、国単位の市場規模では世界第3位の規模で、外資系半導体の日本法人で働く営業マンは本社と日本の顧客をつなぐという重大な使命を負っている。私自身はAMDで24年、その後、米国とフィンランドに本社を置くいずれも半導体関連企業でトータル30年の経験をしたが、常に新たな発見の連続だった。米国とフィンランドの違いは思いのほか多かったが、話がややこしくなるので、今回は主に米国企業と日本の顧客の場合について感想を述べることにする。その経験を通して強く感じたのは下記の点である。
- 営業という行為の根幹は自社が提供する製品やサービスを顧客に提供することであるが、常に競合が存在する。その場合重要なのは、自社でしか提供できない“価値”を総合的に評価してもらうことだ。日々の営業活動では価格、性能、納期などに追いまくられるが、自社が競合に比べて優れている「付加価値」を常に念頭に置いておく必要がある。
- 外資系の営業は「本社の方向性と日本顧客の要求をすり合わせる」という問題に直面する。それでなくても売り手と買い手の要求には相反する内容が多いのに、米国本社と日本顧客の間には文化の違いが厳然として横たわる。外資系の営業は、この大きな文化のギャップを超えてゆく必要がある。
- あくまでも米国本社側の立場で事を進めなければならないが、単なる「御用聞き」では日本の顧客には信用されない。個人のスタイルでもって、両サイドの懐に深く入り込める能力が要求される。両文化に対するリスペクトも大変に重要な要件だ。
かつてコンピューター市場を席巻した米国企業の日本人幹部の方のオフィスを訪ねた時に、部屋に置かれているゴルフクラブや高級ジャケットといった私物を見回していたら、壁に大きな紙が貼ってあって「Sell Japan to US, Sell US to Japan !!」という自筆の色紙があった。高い地位にある人はうまいことを言うな、と感銘した覚えがある。
外資系セールスマンの最強売り込みテクニック
半導体業界の本社機能では、ほぼすべてのポジションで働く人が高い上昇志向を持っている。日本ではともすると「営業」は泥臭い仕事と考えられがちだが、米国では一番の花形ポジションである。特に、営業出身のサンダースが創立したAMDでは、営業部隊には優秀な人材が多く集まっていて、最も給料がいいポジションでもあった。
優れた営業マンには商品・サービスについての深い知識、市場動向を敏感に察知するアンテナ・直観、顧客に信用される人柄、と言った世界で共通する資質が求められるが、日本で営業を展開する外資系では下記のような事情を理解しておくと、事をうまく進められるかもしれない。
- 日本内での営業では売り手と買い手の個人的な関係が重要な要件である場合が多いが、外資系での取引の根本には常に市場原理がある。現在のように半導体の供給が旺盛な需要に追い付かない状態などはその典型例で、充分な供給のための単価上昇、顧客別の納期の違いなどは、あくまでも市場原理に基づいて決定される。世界の市場原理についていけていない日本の顧客をやんわりと「指導」しながら、他国の顧客から自分の顧客を防衛するのも営業マンの仕事である。
- とはいえ、日本人同士の会話では直接的な物言いはそぐわないことがある。その場合には、本社からの訪問者を利用して、顧客に対しはっきりこちらの要求を伝えるという手もある。外資系営業でよく言う「外国人パスポート営業」のテクニックである。
- 外資の場合の悩みの種は為替レートである。為替レートの乱高下は本来の商品価値をゆがめる危険性がある。顧客の状況にも寄るが、「ドル取引」を提案するのもいいかもしれない。
日本市場内で閉じている場合と違って、外資系の場合にはいろいろな局面でグローバル要因での配慮が必要となってくるが、これもやってみると奥が深いもので、その基本となるのは各人への深い理解と思いやりである。
接待のススメ
最近ではコロナ禍の影響とコンプライアンス問題で「接待」という重要な営業手法は肩身が狭い状態にあるようだが、私は接待は通常の営業活動にアクセントを加える効果的な手法であると常々考えている。
売り買いの関係にあれば完全に「Win-Win」である場合は稀で、双方ができる範囲で譲歩・妥協をしなければ成立しない。接待での飲み食いの場でこれらが決定されることはまずないが、それに向けての道標を構築するのに効果的な場合が多々ある。接待はお互いの「本音」を交換する場として理想的な環境である。しかし外資系営業マンの接待では下記のような特殊事情も理解しておく必要がある。
- 接待相手の嗜好を前もって知っておくことは重要である。本社の人間が関係する接待の場合には、メインの日本顧客の嗜好はもちろんだが、本社の人間にも配慮する必要がある。米国人は日本食を好む人は多いが、そうでない人もいる。あるハイレベルでの会食で京懐石のレストランでのセッティングをした時があって、お客さんは大喜びだったが、本社の営業担当上席副社長はお客さんを笑顔でお見送りした後、私に「あんなもので腹はいっぱいにならん! 近くのうまいハンバーガー屋に連れて行ってくれ」などと頼まれたことがある。
- 少人数の接待であればあまり気を使う必要はないが、大人数の顧客を迎えるレセプションや、重要な幹部ミーティングの後で双方の幹部が多数出席するディナーなどはいろいろな面で配慮が必要な場合がある。AMDと富士通がフラッシュメモリーのジョイントベンチャーを立ち上げて、日本工場の鍬入れ式に双方の幹部が多数出席した時のディナーでは、最初の大掛かりなイベントということもあって担当レベルでいろいろ打ち合わせをして臨んだが、「ドレスコード」の件でひと悶着あり、危うくキャンセル寸前までもめた事があった。詳しくは私の過去記事をご参照されたい。
ここに述べた事柄は私の個人的経験からの感想であり、時代もかなり前の話なのでどれだけ役に立つかは疑問だが、これから外資系営業職となる皆様のご検討を祈念する次第である。