今年ほど一般メディアに“半導体”という言葉が使われた年はかつてなかっただろう。経産省の官僚ばかりでなく、政治家までもが世界的な供給不足やTSMCの熊本工場建設について何度もテレビニュースで連呼するので、一般消費者にもすっかりお馴染みとなった。私の田舎の年老いた母までもが「これはお前が仕事でやっていたモノなんじゃないか?」などと言い出す始末である。今年の振り返りは、まずこの話題から始めよう。

1.世界半導体サプライチェーンの混乱続く

2020年末から自動車業界で大きな問題となった世界的な半導体の供給不足は、その後影響を受ける業界が急速に拡大した。今では「ガス湯沸かし器に必要な半導体部品が不足していて、湯沸し器の修理に何か月も待たされる」などの話まで出ている。コロナ禍、米中の技術覇権争い、自動車業界の急速なEV化など、いろいろな要因が重なって起こったためと考えられるが、半導体業界での経験から言えば、「その需給バランスは一時とも均衡したためしはない」というのが正直な感想である。しかし、今回の供給不足はその規模からしてかつてないレベルである。

  • デジタル化の加速で半導体は我々の身の回りのほぼすべてのモノに使われている
  • 高速通信インフラが整いつつあり、これらのモノ同士がつながるようになると、データセンター、端末、基地局などでの半導体の需要が急増する
  • 半導体サプライチェーンは各分野の供給者が高度にグローバル化しているので、世界的な影響を与えるコロナ禍のような状況では、あるところでの綻びが連鎖的に影響して最終的に全てのサプライがストップしてしまったかのように見える
  • 買う側は最終製品の製造遅延を恐れて多重の注文書を出し、売る側は多重の注文書を合算した“ゴースト需要”と市場からの実需を測ろうと躍起になる

必要とされる半導体は最先端のものばかりではない。経済原理の理由から世代遅れの技術で製造されるものも多くあるが、どんな部品でも1つでも手に入らなければ、最終製品が製造できないというのが厄介な点である。

  • 半導体ウェハ

    ありとあらゆるモノに搭載されるようになってきた半導体。デジタル化が進めば進むほど、その必要とする数は増えていく

2.供給問題に対応する各国政府とファブ建設ラッシュ

半導体を戦略的重要性をもつ革新技術と認識する先進各国政府は、経済安全保障担保の名のもとに巨額の補助金を提示して、自国内での半導体の地産地消を目指す。

半導体のアプリケーションは多岐にわたり、同じ製品に使用される半導体も多種多様であるので、自国に工場を建設することによりその国の経済圏での半導体を確保するという論理は、実際のところ矛盾がある。

特に米国政府が多額の補助金を提示して半導体工場の誘致に素早く動いた背景には、米国の主要半導体ブランドのファブレス化と、その製造の多くを引き受けるTSMC/Samsungなどのファウンドリ企業の躍進がある。特に米中が技術覇権競争で角突き合わせる最前線と言えるアジアに位置する台湾と韓国にこの2つの巨大企業があるという事実が、事態をより政治的にしている。

下記の図は今年明らかになった主だった新ファブ建設計画の一覧表である。今や、新ファブ建設にかかるコストは5000億円から1兆円を超すレベルで、各企業レベルでの設備投資では賄いきれないサイズになってきているのも事実である。

  • 新ファブ建設状況

    ロジック/アナログ半導体の新ファブ建設の状況 (著者作成)

私は、このように各社がそろって巨大ファブ建設に取り掛かる状況は未だかつて見たことがないが、新ファブ建設から最終製品が工場から出荷されるようになるには2-3年を要する事を考えると、少なくとも来年いっぱいは供給不足の状況が継続されるだろうことは、容易に想像できる。

3.大型買収案件の行く末は?

今年の半導体業界の大型買収案件と言えば、NVIDIAによるArmの買収である。1990年、英国ケンブリッジに創立されたArm社のルーツは、1978年に同じケンブリッジに生まれたAcorn Computerまで遡る。CISC(Complexed Instruction Set Computer)系のx86とは違い、RISC(Reduced Instruction Set Computer)の系統であるArmのCPUコアは、その省電力性と拡張性でスマートフォンの登場後、携帯端末機器の業界スタンダードとなってx86の最も強力な対抗軸となった。

しかし、そこに至るまでの道は険しく、ソフトバンク・グループ(SBG)の傘下となるなどの紆余曲折を経てきた。それを4兆5000億円で買収するとNVIDIAが発表したのは、2020年9月であった。その後、各国の独禁当局の承認待ちとなっていたが、最近米連邦取引委員会(FTC)が「競争阻害の懸念がある」という理由で待ったをかけた。

これほど広く普及したCPUコアの権利をファブレス半導体の一企業であるNVIDIAが買収する事については、従来のArmユーザー大手企業からも反対表明があったが、おひざ元の米国当局から提訴という強い形で待ったがかかり、この空前の大型買収には暗雲が立ち込めている。

NVIDIA側は「Armコアの権利と自社の半導体事業はあくまでも別個のものと扱う」、という主張をしてきたが、業界でそれをそのまま受け取るユーザーはいないだろう。NVIDIAは今年Armコアベースのサーバー用の汎用CPU「GRACE」の開発と、そのアーキテクチャーの概要を発表したが、Armコアの権利そのものを手に入れるのか、Armコアをユーザーとして使用したCPUをデザインを持つのかには大きな違いがある。先端半導体デバイスの中心にあるCPUの基本アーキテクチャーの未来を左右する大きな問題なので、これからの趨勢が注目される。

もう1つの大型買収案件として、AMDによるXilinxの買収計画がある。x86市場でIntelのシェアを急速に侵食しているAMDが、FPGAのトップ企業であるXilinxの買収に成功すれば、AI市場に不可欠なアクセラレーター技術を持つ企業となり、FPGAのもう1つの雄Alteraを飲み込んだIntelにとってさらに強力な対抗軸となる可能性を秘めている。こちらの買収案件については、当局の審査が順調に進んでいるらしい。来年はCPUとFPGAを組み合わせた製品レベルの話が出てくるのではないか。

さらに、Intelも12月に入って大きな動きを見せた。4年前に1兆7000億円で買収した自動運転技術で先行するイスラエルの会社Mobileyeを来年にも上場させる計画との発表である。

革新技術を持つ技術集団のIPOにより得る売買利益で、今年初めからCEOとして返り咲いたPat Gelsingerが大々的に発表したIDM2.0計画に必要な資金を調達するらしい。こちらも来年には大きな動きが明らかにされる予想で、目が離せない状況である。