米中の覇権争いが激化する中、その渦中にある台湾とヨーロッパ周辺国の動きが興味深い。最近、バルト三国の国会議員団が台湾を訪問し、台湾の蔡総統との会談を行った。一見唐突に見えるが、これはこれまで水面下で行われてきた台湾による対中国の外交活動の結果とみられる。
EU各国は米国のトランプ前大統領時代は米国との距離を微妙に操りながら、ドイツを始めとして中国への接近で経済のテコ入れを狙った。しかし、中国の覇権追及が露骨になり、米国が同盟関係を前面に出すバイデン政権に変わると、はっきりと中国との距離を取るようになった。
そういった超大国の狭間で動く小国の動きは興味深い。米中が角突き合わせる国際関係の中で自分たちの価値を高めようとする台湾と、ヨーロッパ周辺バルト三国の動きが活発化している。その共通項は大国の狭間にある小国、民主主義、反権威主義、それとITである。
バルト三国とは?
俗称バルト三国とはリトアニア、エストニア、ラトヴィアのバルト海に面した小国3国の集まりで、人口は各々約295万、約132万、約201万人ほどで三国合わせても東京の半分にも満たない。
この三国はすべてEU加盟国でありNATO(北大西洋条約機構)にも加盟している。位置的にはヨーロッパの民主主義陣営の北東側にあり、周りをロシアに囲まれている。いずれも社会のデジタル化が非常に進んでいて、世界に先駆けて行政手続きを電子化するなど、電子国家としての先進性を世界にアピールしているエストニアはその代表格である。親日的なところもあって、少し前に引退した巨漢大関の把瑠都関はエストニア出身だし、第2次大戦中ナチスの迫害から逃れるユダヤ人のために独自の判断でビザを発給し、亡命の手助けをしたリトアニアの日本領事館領事代理であった杉浦千畝は、「東洋のシンドラー」としても知られる。
私もフィンランドの半導体ウェハ会社に勤務していたころ、休暇を取ってエストニアの首都タリンを訪れたことがあった。13-17世紀の中世時代に、中世ドイツの都市同盟である「ハンザ同盟」の北端にあったタリンは十字軍でも知られるドイツ騎士団の拠点となっていた歴史もあり、首都中央にある旧市街には当時の城壁が今なお残されていて、非常に美しい街である。
こうした古い歴史を持つバルト三国であるが、現在につながる国家として成立したのは第一次世界大戦の時代で、その後の第二次世界大戦までドイツとソ連の戦場となるなど、大国同士の戦争に翻弄される苦難の時代を経てきている。
私のフィンランドでの経験と北欧小国の国民性
私自身、30年の半導体業界での経験の最後の5年をフィンランドの半導体ウェハ会社で過ごした。社員全員で400人にも満たない小企業であるが、特殊な仕様のカスタム小口径ウェハに特化したビジネスを世界展開するユニークな会社である。
それまでAMDなどの米系大手半導体企業で仕事を経験した私にとって、このフィンランド企業での経験は「外国=米国」であった私にとって、ヨーロッパという存在に目を開かせてくれた大変に意義のある経験であった。
北欧三国の1国であるフィンランドも、人口550万ほどの小国で、大国紛争の狭間で翻弄されるバルト三国と似たような歴史を持つ。そうしたフィンランド企業での印象に残っているのは、もの静かだが強烈なアイデンティティーを持ったフィンランド人の忍耐強さと堅実さである。
ハイリスク・ハイリターンを求め疾走することをよしとする米国シリコンバレーの文化とは対照的に、彼らは「3年で売り上げを倍増する」などという野心的な営業姿勢よりは、「毎年10%の成長を確実に達成する」というアプローチをより評価する。何しろ小国の小企業であるので、R&D、キャパシティ増強にかけられる資金には限りがあり、世界半導体ウェハ市場の2大巨人、信越化学とSUMCOが手を付けないニッチな特殊ウェハの市場を確実に取っていくという企業アプローチは、長年米国大企業に勤めた私にとって最初は大きな戸惑いもあったが、貴重な経験をさせてもらったと思っている。そうした企業姿勢には覇権国の狭間で翻弄される小国の強かさを感じさせる。冒頭のバルト三国同様、小国でありながら独自の効果的な動きを見せるのは陸続きでひしめくヨーロッパの小国の特徴である。
バルト三国との関係を深める台湾
人口およそ2400万人ほどの台湾は、それ自体は小国というほどではないが、14億人の人口を擁する覇権国中国にとってはアジアの小国や一地域といった認識である。その台湾の一番の価値は民主主義であることと、TSMCを代表とする半導体、電子部品、プリント基板などの供給基地である点にある。
米中の覇権競争で重要なファクターである電子技術のメッカとなった台湾には、米中、欧州という大国にとって戦略的な価値がある。中国との接近を図り経済のテコ入れを目指したドイツのメルケル首相が引退した今、EU諸国は中国との関係を見直し始めているような印象がある。東南アジア、アフリカ、東欧諸国への経済援助と引き換えに中国経済圏への忠誠を求める中国の外交姿勢は小国各国へ「踏み絵」を突き付けるかのようだ。
そこへきてバルト三国代表団が台湾の蔡総統との会合を持ったことは、中国にとっては厄介な出来事であることは容易に想像できる。バルト三国の後ろ側にはEUがあり、その同盟国の米国があるからだ。もとより中国への経済的な依存度が低いバルト三国のこの動きは、電子立国小国同士の非常に高度な外交戦略の結果のような印象を受ける。こうした外交での駆け引きが、これから起こる大国同士の大きな動きの予兆となることが多々あるというのは歴史が証明している。半導体供給の陣取り合戦の様相を呈する現在の国際情勢ではこういった小国の動きに注目する必要があるだろう。